第196話 ウェインの決断

□山間の隠れ里・屋敷の一室□


「ウェイン!聞いて!敵が攻めてきたの!」


その日、元グレイビアードの孤児であったウェインは、朝食を終えた後割り当てられた部屋でのんびりと本を読んでいた。

ハオラン・リーと名乗る男に養子として引き取られてから約3カ月。ここまでの旅は決して楽な物では無かった。


養子として引き取られ、名前を変えられたのはいい。道中は安全のためと言われて、ずっと荷馬車の奥に押し込められていたのも、まぁ問題ない。

ご飯はしっかり食べさせてもらえたし、教養を付けるために読み書き計算やクーロンの歴史についても叩き込まれた。これも悪くない。おかげでこうして本も読める。


彼が自分にどんなことを求め、なぜ養子としたかはいまだに分らない。

思っていた親子関係とは違い、淡白な物だと感じたが、まぁそう言う者なのかもしれない。

僅かではあるが王都では見られない景色を見て、たくさんの事を学べたのは悪くない経験だと思っている。


問題があるとすれば、その旅の途中で謎の武装集団にさらわれたことと、さらった武装集団の方が待遇が良い事だろう。


「サラサさん、何事ですか?」


僕をさらった彼らが言うには、僕は犯罪組織経由でハオラン・リーに奴隷として売り飛ばされたらしい。

僕の住んでいた国では、養子についてかなり厳しい審査があるらしいのだけれど、それが成されていなかったとかなんとか。難しいことは分からない。

ただ、ここでの生活は快適だし、食事も美味しいし量があり、布団も柔らかくて暖かい。最近は馬車の荷台でずっと毛布に包まっているだけだったことを考えると夢のようだ。


……ハオラン・リーは僕を息子としてみていなかったことはなんとなく感じていた。

それじゃあ奴隷なのかと言われれば、それも分からない。旅の道中、自由が無かったことを除けば、ハオランの荷馬車も孤児院より生活は良かったくらいなのだ。


彼らはそんな僕を取り戻して、希望するなら東大陸へ送り返すのが仕事らしい。

グレイビアード孤児院に戻りたいかと言われると難しい。別れた姉さんが心配ではあるけれど、きっと僕よりは平穏な日々を送っているだろう。


ハオラン・リーがどうなったのか気になりはするものの、深く知ろうという気は起きない。

3カ月一緒に旅をしてその程度の感慨しかわかないのだから、僕は彼を自分の親になったとは思っていなかったのだろう。


プルートさんは間違いなくいい人だ。少なくとも、リーよりは丁寧だし、質問にもちゃんと答えて、自分に向き合ってくれている。

僕がこの部屋に半分軟禁されているのだって、僕自身が彼らを信用できないからだ。


僕の奪還はこの国では間違いなく法に触れる行為で、彼らはそのために身を隠している。

この世界には僕のような数の少ない種族を奴隷として虐げる、悪い人類たちがたくさんいるらしい。

彼らはそう言った人たちを助ける活動をしているけれど、クロノス王国以外だと犯罪になる場合も多いと教えてくれた。


だから万が一を考えて、僕が取り返されたり攫われたりした場合、僕から仲間の事がバレない様に、僕に関わる人を極力少なくしているらしい。

なので他に知ってる人は、身の回りの世話をしてくれているサラサさんくらいだ。


少しだけ村の中を散歩させてもらったときには、僕が他の村人と合わない様に配慮させてくれとわざわざ頼まれた。

もし僕が国に帰るのではなく、プルートさん達の考えに賛同してくれるなら、仲間として共に働いてほしいと誘われてもいる。その気があってこの村の住人になるなら、自由に過ごしてもいいとも。


村の住人になるかは、ステータスで分かるらしい。

今、僕の名前はウェインに戻っている。名字をあえて挙げるなら、ウェイン・グレイビアードだ。

もしこの村の住人になるなら、ウェイン・ワッフとステータスの名前を変えられるらしい。ここはワッフ村と言うのだとか。


すぐに結論など出せる訳も無く、さりとてここを飛び出して良いことが有るとも思えない。

奥歯に何か挟まったような感じをいだきながら、今日も一日、勉強がてら借りた本を読もうと机に向かったところで、彼女が飛び込んできた。


「敵よ!敵!いま大勢でこの村に向かってるんですって!」


「敵って……どんな相手!?もしかして、リーさん達?」


「あたしたちの敵何て、この国の兵士に決まってるじゃない!犯罪者なんだから!」


自分で言うのもどうかと思うが、その通りなのだから隠しても仕方ないとはプルートさんのセリフだ。


「それ、どうするんですか?戦え……ないですよね?逃げるんですか?」


ここの村自体はいつでも捨てるつもりの仮宿と言っていたけれど、逃げられるのだろうか。

僕はどうすればいいのだろう。この国の兵士たちが、果たして僕を助けてくれるのだろうか。


「本当なら攻めて来るルートから外れて逃げるんだけど、どの道も抑えられてて難しいみたい。……村長のスキルで逃げられるんだけど」


「それって、村人を他の所に逃がすスキル?」


そう言うスキルがあるという話は聞いたことが有る。

貧民街と呼ばれていた僕らの街には、そう言うスキルで魔物に滅ぼされた村から逃げてきた人が居たのだ。


「そう。でも……そのスキルじゃ、貴方を連れて行けないわ」


避難レフィージと言うスキルは、その集落に属する人のみを転送するらしい。

僕がそのスキルの対象となるためには、ウェイン・ワッフにならなきゃいけない。


「ウェイン、一緒に来て!貴方を置いて行けないわ!」


そう言って彼女は僕の手を取った。


「そ、そんなこと急に言われても」


つまりそれは、仲間になれという事だ。

本当に、まだあって一週間しか経っていないのにそんなこと言われても困る。


「とにかく荷物をまとめて。最悪、仲間だと思われない様に荒縄で縛って納屋に閉じ込めるくらいはしてあげられるけど、あたしたちが逃げたら、その後どうなるか分からないわ」


確かに、この国ではどうか分からないけど、兵士たちにあまりいい思い出は無い。

その原因はおおむね姉さんの所為だけど。


言われてとりあえず、身の回りの物を麻袋に放り込む。

どうせ荷物などそう多くない。筆記具と紙の束、それに冬服の替えが一着あるくらいだ。

その間に、見たことの無い男の人たちが家財道具を運び出していく。


「あれも持って逃げるの!?」


「手荷物は一緒に転送されるし、商人が居るから。見たことある?大きなものでも、スキルで消したり出したりできるのよ」


そう言えば、前に院長先生がそんな話をしていた気がする。

やっぱりスキルは凄い。漠然とそんなことを考えていた時だった。


「「「うぉぉぉぉぉ!」」」


外から雄たけびと爆音が響き、思わず身をすくめた。

戦いが……始まったの?


「始まった!行こうっ!少しだけなら見えるかもしれない!」


サラサに手を引かれて屋敷を出る。

日の出ている時間に外に出るのは初めてだった。そしてその瞬間目に飛び込んできたのは、村の外でそびえたつ炎の嵐。

思わず彼女の手を強く握る。


「……離れましょう。北の物見岩からなら、戦況が見えるかもしれない」


……怖い。

彼女たちは逃げるのだという。そのために準備をし、時間を稼いでいるのだと。

でも僕はそれに付いて行けない。今ここで彼女たちが消えてしまえば、僕はここに取り残されることに成るのか。


先を走る彼女の手を強く握り返して足を運ぶ。

物見岩と呼ばれる大きな岩の上で見返したその時、天を突くほどの巨人がその姿を現した。

大きい……王都で街を囲っていた防壁より大きいかも知れない!


「っ!!」


「……何……あれ!」


その巨人が腕を振るうと、防壁ごと近くにあった小屋を吹き飛ばした。

バラバラになった残骸が宙を舞い、大樹に当たって枝がバラバラと降り注ぐ。


……いけない。

……あれはきっと……人に向けてはいけない力だ。


村の人たちは総出で、あの巨人の迎撃に当たっているのだろう。よく見えないが、大きな爆発が起きている。

塀の外、空を飛んでいる人影は敵だろうか、それとも味方なのだろうか。

神様が与えてくれたというスキルは、僕の想像をはるかに超えていた。


時間にすれば数分の出来事だろうか。轟音が響き、巨人が地面に倒れ伏す。


「やった!」


そう呟いてサラサがぎゅっと、僕の手を握ったその時。

濛々と土煙が上がったの先から、『何か』が村の中を駆け抜けた。


それは塀を砕き、家を砕き、その傍らに延びた大樹の幹をえぐり取って、轟音を轟かせながら反対側の壁を突き破って森を壊した。

そうして、バラバラと崩れ逝く家の残骸を見て、僕の心は決まった。


「……サラサさん、僕も行くよ」


「ウェイン!」


「アレはダメだ。人に向けちゃダメな奴だ。たとえあの人たちが正しくて、僕らが犯罪者だったとしても……こんな力、使っていいわけがない。躊躇なく人に向けて使える人たちを……僕は信じない!」


ハオランさん。ごめんなさい。曲がりなりにも、僕を息子と呼んでくれたこと、嬉しく思っていました。

もしかしたら、今も僕を探しているかもしれない。

でも……僕は彼らと行きます。


そう決意を固め、サラサの手を握り返したその時。


「ウェインっ!」


懐かしい声が聞こえた。

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