第184話 遺体鑑定を手伝ってみた

門の前の広場まで出ると、街の兵士十数人が集まっている。

物々しい雰囲気。死体が出たと言う話だったが、それだけにしてはずいぶんとだな。


「だから、知らねぇよ!俺たちはこいつが熊に引きずられているのを見て、わざわざ運んできたんだから」


「しかしどう見ても遺体の傷は動物の物では無ない!野生の熊が火を噴くか?」


どうやら遺体を見つけて保険金目当てで街まで運んだ冒険者の一団と、憲兵たちがもめているらしい。


「静粛に!真偽官殿をお連れした。審問を始めるから皆並べ。見分を行うから遺体も並べろ」


どうやら見つかった遺体は三体らしい。どれも損傷がひどいとか。どれどれ?


「……見なきゃよかった」


死霊術師ネクロマンサーの耐性が無かったら胃の中の物を戻していた自信がある。

どれも遺体の状況が酷い。四肢や顔のパーツはまともに残っていないし、裂傷だけでは無く、あちこちが焼けて炭化している。

服装と体つきから男だろうとは推測が付くが、それ以外はわからん。つか、直視したくない。


「冒険者パーティ・ハヤブサの爪はとなり町からの移動中に遺体を引きずる熊を発見。これを撃退。遺体の様子から熊に襲われたのではないと判断して周囲を捜索したところ、ほか2つの遺体を見つけた。その後、荷馬車の荷台に積んで自分たちの目的地だったここ、ミャケまで輸送した。相違ないか?」


「ああ、それで間違いない」


役人が質問を読み上げ、真偽官がその解答を判断する。

真偽官は極力身元がばれることを防ぐため、仮面をつけて体系の分かりづらい服を着、声もほとんど発さない。

フォレスでは真なら握った拳の親指を空に立て、偽りなら地面に落とすらしい。……ゴートゥーヘルですかね?


「この三人の死に、汝たちは関与していない。偽りないか」


「偽りない」


パーティーのメンバーらし5人が同じ回答をする。


「この三人の身元、来歴について知っている事はあるか?」


「わからない。少なくとも知り合いではないと判断している」


こちらも全員変わらず。真偽官の判断も真。

とりあえず、彼らは遺体を見つけただけらしい。その後も質疑は続く。

彼らは港町から貿易品や魚介類などを内陸の街へ輸送する仕事を良く請け負っていて、今回もその帰りだったらしい。


「二日かかる所を一日で。三日かかる所を一両日で運ぶのが俺たちのやり方だ」


リーダーの男は武装商人らしい。なるほど、魔物を倒しながら行商もしているのか。


「鑑定士、死因の確認は出来ているか?」


「はい。酷い外傷はおそらく熊にかじられたからですが、主な死因は二人が刃物による裂傷、一人は魔術による炎症と思われます」


「身元は?」


「残念ながらわかるようなものはありませんでした」


「現場に身元が分かるような何かは落ちていなかったか」


「気づいた限りは無かったな。拾えるものは全部拾って、提出したつもりだ」


これも偽りなし。


「……兵長、行方不明者の連絡は来ているか?」


「今のところ情報はありません。先ほど確認させましたが、記録は無いとのことです」


「となると旅人の可能性もあるな。犯人は魔物か?」


「わかりません。装備が持ち去られているのは魔物のようですが、武器を使い、魔術を使いこなす魔物であれば殺さずに捕らえることを考える気がします。鑑定士の話だと、うち一人はおそらく一撃で殺されていると。魔物より格下だったとすると、知能の高い魔物がそういうことをするのは珍しいです」


死体には大した価値はない。

冒険者ギルドや商人ギルドにとどけて身元が分かれば、褒章として保険金の一部が支払われるが、発見者の取り分はそう多くない。

なので運搬にかかる労力などを差し引くと、死体の価値は0に近くなる。というか、そうなる様に国やギルドが調整している。

なので知性の高い魔物なら、捕らえて核にするなど別の利用方法を考えるのだ。


兵士たちのやり取りを聴きながら、さてどうしようかなと思案する。

とりあえず魔力探信マナ・サーチ死者探査デッドマン・サーチを発動。周囲に気づく人は居ない。

遺体の反応は目の前の3つだけか。それなりに広さがある街だから、墓地や教会が範囲内に入らないようだ。


気づかれることは無さそうなので、死者分析デッドマン・リサーチを発動。

鑑定士の見立てはおおむね正しいな。一人は心臓を刺されて即死。もう一人は複数の裂傷による失血死。

炎症による死亡と見立てられていた男は、実際には魔術による衝撃死のようだ。炎弾ファイア・バレットなどの魔術を連続で受けたか、火炎球ファイアーボールをくらったか。

まぁ、この際死因などどうでもいい。


死者分析デッドマン・リサーチで死者の名前やステータスが確認できればいいのにな。

もしかしたら珍しい職業やスキルを持っているかもしれない。そうであればぜひとも死後のご協力をいただきたいと思って来てみたわけだが……動かしても平気かな?


「……先ほどから変な魔力の流れを感じるのですが」


おっと、気づくやつが居たか。

とりあえず指摘されたのでスキルを切って知らん顔しておこう。


「旅人を考慮して出立者の調査を行おう。それと同時に、各ギルドへの警戒の呼びかけもだな。三人も被害が出たという事は、それなりの魔物が居るという事だろう」


「……すいません、この遺体はどうされるのですか?」


「ん?君はなんだ?」


「ああ、兵長殿。こちらクロノスの……」


「冒険者のワタル・リターナーです。ですよね、チョイット殿」


「……そうでしたね。ええ、ちょっと兵長殿こちらへ」


入国する際に色々書状を渡しているから、チョイット担当官殿は俺の素性を知っている。

入国管理局の担当官なのに俺の相手までさせられているのは、なんとも申しない感じだ。

まぁ、ひょいひょい動かれたくはない、と言うのも理解できる。商人を追っかけてなかったら、特使の任を明かす必要も無かったのになぁ。


「……ふ、ふむ。事情はなんとなくわかった。 それで、リターナー殿、どのような御用で?」


「いえ、こちらの遺体をどうされるのかと思いまして」


「どうとは?こう損傷が激しくては腐敗も早いので、火葬して遺骨のみをしばらく保管となる。引き取る者がいなければ共同墓地に埋葬だな」


「見分はもう終わりですか?」


「ん、鑑定士、どうだ?」


「死因は比較的明確ですからね。残念ながら顔を見て誰か分かるような状況でもないですから、特に何もできないかと」


「それなら、ちょっと修復してみて良いですか?」


「修復だと?」


「はい。こちらの国ではあまりメジャーでは無いと思いますが、現在は死霊術師ネクロマンサーと言う職に就いておりまして、その中のスキルに遺体を修復するスキルが有ります」


「なに!?」


死霊術師ネクロマンサーと効いて、周囲がざわつく。

なんだろう?そんなに知っている人が多いとは思えないのだけれど。


「……リターナー殿、真偽官を交えて質問をしても?」


「?……大丈夫ですよ。というか、普通に今もそうでしょう?」


チョイットさんに視線を送ると、首をかしげる。おや?


「リターナー殿はいつからこの国に?」


「三日前ですかね。クロノスからライリー、ラーファ経由で入国しました。チョイット入国管理官殿が私のパーティーの入国手続きを担当してくださっていますから、そちらも確認していただければと思います」


「それより前にこの国に来たことはあるか?」


「いいえ、ありませんね」


「この国の法に振れるような行いはしていないか?」


「知りうる限りしておりません。この質問は入国の際にもされましたが」


「念のためだ。……という事は関係ないか」


ふむ。……死霊術師ネクロマンサー絡みで何か事件でもあったのだろうか。


「とりあえず、詳しい話を後で訊かせてもらいたいのだが、その前に死霊術師ネクロマンサーのスキルについて教えてくれ。遺体の修復とは?」


「お見せした方が速いのですが……素材を消費して遺体を生前の状態に近づける術です」


義体アーティフィシャル構築ボディ・リ・ビルドについて簡単に説明する。

ついでに収納空間インベントリの説明もすることに成ったが、まぁ良いだろう。ギルドカードに書かれているし。


「なるほど。傷などが消えてしまう分、見分に問題はでるか。しかし終わってるなら良いか。もしかしたら、人相から誰か分かるかも知れん」


「名前くらいでしたら分かりますよ?」


「なに!?」


屍体操作コープス・マニュピレイトを使えば、亡骸のステータスが確認できる。

それどころか、人格再填リ・ロードを使えば死に際の状況ですら当人の口から証言してもらえる。

……まぁ、どんな人物か分からないし、もう一度殺すことに成りかねないからおいそれと使いたくはない。


「なるほど。とりあえず一つ一つ試してもらえるか?」


「では、義体アーティフィシャル構築ボディ・リ・ビルド


収納空間インベントリ内の食料を消費して、三人の遺体が生前の状態へと再構築されていく。

三人とも男性、年齢は20代か30代と言った所だろうか。髭を生やしていたかとか細かい所は分からないので、その辺は割と適当だ。


「誰か分かる者はいるか?」


兵長さんの問いに幾人もの人が確認していくが、だれも知り合いは居ないらしい。

全員人間族だが、余り特徴がないな。この世界は血が混ざりすぎていて、顔つきや髪の色程度じゃどこの国のひとか判別できない。フォレスの人か、遠方からの旅人かの区別はつかないな。


「この顔の再現度はどの程度なのだ?」


「ぼちぼちだと思いますけど……どれくらい再現されるか試したことが無いので分かりかねます」


「そうか……動かせるのか?」


「動かせますよ。見ていて気持ちいい物でも無いでしょうから、動かさずステータスを表示しますよ。屍体操作コープス・マニュピレイト


とりあえず一人起こしてみよう。


-------------------------------------------

名前:スコット・チェン

状態:死亡(31)

職業:騎士ナイト

レベル:12

HP:320

MP:136

STR:107

VIT:121

INT:40

DEX:72

AGI:71


素質:なし

スキル:初心者ノービススキル,槍兵ランサースキル,騎士ナイトスキル

魔術:なし

加護:なし

-------------------------------------------


ふむ。普通の騎士だな。生前はステータスボーナスをSTRやVITに振っていたらしい。

DEXとAGIはレベルと職業ボーナスでたどり着ける範囲。VITに振っているという事は、タンク系の前衛として戦ってたのかな。


「スコット・チェンか……わかる者、と言っても居ないか?」


ステータスは皆に見えるようにしているが、特に何かを指摘する人は居ない。

俺も見知った相手なんてことは無いんだが、ちょっと気になることが有る。

……なんかヤな予感がする。


「他の二人のステータスも出しますよ」


ステータスを表示する。

一人は方士、名前はタツロウ・ワン。もう一人は武装商人ハオラン・リー。

……方士はクーロン系の魔術師だな。


そして名字に特徴がある。


「……三人とも、おそらくクーロン人ですね」


芽生えた嫌な予感は、さらに大きくなるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る