第208話 海の魔獣に遭遇した

まばらに襲ってくる魔物を倒しつづけると、1時間ほどで索敵範囲から寄って来る反応が無くなった。

稼ぎはぼちぼち。おそらく2万Gは超えるだろう。とりあえず中央に集まって、小結界キャンプを張って小休憩だ。


「レベルが上がりましたよ」


「私もよぅ。数百Gクラスでも上がるのね」


二人は既に2次職の20レベルを超えて、封魔弾を使った3000G狩りのレベル上げが効率悪くなっていた。俺は全く上がる気配がない。

乱獲している物の、一人当たりが倒している魔物の価値はとばりの杖を使った時より低いはず。ドロップの価値以上にレベルアップに貢献する何かがあるのだろうか。


「あたしは出番が無かったぜ」


「それはまあ、危なげが無かったって事で」


順調そうで何より。


「俺の方はレベルは上がる気配は無し。練習してた、拳のモーションに載せて魔弾マナ・バレットを撃つのと、炎剣に切れ味強化を掛けるのは試してみた。効果をは有りそう」


もう一つ、最後にやってみた炎剣の投擲は良く分からなかった。手を放したら数メートルで消えてしまって、あまり価値はなさそうだ。


「氷の上でも余裕ね。私は滑らないかヒヤヒヤしたわよ」


「そこはワープしてるから。バーバラさんは?」


「バランス崩しそうになったら空踊ステップを使ってしまうので……スパイクががっちり噛むので、特に問題は感じませんでしたね」


体幹が強いバーバラさんは、多少足場が悪くても問題無しか。

アーニャは殆ど動かなかったらしいが、氷道は王都の冬で慣れてるから余裕とのこと。

この手の魔術でスケートリンクとか作ってみても面白いかも知れない。どうしても船が動かなくて暇ならやってみよう。


「氷もしっかり持つね。浜辺より効率良いかな?」


「一度かけなおしたわよ。縁から海水が侵入していたから、外周が厚く高くなるように。MPは大したこと無いけど」


「それは気づかなかった」


確かに、今見ると縁で波が砕けていて、そのまま浸食されている感じではない。

波打つ海面を魔術で無理やり凍結せたから、流氷上はそれなりに凹凸があるが、本来の氷の比重からしたら、海面から出る部分はわずかなはずだ。今ひっくり返らないのは、軽量化と海底に伸びる氷柱のおかげ。

波が直接氷の上を滑って来てもおかしなことは無いが、そうならないのは再度の精霊魔術のおかげか。


「少し周りの精霊と話したけど、今の形だと浮かべて置くのは辛いみたいね。海底に固定しない場合、同じMP消費だと直径10メートルが限界みたい。それで海面に出ている高さの水中を9倍くらいにしないとダメだって」


「水と氷の比率ってそんなもんだっけ。10メートルの広さはギリ使えるけどちょい怖いね」


これより遠洋で使うのは中々リスクが高い。


「こうやって近海で乱獲するだけでも、多分魔物に危機感を与えるくらいの効果はあると思う。なんだかんだいつものマッチポンプ方式だけど、俺たちは続けて敵が動くのを期待しよう」


敵の拠点探索は魚人や人魚の皆さんにお任せだ。

ウォールの襲撃事件のような事態が起こらないとも限らないが、それで大物が釣れるなら御の字。どうせ倒さなければならない敵である。


5分ほど休憩を挟んで再度狩りを再開する。

魔力探信マナ・サーチを使うと、サーチ範囲の中に少し魔物が流れてきている。思った以上に近くにいるヤツもいるな。

氷塊が出来たのを気にして集まってきたか。


「MPの消費を抑えつつ、今度は普通に倒す。それでしばらく様子を見よう」


「わかったわ」

「わかりました」

「了解したぜ」


氷塊の周囲を回っていた魔物は、しばらくすると上陸を始めた。

氷の大地は直径50メートルちょっとしかないので海上からの狙撃も可能だが、それに当たる程こちらも弱くない。

浮遊船に当りそうな攻撃だけ防げばいい。


剣を使えば数百Gの魔物は一撃で倒せる。上がって来るのを切り捨てて、群れて来る奴らだけ範囲魔術で捌く。

たまに真下から来る奴もいるが、氷の厚さで攻撃は断念している模様。水棲の魔物は水棲であることにコストを割いているから、ステータスは高くないな。地上で戦う分には、1次職50レベル一人で300Gクラスを倒せるだろう。


そんな事を考えながらひたすらザコ処理をしていると、魔力探信マナ・サーチの範囲ギリギリに大きな魔力反応が引っかかる。沖合だ。


「大物が居るっぽい!」


表層に近いが、それでも5メートルか10メートルは下。

此方に突っ込んで……来てるわけでは無い?


INTにブーストをかけて範囲を広げると、さらに大きな魔力反応がもう一つ。……こいつはデカい。


「……反応が大きすぎる。生命探査ライフ・サーチ


スキルを発動すると、後から見つけた魔力反応に生命反応が重なる。そのサイズは軽く20メートルを超える。

巨大な生物が魔物を追いかけている?魚人の巨人だってこのサイズは居ないだろ。


「何かいたの?」


「ああ、どうも魔獣っぽい」


魔獣とは、通常の生物が変質した魔力によって変質した種の総称だ。

直接目にしたことは無いが、バノッサさんが倒した氷竜もそうだし、エリュマントスの武器となっていたベヒーモス、それに蚕蜘蛛や魔蚕など、時々恩恵にあずかっている。


「魔獣が魔物を追っかけてるみたいだな」


魔物は普通に魔獣を襲うが、魔獣も魔物を襲う。

理由は明確になって居ないが、魔物の魔力が魔獣のエサになる、と言う論文が書かれている。


「追いかけられている魔物も1万G近い魔力量だと思う。こっちに寄って来る雰囲気は無いけど、魔獣が勝つならドロップは回収したい。ここは切り上げて近づいてみよう」


魔獣が負けそうならちょっと手助けをしよう。

外洋で魔物を狩ってくれる絶滅危惧種を助けない理由は見当たらない。


「バーバラさん、ディアナの首飾りをもらって操舵と旋回をお願い。浮遊は俺が起動する。アーニャ、ビットを撹乱装備に切り替えていつでも発信できるように。INT最大ブーストで。タリアは氷塊の始末と防御よろしく」


上陸してくる雑魚をスキルで蹴散らしながら、さっさと浮遊船に乗り込んで起動する。


「冷々たる氷の精霊さん、割れて砕けて点となり、平衡へと収束して水へ還れ。解氷ソーウィング


発動した精霊魔術で、氷の大地が溶けて水へと変わっていく。氷に含まれていたドロップを念動力で回収したら、魔物目指して船を滑らせる。

僅か1キロちょっとの距離、視線を向ければすぐにうごめく影が見える。


「っ!大きい!」


バーバラさんが思わず声を上げた。

逃げているのは10メートルクラスのイカの魔物。クラーケンだろう。ギルドで目撃されていた奴か。

それを追いかけているのは20メートル越えの巨大なクジラだ。


「マッコウだ!なんでまたこんな近海に!?」


地球で言うマッコウクジラに似た肉食哺乳類。名前もそのままマッコウ。翻訳の都合だろうか。魔獣でないクジラも居るのでややこしいが、この際それはどうでもいい。


クラーケンは何度も噛みつかれたのだろう。足が何本か短くなっているのが見える。

時々黒いスミをハキながら、徐々に浅い海域に向かって逃げている。


「っ!撥ねる!?」


クラーケンが水面から飛び出す。

ジェット噴射のように足の付け根にある管から水を噴き出して、自身の体長以上の高さまで舞い上がる。それに食い付こうと、マッコウが水面から飛び出した。


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□あとがき

ちょくちょく話だけ出ていた魔獣、登場は初めてですね。

魔力の影響を受け、身体強化されたり、魔術のような術を使う人類以外の動物を魔獣と思ってください。

魔力の影響を受けていない生き物が普通の動物になります。成人前の人類も分類的には動物です。

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