第189話 荷馬車の行方と千里眼
ミティス島は山深い島である。
2000メートル級の切り立った山脈が島を南北に分断しており、そこに降った雨が二本の川となり、北のダラディス、南のフォレスの礎となった。
街道は島の外縁部にしかてれおり、都はそれぞれの川の中流に存在する。
フォレス側の大きな都市は都を除いて3つ。東西の街道を守る城塞都市2つと、交易都市であるミャケを管理する都市である。
この世界では領主のスキルの発動条件の関係上、港湾都市が主要都市になれない。城壁を張り巡らせられない都市は領主の防衛スキルの恩恵が弱まるためだ。
なのでこのミティス島でも山間に主要都市、沿岸沿いに漁村や農村が点在するという構造になっている。
山中の街道整備は高いコストを有し、しかも自然災害での摩耗が酷いこともあって、まともに使える街道は外縁部を走る1本と、内陸の主要都市と外縁部を使う道に限られる。
「んで、この道はそのどれにも当たらないと……」
ミャケからカミッツへと向かう街道をしばらく進んだ先、内陸へと向かう分かれ道で、馬車の跡は街道から外れていた。
「やはり間違いない。わかりづらいが、追っている馬車はこちらの道を選んでいるな」
地面から馬車の行方を読み取っていたタラゼドさんは、地面に残された痕跡からそう結論付けた。
「ワタル、この先には何があるの?」
「何がって言うか、林業を主体とする村と、農村。この先でもいくつかに道は分かれているけど、基本的にはそこで行き止まりだよ」
少なくとも、3年前のまでの情報で、この先の道が通じたという話は無い。
主要都市への街道を通すにしてもあまり良いルートには成らず、整備の話も浮上していない。
「タリア、この先の村を千里眼で確認できない」
「了解、やってみる。目をつむるから、手を握っていてもらえる?」
「……はいよ」
巫女の覚えるスキル、千里眼は1次職のスキルの中でも破格の効果範囲を持つスキルの一つだ。元々は一里眼というスキルがレベルと共に成長していく。
一里眼はINT×メートルの範囲内で、
一つレベルアップした十里眼ではINT×10メートルの範囲に広がる。かわりに広がった範囲では透視が出来ない。また、十里眼の範囲を見る場合は目を閉じていなければならない。
二つレベルアップした百里眼ではINT×100メートルの範囲に広がる代わりに、暗視が出来なくなる。また、百里眼の範囲を見る場合は目を閉じて、足を止めて居なければならない。
千里眼になるとINT×1000メートルの範囲に視点を飛ばせるようになるが、物質の透過が出来なくなる。ピンポン玉が通る程度の空間でつながっていて、そのルートを経由して動かさないと建物の中などは見ることが出来ない。水中では操作可能距離が短くなる。また、千里眼の範囲を見る場合には、目を閉じて座り止まって居なければならい。
一里眼の範囲が最も性能が高く、遠くに行くほど制約が辛く、出来ることが少なくなるわけだ。
それでも1次職の次点で、100キロ以上離れた所の情報を取得できるのは破格の性能である。
ちなみに視野や視力は変わらず、必ず巫女視点から動かし始める必要がある。視点移動は一瞬で焦点の合う範囲まで飛べるから、多分ストリートビューよりは早い。
「分かれ道があるわね。一つ目の分かれ道を左に……村が見えるわ。林業をしている村かしら、畑は少ないわ。家も10軒は無さそうね。もどる?」
「行き止まりなら、戻って他の道の先も見てみよう」
「空から見下ろした方が速いわね。……飛び過ぎた。黒い空が見えるんだけど、どこよここ?」
「大気圏を抜けてるじゃん。還ってこい」
今のタリアのステータスなら、宇宙からこの世界を見下ろせるからな。
「この、視界中で飛び先を決めるの難しいわね」
「高い木か何かを目標に取ると良いんじゃない?あとはゆっくり動かすことも出来るでしょ」
千里眼の移動方法は、注視点に飛ぶジャンプ式と、歩くのと同じ速度で動かすムーブ式があるはず。
「おっけー……先も分かれ道があって、それぞれ村があるわね。農村が二つ、その先にもう一つ、小さな木こりの村があるわ。そこで行き止まりみたい」
「村の様子は?」
「特に違和感はないわね。一つ一つの村を調べてみる?百里眼の範囲に収まるから、家の中まで調べられるわよ?」
「そうだね。……でも、一度カミッツに行こうか。MPの消費がきつくなってきたし、もうすぐ日が暮れる」
ミティス島の小さな村だと、冒険者向けの宿が無い所も存在する。
それに犯人とかかわりのある村に入ってしまった場合、イレギュラーも考えられる。
敵が人間だった場合、対人戦は苦手な俺にとっては難敵だ。村ごと焼き払って皆殺しにしていいなら容易いが、そう言うわけにも行かない。
そしてここまでの道中、
ここまでの間に襲撃してきた魔物から、
「タリアはそのまま一つ一つの村を探索して。百里眼の範囲には収まるよね?」
「それだと私は動けないんだけど……メルカバー出す?」
「起動までにちょっと時間がかかるし、久しぶりに担いで走る」
いわゆるお姫様抱っこと言うやつだ。
STRが高くなったので、この抱き方が一番タリアに負担が少ない。体重とSTRの比率で言うなら二リットルのペットボトル2本分にもならないからな。そして俺の精神的な負担も少ない。
「……………………」
「……なにか?」
「……何でもないわよ、バカ」
なぜ罵倒されなければならぬのだ。
「アーニャ、いける?」
「……大丈夫、だ」
アーニャは
バックルで発動させて頑張ってついて来てはいるものの、ステータスの恩恵がない彼女にはさすがに辛いだろう。
「バーバラさん、アーニャが脱落しそうなら背負ってもらえます?」
「はい、……大丈夫です」
バーバラさんも、体力だけは出会った時より確実に上がっているな。
それでもまだ表情は晴れやかとは言えない。マジでこの世界、走り込みは嫌われてるよなぁ。
「なんなら俺が背負うか?この肉体は疲れを知らないからな、子供一人背負うぐらい余裕だぞ」
あ~……肉体のリミッターが外れているタラゼドさんなら余裕だろうが……ダメだな。
「力加減できます?」
「……止めといたほうが良いな」
曲がりなりにも2次職の亡者だ。
死んでから触覚系の感覚は弱くなっている。このため訓練を積まないと力加減と言うものが難しい。
抱きしめたら自分の骨も相手の骨も砕けました、なんてことが起きかねないのだ。
「タラゼドさんは魔物をお願いします。それじゃあ出発しましょう」
久しぶりのランニング。このところ運動不足気味だったから丁度いい。
その日は漁師町カミッツに滞在した。
タリアが時間をかけて4つの村の中をくまなく探索してくれたが、見てわかる範囲で以上は見つからなかった。
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□雑記
巫女のスキルは強力ですが、攻撃に使えるのが念動力しかない、知識系の習得が多いなど経験値稼ぎが大変で、かつ転職に素質が求められるので成り手の少ないレアな職業です。
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