第183話 死して航路は収束する

□さびれた野営地□


「……だいぶ時間がかかってしまいましたね」


商人風の男が、同じ焚火を囲んでいる騎士風の男に対して話しかける。

ここはフォレスの南部、街と街の間にある普段は使われなくなった宿営地の一つである。

既に夜は遅い時間に差し掛かりつつあり、彼らと見張りの二人以外はテントや馬車の中で休息を取っていた。


「だが、さすがに折り返しを過ぎた」


ペローマまではミャケから最短で4日。

ペローマに入れば、そこからクーロンの本島へ直接渡ることができる。そこまで到達できれば、彼らの旅は終わったようなものだった。


「大陸側を通らなくて済んだ分、むしろこのルートの方が安全だったと言っても良いかも知れんな」


「どうでしょう。……結局クーロンで出ていた追手らしき依頼は何だったのでしょうね」


「さぁな。島をまたいで依頼は出てはいなかった。ギルドの通信網を考えれば、これはおかしな話だ。何か思惑があるか……単に金が無かっただけかもな」


「そうであれば、別にどうでもいいのですけどね」


今のところ、冒険者ギルド経由で各地に撒かれた依頼以外、彼らに関わる情報は無かった。

大事を取って街へは斥候を送り、入街は最低限にとどめていたが、気になる要因は確認されていない。


「直にミャケへ先に入った斥候も戻る。今の形を続けていれば問題はないだろう」


「ええ、お願いしますよ」


しばらく雑談をかわしながら、彼らは斥候が戻るのを待つ。

それが戻ったのは、予定より少し遅い、夜半を過ぎたころだった。

見張りをしていた魔術師が気づき、まとめ役である彼らの元へ通してくれる。


「予定より少し遅かったな。何か問題があったのか」


騎士風の男の問いに、斥候に出ていた3人は何も問題ありませんと答えた。


「ええ、本当に。なにも問題ありません」


そう言って男は、持っていた短剣を自らの上官のわき腹へと突き立てる。


「へ?」


叫びを上げる間もなく絶命して倒れるのを、商人風の男は驚嘆の声をあげて見送ることしかできなかった。


「ええ、何も問題ありませんも」


自らの仲間を刺し殺した斥候は、表情を変えずにそう呟く。


「っ!てっ、敵襲!?」


周囲を警戒している見張り、そして天幕で休息している仲間に向けて、彼は出来る限りの声で危機を知らせた。

……結局、それが彼の最後の言葉となった。


………………


…………


……


□フォレス皇国・南西部の港町ミャケ□


数日の船旅を終えて、俺たちは予定通りフォレス皇国への入国を果たしていた。

道中が順調であったこともあり、予想通りの工程。クーロンへ向かうなら確実に先回りできた自信はある。


……だというのに、3日も何の手掛かりも無いのはなぜだろう。


「各国に出した冒険者たちからの連絡も無いし、どうしたもんかな」


桟橋の見える港に建てられた役所で、出国の書類を再チェックしながら、どことなくぼやく。

タマットからここまででも半日もあれば速報が届く。にもかかわらず、ギルドから全く手掛かりの情報がつかめないのはどうしたことか。

……結構な金額をバラまいてるはずなんだけどな。まさか依頼を受ける冒険者が居ないなんてことはあるまい。


「そんな事言われましても、入国者にも出国者にもお話にあったような商隊は記録にありませんよ」


地殻で仕事していたミャケの入出国管理担当官殿は、ここ数日の残業に頭を悩ませている御様子で俺のボヤキに反応した。

ちなみにアーニャとバーバラさんは二人で街の門での待ち伏せ中。タリアは漁師たちへの聞き込みの真っ最中だ。


「ここはあまり影響ないですが、ダラディスの奴らとまたひと悶着ありそうって話で、国境付近はピリピリしてますからね。入出国の管理もちゃんと目を光らせてますよ。子供の出国とか、奴隷でも見落とすとかありえません」


「別に疑っちゃいませんよ。真偽官殿もいらっしゃいますしね」


文官殿にはクロノス特使のネームバリューを使って協力してもらっている。

無事に商隊が見つかったら、フォレスの帝には一度ご挨拶に行かないといけないだろう。


「この処大きな諍いは起きてないって聞いていますけど?」


「海で魔物が増えているのは御存じですかね。なんか、見たこと無いドロップ品が上がるらしいですよ」


「見たこと無い?」


「ええ。非常に小ぶりな金属片や、腕輪みたいなものらしいですけどね。魔物がやけに強いとか」


「価値が高いんですか?」


「魔物強さ的にはそうなんですけど、分からないらしいです。周辺海域で増えているので、ダラディスの策略ではと言う話が出てるんですよ」


「……その手の話は毎回濡れ衣では?」


「まぁ、いつもの事だと言うのがもっぱらの味方です。でも、魔物の脅威が増えてるのは事実ですよ」


「それは聞いてます。実際、タマットからここまでで2回ほど襲われましたし」


一回目はタマットからライリーの間。二回目はラーファからミティス島の間。

二回目は数が少なかったが、戦力も少なかったのでかかった労力はどっこいどっこいだ。


「ドロップで見ませんでした?魔力が籠っている事は分かっているらしいですが、使い道が分からなくて冒険者ギルドでも難儀しているようですよ」


「人間の冒険者が船上で魔物追っ払っても、大した稼ぎには成りませんから」


二回の襲撃では、どちらもドロップ品を取り損ねている。

どうしても海中に落っことしてしまうからな。確保できたのも船の上に上がってきたものだけで、そいつは鮮魚とかエビとかだった。

しかし、よくわからないドロップ品ね。冒険者ギルドに行ったら見られるかな?


「外洋でも大型の魔物が出ているみたいですし、近海でもサハギン達の動きが活発化しているらしいですし、まあ、魔物が動いていい事などめったにないですからね。愚痴の一つも言いたくなるものです」


東群島での魔物の増加は、本当に発生している問題らしい。

大陸を置いてこの辺を攻めにかかるメリットはないはずなんだがな。ウェインの一件が片付いたら、ちょっと調べてみるか。


そんな事を思っていると、一人の男が役所に飛び込んできた。


「審議官は居るか!?」


「なんです唐突に。いますけど、入国審査中ですよ」


「殺しだ!いや、魔物かも知れんけど、とにかく見つけた冒険者たちへの聴取以来だよ。ギルドから」


なんだ、やけに物騒な話だな。


「……わかった。すぐに向かわせよう」


ん~……殺人事件か。魔物かも知れないって事は街の外?

港湾都市は完全に周囲を城壁で覆えないから、君主のスキルの対象に成らず、この街も市長はず。

ってことは街中で魔物、という線も捨てきれないが……。


「野次馬に行っても良いですか?」


場合によっては死霊術師ネクロマンサーのスキルが役に立つかも知れん。

東群島でもあまり好まれていない職業ではあるが、いきなり後ろから刺されるほど忌諱されて居るわけでもない。

そもそも忌諱されるほど成り手も居ない。


「特使殿がですか?あまり気持ちのいい物じゃないと思いますが」


「私の収納空間インベントリの中見たでしょう?」


そもそも死体持ち歩いているのだ。いまさら気にする話では無い。


「……そうでしたね。どうぞ。表でお待ちください。……警護を付けて審議官を出すから、10分待ってくれ」


俺の相手をしてくれていた入出国管理局の副代表が、書類片手に外へと出ていく。

念話チャットで連絡をしていたタリアからは『あまり変な事件に首を突っ込まない様に』と釘を刺されてしまった。

……そんないろんなところに首突っ込んだ事は無いんだけどなぁ。

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