第193話 山間の隠れ里へ

□山間の隠れ里□


切り立った山々の合間に出来たわずかばかりの平地。

深き木々の合間を縫うように、天からの木漏れ日すらも阻むように、その小さな村は存在した。


「プルート様、敵襲にございます」


茶と緑が入り混じった、地球で言えば森林迷彩柄のローブに身を包んだ男は、小さな屋敷の今に飛び込むと片膝をついてそう報告した。


「……ふむ。敵襲とは穏やかではないですね。聞きましょう」


プルートと呼ばれた男は40台半ば。白髪交じりの黒く長い髪を背中まで伸ばし、肌は不健康に青白い。

身に着けているのはシンプルな絹織物の長袍であり、シンプルながら気品のある雰囲気を漂わせている。


「は!敵兵は東と南の林道より、それぞれ約60前後。また西野林道より総数不明。いずれも村より4キロほどの地点まで展開していると思われます。観測できた装備より、フォレスの侍集かと!」


「ふむ。西の総数不明とは?」


「観測前に魔術を打ち消されました。先頭は確認できましたが、それ以上は」


「……なるほど。優秀な魔術師でもいるのでしょうか」


警戒用の魔術の範囲は500メートルほどあった。

先に打ち消すには、それより広い範囲を観測できる魔術師が必要だ。人数が分からないという事は、周囲にあった物も潰されたのだろうと予想する。


「トータルの人数は200人ほどでしょうかね。先日の商隊襲撃で足が尽きましたか……。死体を置いて来たのは失敗でしたかね」


目的であった子供を確保するために、荷馬車で死体を運ぶわけには行かなかった。


「どういたしましょう?」


「正面からぶつかる必要は無いですが、撤収にも少々時間がかかりますね。仕方ありません。時間を稼ぎましょう。誰か彼を説得できるような方は居ますか?」


「サラサを身の回りの世話に当てておりますので、問題無いかと」


「わかりました。皆、撤収と迎撃の準備を。年長者にも働いていただきましょう」


男たちは屋敷の外に出ると、慌ただしく動き始めた。

タリアは千里眼で、その様子を少し高みから見つめているのだった。


………………。


…………。


……。


□山間の林道□


「……気づかれたわね。村の中が一気に慌ただしくなったわ」


千里眼で村の様子を観察していたタリアが、変化を教えてくれた。


「まだ4キロは在りそうなのに、早いな。やっぱりさっきの魔力は警戒魔術の類だったか」


魔力探信マナ・サーチには、微弱な魔術反応があった。

此方の手の内を隠すため、500メートルほどまで近づいてから魔術無効化ディスペルで打ち消してみたが、やはり解呪も反応するタイプだったか。

それとも、アケチ氏が言っていた別動隊が見つかったかな。


『見つかったっぽいけど、どうします?』


『ならば警戒はこのままに、一気に距離を詰めるのである。15分もあれば村の眼前にまで迫れるのである。別動隊にも伝達完了!行くぞ、警戒を怠るーな!』


兵たちが一気に動き出す。

彼らは錬金術師アルケミストのアイテム――エリュマントス戦の時に渡された、念話チャットの範囲拡大効果のあるタグのようなもの――を使って、別動隊とも連携を取り合っている。

彼らの言う通り、15分足らずで村を半包囲くらいまでは持って行けるだろうが……。


さて、どうしたものか。仲間内の念話で呼びかける。

もう敵陣の側だ。不用意な会話は、盗聴されているかもしれない。


『タリア、状況は?』


『戦闘準備を始めていると思われる人が8割くらいかしら?それ以外に、荷物をまとめてる人もいるわ。……収納空間インベントリで家財を詰め込んでるわね』


『撤収でしょうか。判断が早いですね』


『外壁のある村って事は、やっぱり村長が居るんだろうな』


村長のスキルには避難レフィージと言う、村人を転送避難させるスキルがある。

この村がどこにも所属しない犯罪者の隠れ里じゃなく、アケチ氏の見立て通りダラディス辺りの前線基地の場合、まんまと逃げられる可能性はある。

避難レフィージの妨害術は、知りうる限り存在しないからな。


『ウェインの様子は!?』


『無事よ。変わらず、屋敷の一室に軟禁されてるような感じだけど……あ、人が来た』


理由は良く分からないが、彼の扱い悪くないようだ。

タリアが言うには自分と同年代の少女が一人、彼の身の回りの世話のためについているらしい。

やっぱりウェインの位置づけが分からんな。犯人の目的は何だろう。

クーロンの密偵がわざわざこんなところに村を作っているとは思えない。

ミラージュなら、ちゃっちゃと売り飛ばさず後生大事に面倒を見ている理由がわからん。


『分割プランで行こう。タリア、アーニャとバーバラさんを連れて迂回してもらえる? 契約した精霊に頼めば裏から回って、手薄なところを付けるよね』


『おっけー。やってみる。ワタルは?』


『正面切って突っ込んだ侍どもの面倒を見ないと』


敵の戦力の中に死霊術師と精霊魔術士が居るであろう事は伝えてある。

タリアが契約した精霊からの情報で、精霊使いではないだろうとの予測も経っている。注意すべきは死霊術師だ。


死霊術師の注意点は、アケチ氏を通じて全体へ伝えてある。

死霊術師の使う高速移動スキルは影渡りシャドウ・トリップで、これは夜間や森の中で相対すると非常に厄介。レベルが35を超えると中級魔術の高速詠唱を覚えて、ほぼ初級スキルと同様の速度で利用できるようになる。


攻撃力も31レベルで上級魔術の死の衝撃デス・ショットを覚える。

これは防御力無視でHPにダメージを与える魔術で、HPの低い相手なら確実に殺せる。


今回の事件は間違いなく組織的な犯行だ。

どんな意図があるにせよ、2次職のスキルをちょっと調べたことが有るなら、死霊術師は35レベルを超えてから運用する。


もう一つ、30レベルで覚える死体再構築デッドマン・リ・ビルドも難儀で脅威なスキルだ。

これについては使ってくるかはわからない。ただ、死霊術師を転職先に選ぶようなひねくれものなら使う可能性はあるだろう。

余りに外聞が悪すぎて俺は使うつもりは無いし、ウォール辺境伯が死霊術師ネクロマンサーを封印したほうが良いと判断した一因でもある。

アケチ氏をあまり信用できていないので、詳しくは説明していない。


なんにせよ、双方の被害を出さない様に注意しつつ、ウェインの奪還を出来ればいいなぁくらいで頑張る。


『それじゃあ、私たちは分かれるわ』


『気を付けて!』


タリアは十里眼を閉じると、契約した精霊に呼びかける。

彼女はこの三日で、森の精霊と大地の精霊との契約を終えている。大地の精霊はほぼどこにでもいるし、森の精霊は出来ることが多くて便利な精霊だ。契約しておいて損はないと見た。


「契約に従い、我が声にこたえて道を示せ。一時の街道テンポラリ・ワン・ロード


タリアの声にこたえて、斜め前の森が裂ける。

木々が曲がって道を譲り、地面は開けて凹凸は消え、そこは一時、目的地までの一本道となる。

流石精霊。起こる事象が魔法の類だ。


『アーニャ!無理しないでな!バーバラさん、戦闘するかの判断は任せましたよ』


『約束は出来ねぇ!注意はする!』


『何かあっても、二人は守り抜きます!お気をつけて!』


タリア達が開けた道に飛び込むと、徐々に森が元に戻っていく。

さて、こっちもさっさと前を追いかけないと。


---------------------------------------------------------------------------------------------

□雑記

作中で使われる距離・重さの単位ですが、職業システムを作った際に地球系の世界を参考にしたため素でメートル・キログラム法です。

ステータスと距離の紐づきから、1000年の間に統一されたという裏話を考えてあります。ヤード・ポンド法で作られなくて幸いでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る