第205話 浮遊船の船出

「現在問題となっている魔物は、クラーケンとシーサーペントが一体づつ。どちらも1万G級オーバーサウザンツと推定されています。大きさはクラーケンが10メートルほど、シーサーペントは18メートル程の個体です。記録上、すごく大きな個体と言うわけでは無いですが、厄介な相手です」


クラーケンはイカや蛸など軟体動物系大型魔物の総称だ。今回出ているのはイカタイプらしい。

イカタイプのクラーケンは素早い動きと、粘性の有るスミ、それに強力なくちばしが特徴だ。船の索敵範囲外から一気に詰め寄り、船底に取り付いてくちばしで竜骨やキール、船底を破壊し船を沈める。10メートルサイズなら、取りつかれれば大型船でも船底に穴が開くな。

船を捕らえるときに一部の触手が海面に出るくらいで、ほぼ海中から姿を現すことは無い。


シーサーペントは亜竜、巨大なウミヘビだ。魚類では無く爬虫類の方。強靭な顎と硬い鱗を持ち、噛みつき、巻き付き、体当たりに加えて、海水を弾丸とする水魔術で攻撃してくる。18メートルクラスだと太さは1メートルくらいか。人間位なら一瞬で丸のみだな。


どちらの魔物も最大クラスでは無いが、近海で暴れられると支障が出るのは間違いない。


「高価値の魔物の例に倣って、どちらも高い知能を有しているようです。サウザント級の魔物を常に数体引き連れ、海面には出ず、執拗に船体を狙って攻撃してきます。不利と分かると撤退するため、退治するのが困難な状況です」


取り巻きとしては、以前戦ったイッカクやキラーホエールなど海洋性哺乳類型の魔物、それに乗るサハギンライダーや、コバンザメに似た共生型の魔物――大きな魔物に張り付いて砲撃してくる――を連れているらしい。

サハギン系で価値の高い奴が数体居ると、2次職居ても一般的な冒険者パーティーでは手が回らなくなるな。


「遠洋での討伐は困難と見立てています。どこかの島の近海に魔物の拠点があると考えられるため、現在はその調査中ですが……本当に遭遇討伐に挑戦するのですか?」


「そもそも遭遇できるか不明なので何とも言えませんが、海上での魔物討伐の幅を広げる手段は考えたいかなと」


「リターナーさんはランク4仮昇格中に成っていますから、ギルドから監査官を出しますか?」


「3じゃなくてですか?特に何も聞いていないんですけど」


「クロノスからの更新連絡に有りました。タリアさんはランク3に上がられていますね」


今は船での連絡が途絶えているから、使えるのは国家間を結ぶ魔導伝達網のみのはず。あれは早いが伝達量がかなり限られるので、ランク更新程度の情報は乗らないはずだが……タリアが極めし者マスターに成って居るから、ウォールの戦績と合わせて緊急連絡として回してくれたかな。


ランク4だと臨時パーティーのリーダーや、大規模作戦の指揮官が可能になる。まだ、大規模作戦の提案なども可能だ。ギルドから直接依頼が来るなども発生するためメリット・デメリットあるが、邪教徒と事を構えることに成った今としては、ランクが高い方がありがたい。


監査官に作戦を確認してもらい、実効性があると判断されれば大規模作戦を立案できる。

……が、今回は他の冒険者が再現できなそうだからとりあえずパスだな。


「まだ検討段階なので、海域に冒険者が入らなければよいです」


水中にいた魚人をうっかり爆撃、なんて事にならなければ問題ない。


「それなら……北西沖合に突き出た岩場が有りますので、その周囲が良いと思います。そこは船の航路から外れていて、海流が複雑なため冒険者も近寄りません。船で近寄るのは少々危険ですが……」


「問題ありません」


既存の冒険者と活動エリアが被らなければいい。

いくら魔力探信マナ・サーチなどで確認しているとは言え、海中は魔術が届きにくいので、こういう根回しは必須になって来る。


そんな感じの冒険者ギルドとの調整を行った翌日。

港の片隅で、試作型浮遊船のお披露目を行う。主に手を動かしたのはバーバラさんだ。


「船底に魔鉄の浮遊フロートエンチャントプレートを利用した、完全フラットタイプ浮遊廷です」


幅2メートル、奥行き3メートルほどの鉄板の上に、申し訳程度に座席が据え付けられたそれは、某猫型ロボットが所有するタイムマシンのようにな形状だ。

座席は運転席と助手席、その後ろにも二人分の背もたれ付きダイニングチェアが固定されていて、最後尾には巨大なプロペラが付いている。

プロペラの手前は安全対策の金網だ。振り落とされた時にプロペラで肉片になるのは嫌なので、そこは口を出させてもらった。


周囲は手すりで囲われていて、ちょうどウォールで戦闘したときのメルカバ―のような状態。

運転席の足元にはむき出しの機械構造が有り、座席の間に物理配線――と言うかレバー機構――が尾翼へと伸びている。

……今度油圧機構を設計しておこう。ゴムは希少品だが、錬金術のスキルを使って、似たような樹脂が作れるはずだ。


それはさておき。


「船底版には、浮遊、耐久力向上、軽量化が付与されています。発動させた場合、毎分35のMPを消費します。連続稼働は2時間。冷却時間は22時間です」


普通に付与すると軽減ありでも1分に48持って行かれるからな。エンチャントでコスト軽減してるにもかかわらず、相変わらず恐ろしいMP消費だ。俺一人では1時間も飛ばすことが出来ない。


「別途、推進力となるプロペラの動作に人形操作ドール・マニュピレイトが必要になります。浮遊の重量コストと場所の問題で、蒸気タービンは搭載できませんでした」


「ってことは、ワタルが操作した場合が一番速度が出るんだな」


「理論上は。ですが空気密度と空気抵抗でしたか、その関係でそこまで出ません。アーニャだとブーストしてもINTが足りませんが、プロペラの回転数問題から私が操作してもワタルさんが操作しても、変わらないはずです。最高速は質量軽減をかけたメルカバ―より少し早いくらい、ビットと同程度が限界速です」


「浮遊の魔力供給どこから?」


「各座席前に有るバーに触れていれば魔力供給が可能です」


「じゃあ、アーニャが運転。他の三人は魔力供給と応戦が良いかな」


「はい。操作は右に曲がるか左に曲がるかしかない為、アーニャならすぐに覚えるでしょう。加速減速は人形操作ドール・マニュピレイトの方なので、初めは私が助手席で行います。アーニャの操舵に問題が無ければ、ワタルさんお願いします」


「了解。とりあえず動かしてみようか」


「それじゃあ、あたしが運転席だな」


皆で浮遊船フローティングシップに乗り込む。


「高さは現在の地面から3メートル、海面からだと5メートルくらいになると思います。今日は天気がいいので大丈夫だと思いますが、大きな波にはぶつからない様にお願いします」


「了解~」


「んじゃ、魔力注ぐよ。起動っと」


パスから魔力を注ぐと、浮遊船フローティングシップがゆっくりと浮かび上がる。

浮遊フロートの特徴は、指定された高さまでゆっくりと浮かび上がり、そこを起点に漂う事。加減速はどうもINTに寄らず重力加速度くらいが最大に設計されているようで、指定点で速度ゼロになる様に浮かんだり減速したりする。


「プロペラ始動します」


バーバラさんの合図と共に、後部プロペラが回転を始め、船体がゆっくりと前に進み始める。

メルカバ―の飛行機能を推進力になる様に調整しているので、プロペラの騒音も許容範囲内だな。


「それじゃあ、しゅっぱーつ!」


アーニャの合図でプロペラの回転速度が上がり、浮遊船フローティングシップは海上へと進み始めた。

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