第182話 先回りを計画した

波を切り割いて船が進む。

ウリュウで目的の商人たちの足取りを確認した翌々日。ヤイーズに戻った俺たちは先回りのため、ライリー皇国への定期船の上に居た。


「ここがタマット。南下したところにあるのがライリー。東回りだとタマットからコヒ・アを経由して1日で渡れる島を渡っていく感じになる。国を行き来する定期船は1日に一便しか出ていないから、東回りだと絶対に追いつけないルートに成るわけだ」


船室に設置した浮遊する座敷フローティング・フロアの上、地図を見ながらアーニャにルートを説明する。


「タマットのヤイーズから、ライリーのチョンシーまでは一日半。チョンシーから同じ島内のカーシマまでは装軌車両にならその日のうちに行けるから、カーシマから船でラーファ経由でミティス島に行く。ミティス島の南端の港であるフォレス皇国の港街ミャケは、東回りでライリーやペローマに行くには通るルートに成っているから、ここで待ち伏せれば確実に細く出来る」


「……良くここまで詳細な地図を掛けますね」


集合知の詳細な説明をされて居ない、バーバラさんだけが驚いている。


「先に行かれることは無いかな?」


「船の運行間隔的には無いはず。幸い、この時期は北からの風で、南下するには船の方が有利だから、こっちの経路の方が早く着く。……まぁ、ダメでもこれまでよりは追いつくと思う」


問題は魔物と嵐だけど、巫女のスキルを取り切ったタリアの予測では、天気は数日は問題無さそうとのこと。

巫女は天候を予測するための知識や、千里眼と言った遠見のスキルを有している。この手の予測は得意とする技術だ。


「ねえ、ワタル。この辺の島国は全部違う国なのよね? クロノスは王国だったけど、この皇国?ってのはどんな意味なの?」


「ん~……ややこしいけど、王様と似たような天皇だったり帝だったりって呼ばれる君主が納めてる国って事かな」


「1つの島に2つの国があるのはミティスだけなのか?」


「他にもあるよ。東群島はもともと1つの国だったんだけど、魔王誕生後のゴタゴタで分裂したんだ。分裂した際に、各島の有力者が『うちの天皇こそが正当な統治者なり』って言って、数百年戦争してた。ここ100年ちょっとは落ち着いてるけど、1つの島を分け合ってるフォレスとダラディスとかはたまに小競り合いしている」


「ぶっそうな話ね」


この辺の島々は、もともとも国の帝に娘を献上して血縁者を取り込むことで地位を確立していた。

なので今統治者としている各島の天皇は、一応ちゃんと血縁であるらしい。

実際の所は、スキルの影響範囲を考えれば、島ごとに君主が居る事は比較的望ましい状況だ。

東群島が再度荒れるのはそう無い話だろう。むしろ魔物の方が脅威だな。


「ワタルさんは他国の歴史にも詳しいのですね」


「はは、他人から聞きかじった話ですよ」


船が順当に動いている間、俺たちにはやれることが無い。

ライリーでも情報収集の冒険者を雇うつもりだから、予測が外れた場合でもフォローはきくだろう。

後はスムーズについてくれればいいのだけれど。


……残念ながらそうは問屋が卸さないらしい。


「敵襲!各員配置に付け!戦闘が可能な乗客は中央甲板へ。非戦闘員は避難室へ移動せよ」


伝声管を通じて声が響く。おっと、お仕事の時間だ。


「私たちも加勢しましょう」


「言わずもがな。海の魔物も見てみたいしね。船上戦闘はちょっとルールが特殊だから、皆近くにね」


甲板に出ると、既に魚人や人魚・バードマンの戦士たちが既に戦闘態勢に入っていた。

海中戦が得意な魚人や人魚たちは有無へと飛び込んでいく。


渇望者たちクレヴィンガーズ、配置はどこに」


「3人2次職で魔術系だったな。それなら右舷前方に行ってくれ。そちらから来る魔物が一番多い」


船員の指示に従って移動する。前を任されているのは俺たちを含めて8人ほどか。

既に海中戦組は飛び込んだ後のようだ。


「こっちが多いなら、もっと人が居ても良いんじゃないのか?」


「船の上で一部に人が集まりすぎると、船が傾いてしまうからね。っとと、やはり揺れるな」


もっと大きな船なら人の重みくらいは気にしないのだが、木造の中型船ではそうも行かない。

取りついて来る魔物は船が転覆しようが気にしないので、戦場で戦う者が気を付けないとひっくり返ってしまう。


さてさて、敵は……フライ・マンタとそれに乗ったサハギン・ライダー、鉄砲魚に、大ウミヘビ?

海面に顔を出しているのはそれくらいか。


「バーバラさんは見えているやつを、アーニャは上がってきた奴を対処。タリア、千里眼で見えるだろうけど、精霊魔術や召喚はしない方向で!巻き込みが怖い!あと、雷撃系もNGね」


「わたしだけ注意が多いわよ。子供じゃないんだから」


子供じゃないから、恐ろしい威力を出すんじゃないか。


「さて、魔力探信マナ・サーチ。……おう、いるいる。敵は100を超えるな」


増えているというだけはあるね。魔力反応から200G級が多いかな。

こっちの戦闘員は戦場が20。海中が30。空が20と言った所か。ほかに予備兵の水夫が10人ほど。

ちょっと厳しい戦いだ。


「それじゃあ始めますか。魔矢マジックアロー


スキルの発動と共に海面がはじけた。ちっ、かわされたか。

水中に潜られてしまうと、上からの攻撃の効果は半減する。船べりから身を乗り出して戦うわけにも行かないし、使えるスキルも限られる。……海中戦闘用の人形でも作っておけばよかった。


「攻撃が届きませんねっと!?」


バーバラさんは鉄砲魚からの水砲を華麗によける。外れた後ろの船べりに当たってはじけた。

これ、背後からの流れ弾も気にしたほうが良いな。

こう言う場合は……。


「行け!ビット!」


収納空間インベントリから取り出したビットを海上へと飛ばす。

船上を攻撃してくる敵は海面から顔を出すしかない。そこを狙い撃ち、モグラたたき状態だ。


「よし!一匹!」


不用意に顔を出した鉄砲魚を魔弾マナ・バレットが捕らえた。

ドロップは回収のしようが無いが、とりあえず魔物を減らすのが先決……っ!


「あぶねっ!水中から攻撃もアリか!」


水面が膨れ上がって衝撃波が飛び出してきた。

ビットを海面ギリギリに飛ばすと、余波の水しぶきで墜落させられそうだ。


「……掴んだ!上がれぇ!」


その時、ずっと集中していたタリアがスキルを振るう。

巫女のメインの攻撃スキルは念動力テレキネシス。これを強化し、高速、高威力、変現自在の念力の手で戦うのが巫女のスタイルだ。


タリアの念動力に捕まったサハギンが水上に高らかに跳ね上げられる。


「飛翔拳!」


そこにバーバラさんの衝撃拳を受けてはじけ飛ぶ。良い連携だ。


「タリア、船の近くのやつから釣り上げお願い!俺の念動力じゃ捕まえられないから、上がってきたのを狙撃する」


「任せて!」


喫水線の下、船底に穴をあけようと迫って来る魔物たちを釣り上げて、それを交代で撃破する。

これは良い。確実に倒せるが……数が多いな。すこし防御するか。


「……ウォール!」


海中に魔力反応をベースにして障壁を発生させる。

幾つかの魔物がそれに衝突して動きを止め、タリアに吊り上げられて撃破されるが……壁が持たない。

海中だと寄せる波や海流がウォールの耐久値を削ってしまう。維持時間は空中に出した場合の十分の一くらいか?


「飛び出してきます!」


「海上に出てきたのは処理するだけで済む」


海面から飛び出して、船に乗り移ろうとしてきたサハギン・ライダーとフライ・マンタを適当に捌く。

俺やバーバラさんはもちろん、エンチャント装備で発動させているアーニャの魔弾マナ・バレットでも一撃だ。こっちは問題ない。


しばらくは黙々と処理するだけの時間が続く。

こちら側だけで30匹ほど、全体で7割程の魔物を撃退、撃破し、あとは残党処理かなとなった所で、サーチの外縁に大きな魔物の反応が引っかかる。


「っ、大きい。1000G以上あるし早いっ……この感じ、一角か?」


動きが早いっ!


「どんな魔物なんですか?」


「鼻先が長く伸びた角に成っている魚の類です。船底に体当たりして、その角で穴をあけてくる厄介な奴です。タリア、掴める?」


ウォールを使って進路を阻み、同じ方法で釣り上げようとするが……。


「速度と水の抵抗が多くてちょっと難しいっ!ああっ、範囲外に出られた」


念動力の範囲の問題もあるな。

水中班が気づいた。対処しきれればいいけど……。

……海の魔物は強いな。魚人や人魚も水中では人間より圧倒的に強いが、魔物は価格以上に強い。

それか人類側のスキルが水中戦に向いていないのか。


船への攻撃を狙っていたと思われる魔物は、しばらくするとあきらめたのか、取り巻きの魔物と共に去っていった。

……中央に渡る前に、水中戦の対策も考えておかないとダメだな。

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