第197話 姉弟の邂逅
□森の中□
森の木々が避けて作ってくれた道を進みながら、タリアは空を見上げた。
「……雨が降りそうね」
雲は多いものの、まだ空からは日差しが降り削いでいる。
しかし巫女として得た知識と、周囲に感じる水の精霊の気配から彼女はそう判断した。
ここは山間部だ。天気は変わりやすい。おそらく30分は持たないだろうと。
「急ぎましょう。強くなったら戦いどころじゃないかもしれない」
周囲を海に囲まれた東群島では、天候は一気に荒れやすい。
夏ほど不安定では無いが、一度振りだしたら地の利に疎い自分たちは一気に不利になる。
「ワタルさん達は大丈夫でしょうか」
「いま領兵の先頭が村の周辺を取り囲み始めたみたい」
敵のサーチをかいくぐるため、現在は大きく迂回して北側に回り込んでいる。
相手のサーチ範囲は500メートルほどを見立てているが、現在は大事を取って1キロほど離れた位置だだ。
「ウェインは無事なのか?」
「うん。ここ数日は、村の一室にずっといるわね。表情を見るに監禁されているって感じじゃないんだけど……どういうことなのかしら」
「無事なら何でもいいよ」
「私たち誰も人間相手の拠点攻めの経験何てありません。慎重に行動したほうが良いのでは?」
「人質に取られるとまずいから、戦闘が始まってしまったら一気にだって」
ウェイン少年がどういう立ち位置なのかは不明だが、彼女たちの目的はアーニャと引き合わせて集落から連れ出す事。
先頭が始まってウェインの警備が手薄なようなら、包囲していない北側から一気に襲撃して奪還する。
おそらく守りは手薄になると踏んでの作戦だ。
「……誰か来た。それに……戦闘が始まるかも」
千里眼で状況を確認できる情報では、南側に人が集まっているのが分かる。
透視は出来ないので、視点を動かしながら家の外と中交互に見るしかない。ちょうどウェインらしき少年と、自分と同年代の少女が何かを話していたその時。
視界に移る人々が一斉に外を見た。領兵たちと襲撃犯たちの最初の衝突が始まったのだ。
それを見てタリアは村までの道を一気に繋ぐ。
「大丈夫!人は戦線に集まってる!一気に駆け抜けて!」
ウェインのいる館のそばにいるのは、非戦闘員と思われる数人。
それも南側からの攻撃が届かない大樹の影に集まっていて、ウェインのそばには一人しかいない。
防壁までは約1キロ。スキルを使って1、2分。
だが走り始めてしまえば、村の状況は確認できない。ここからが勝負だった。
タリアの
「見えた!塀はバレットで吹き飛ばすから……」
タリアがそう叫んだその時、目の前で魔力反応が一気に膨れ上がる。
「っ!」
咄嗟に言葉が出ない。けれど足を止めるわけには行かない。
「
額の魔結晶から放たれた
だがその前に立ちはだかる様に、魔物が沸き出してきた。
「魔物!?」
「なんで!邪魔だっ!」
二人がマジックアイテムを使って、一瞬で蹴散らす。
発生したのはゴブリン系の魔物3体。能力的には100Gには至らないくらいだろう。ワタルの作った装備の敵では無かった。
そうして村の中へ飛び込んだ3人の前に、驚愕の表情を浮かべた男が立ちはだかる。
「ああもう!足止めにもならんとは!」
魔力反応からして、明らかに戦闘職ではない。そう判断し、警告のために一瞬足を止めた。
だがそれは誤りだった。
「価値の無駄遣いですが仕方ありません、サモン!」
男がそう叫ぶと、3人の目の前に魔物が沸き出してくる。
それは、とばりの杖を使った時とよく似ていた。影のようにしみ出した魔力の塊が、あっという間に形を形成する。
「村の中で魔物!」
「しかも結構強いですよ!」
バーバラの直感は、おそらく1000Gクラスと告げていた。
タリアが見ているサーチも同等の反応。
「ここは私がっ!」
「一体だけなわけないでしょう!サモン!」
男は次々と魔物を召喚していく。
どれも単独でも勝てない相手では無いが、一瞬で倒して男を無力化出来るほど弱くもなかった。
「アーニャ!右手壁沿いまっすぐ!先にある大岩の方に向かった!行って!」
彼女一人であっても、エンチャント装備で強化されたた状態なら、並の1次職以上に戦える。
一人で戦う可能性を想定して、MPタンクは二つともアーニャが持っていた。だから、彼女が使えるMPは実のところタリアより多い。
だからアーニャを一人で向かわせる。
二人を信じて、アーニャは走る。
エンチャントをフル稼働、さらに自分用ビットを起動し周囲を警戒。
村に響く轟音を無視して、ただひたすらに走り、屋敷の影から飛び出した先に……とうとうウェインを見つけた。
「ウェインっ!」
見上げた先、大岩の上に懐かしい顔が見えた。
「……ねえ……さん?」
アーニャを見たウェインが、驚きと共に目を見開く。
全く予想しなかった相手、これまでの人生のほどんとを共に過ごした姉が、クロノスの孤児院に居ると思っていた姉が、わずか十数メートル先にいた。
「助けに来たっ!」
アーニャは叫ぶ。万感の思いを込めて。
「え?……助け?え……なんでここに?」
けれど、その思いは伝わらない。
ウェインを息子として扱ったハオラン・リーも、君を助けに来たと語ったプルート達も、彼に脅威を与えなかった。力を示さなかかった。
だからウェインに取っての脅威とは、今目の前に攻めてきた、ワタルやフォレスの兵士たちだった。
だから彼の足は動かない。
目の前に現れた、いるはずのない人にただただ戸惑うだけで。
「え?あ?……姉さんなの?なんで?ここは王都からずっと離れた場所じゃ」
「迎えに来たんだよっ!お前がハオランの糞野郎に売られてから!いっぱい!いろんなことがあって!追いかけてきたんだ!だから帰るぞ!こんなひとご……」
「だめよ!」
アーニャの言葉を遮ったのは、サラサだった。
彼女はウェインを抱きしめる。まるで捕まえて離さないと、そう主張するように、後ろから。
「ウェインはもう、私たちの仲間になったんだから」
そう言って微笑む。
「サラサさん?」
無垢で、純粋で、自愛と満ちたその笑みを……その笑みをアーニャは邪悪だと感じた。
「ウェインを放せ!」
「貴方に命令される筋合いはないわ。ねぇ、ウェイン、そうでしょう?」
「え、でも……」
「それにね……もう遅いのよ」
「え?」
光が沸き起こる。
それは大岩の上に立つ二人の足元にだけ。
「っ!ビット!」
アーニャが出来る最速。その行為に意味などない。出来ることなどない。
ただ咄嗟に、手を伸ばすように前へ。
「さようなら、お姉さん。二度と逢わない事を祈るわ」
そして……光がはじけた。
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