第198話 山間に降る雨に消ゆ

□隠れ里・防壁外の戦場□


フェイスレスの放った魔投槍マナ・ジャベリンが、射線上にあるすべてを剥ぎ払った。


「っ!」


避けられたっ!

魔力反応の動きから、そのことはすぐにわかった。相手を殺すつもりで放った一撃。それでも足りない。

だけどショックを受けてる場合じゃない。

いつの間にか土人形は足を破壊されて倒れている。しかも自爆を警戒してか、近くに人が集まっては居ない。次の手を考えないと。


そう思った瞬間、視線の端にとらえていたキメラゾンビの姿が消える。

それは魔力探信マナ・サーチで観測していた他のゾンビたちも同様に……すべて村の中に転送されていた。


まずいっ!このタイミングで!?

タリア達の位置はおそらく村の中。未成年と思われる反応は二つ。近いが離れている。近くに別の反応もある。確保できたかは分からない。

一瞬の迷い。だけど……危険な方を選ぶしかない!


影渡りシャドウ・トリップ!」


スキルを発動したその瞬間、俺は敵陣のど真ん中にワープしていた。


「なっ!」


まさか無謀にも突っ込んでくるとは思っていなかったのだろう。周囲にいた者たちの顔が、驚愕に染まる。だが気にしている余裕はない。

亡者を下げた。それはつまり逃げる算段が整ったという事だ。


「ウェインを返せ!それで見逃してやる!」


アーニャたちの状況は分からない。

避難レフィージなどの転送スキルで逃げられるかは不明。でも、逃げられたら追いかける手段がない。


「蛮勇な!」


近くにいた戦士が切りかかって来るが、気にしている余裕はない。

小さく影渡りシャドウ・トリップで攻撃を避ける。村長は……くそ、誰だ!?


『それは出来ない相談ですね。ワタル・リターナー!貴方は危険だ!』


プルートっ!?

斬撃を避けて影渡りシャドウ・トリップで転送した先で視線が交錯する。


『どうしてもと言うなら、クトニオスまで来ると良い!万全を期して、君を倒してあげましょう!』


クトニオス。集合知には、その名前も刻まれている。

東大陸の西の端。この大陸で最初に滅びた王国。そして、その名は、一つの結論を導き出す。


『てめぇら!邪教徒アヴァランチか!!』


人類の裏切り者。魔人と魔王信奉者の集団。

人類圏外に拠点を構える奴らなど、邪教徒しか居ない!


『気づいていませんでしたか! それは失礼! 全ては魔王様の望む平穏のために! それでは、二度とお会いしなくていいことを願っていますよ!』


村長は……あいつか!スキルの発動エフェクトが見える。

魔投……マナ・ジャベ……


避難レフィージ


俺のスキルが発動するよりわずかに早く、相手のスキルが完成した。

その瞬間、周囲にいた敵兵から光の柱が立ちのぼり……。

光が晴れた後には、誰も残っていない。

それに気づいたのは、空から落ちてきた雨粒が、俺の頬をぬらしたからだった。


………………


…………


……


「アーニャ!」


周囲の魔力反応が消えたのち。

一人たたずむアーニャの元へ走ると、彼女は大きな岩の傍らで空を見上げてたたずんでいた。


「……ワタル」


それが空から落ちた大きな雨粒なのか、彼女の瞳から溢れたモノなのか、俺には分からない。

僅か数分前に振り出した雨脚は強まり、戦いの喧騒は既に雨音に消えていた。


「……ごめん。間にあわなかった」


「……おまえが誤んな。俺の見立てが甘かった」


漏れ出した水滴をぬぐうか彼女を、思わず抱きしめた。

ダメだ、ダメダメだ。見立てが甘かった。


敵はアケチ氏の言う通りダラディスの斥候が半分、ミラージュとクーロンの別派閥が残り半々くらいと想定していた。

どの派閥であっても、避難レフィージでウェインを連れ出せる可能性は低いと考えていた。避難レフィージで連れ出せるのは住人だけで、そこには当人の意志が反映される。誘拐犯の仲間になるとは考えなかった。


最も警戒していたのは、他者を連れて飛べる高速移動スキルの連発で索敵の範囲外に出られること。

だから影渡しシャドウ・デリヴァーを使える死霊術師プルートを警戒した。影渡しなら、対象が気絶していれば転送可能だ。それが裏目に出た。


魔王信奉者アヴァランチは用意周到だ。

平和と平等を謳い、人をだます手段に長け、弱者や少数派の心の隙間に忍び込む。

目的のために手段は択ばず、だが義に熱く仲間にやさしく、怒りに支配されず、嘆きを力にしない。それゆえに強大にて不死身なる人類の敵。


「だが……行先は分かってる! 追おう。あいつらは俺の敵になる!」


人類であるあいつらの逃亡先なら、集合知から情報を引っ張り出せる。

ここから飛ぶのも、クトニオス王国の首都で間違いない。


「また追いかけっこか。……ウェインは……次に会う時まで無事でいるかな」


「大丈夫だ。……少なくとも、1年ちょっとはね」


あいつらの手の内は、魔物以上に分りやすい。

ウェインの“価値”は、クーロンでの立ち位置によって大きく変動する可能性はあるが、最低でも成人するまで身の危険は無いだろう。


「リターナー殿~!なにがあったのであるか~っ!」


遠くでアケチ氏の声が聞こえる。

タリアとバーバラさんもこっちに向かって来ているようだ。


「行こう。雨が強くなってきた。戦いは終わったけど、負傷者もいる」


「……ああ。分かってる。1回ミスったくらいじゃ諦めない。元気な姿も見られたんだ、次は必ずっ!」


「ああ。確実に……」


今回、俺たちは準備が足らなかった。

1ヵ月に渡る追跡でウェインに危険は及ばないであろうと判断したハオラン・リーの商隊。

それが殺害されたことで、焦って事を進め過ぎた。


もし敵が魔王信奉者アヴァランチだと分かって居たら、他に打つべき手もあった。

タリアの千里眼や千里耳を使えば、事前にその情報も得ることが出来ただろう。ウェインの無事が確認できた時点で、フォレス兵と連携しての強硬策だけに絞るべきじゃなかった。


……足りないな。

ステータスが高くても、多くのスキルが使えても、それでもまだ足りない。

子供一人助け出せない。これじゃ、魔王を討つなんて夢のまた夢だ。


負傷者およそ172人、うち再生治癒が必要な重傷者95人、死者0。逮捕者0人。

商隊の襲撃に端を発した捕り物は、フォレス皇国侍集団の完敗と言う形で幕を閉じた。


雨に流れぬ遺恨を残したまま……。

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□あとがき

ウェイン救出は道半ばですが、今回198話にて2章は完結となります。

書き溜めが無いので3章は1週間後、7/23(土)の夜からの掲載再開とさせていただこうと思います。その間に、1話か2話の閑話を挟むつもりです。話は進まない解説回ですね。

本編再開まで少し期間が空きますが、今後ともよろしくお願いいたします。

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