第185話 死者見分
「ワタル!商隊が見つかったかもってほんとか!」
門で人の出入りを確認に行っていたアーニャは、合流して開口一番そう訊ねた。
ここは街の兵たちの詰所の裏手、普段は訓練などにも使われる裏庭だ。竹の柵で囲われたここなら、周りの目に着くことも無い。
「まだ可能性があるって段階だけどね。……関係者全員あつまりました。始めますか?」
既に
この街の兵をまとめる兵長をはじめ、警備兵10名、真偽官や記録官を始めとする文官、中には魔術の解析を得意とするものも職業持ちも居るのだろう。
「誰から起こします?」
「武装商人だというハオラン・リーから頼めるか。おそらく商隊の雇い主かそれに近い立場だろう」
おっと、最初から本命に行くか。
「わかりました。……理不尽なる運命にて、終焉を告げられた者たちよ」
幾度となく唱えた詠唱。
上級魔術は詠唱を省略することが出来ない。でもこういう時に物々しい雰囲気が出るのは良いな。ありがたみがある。
「
スキルが発動して、俺と遺体の間に魔力パスが通る。
閉じられていた瞳がゆっくり開き、30代半ばくらいのちょび髭おっさんが目を覚ます。
「お気づきですかね、ハオラン・リーさん」
「っ!」
その瞬間、彼は飛び起きて周囲を見回し。
「……ここは……どういうことだ?」
警戒しながら、自らの身体を探る。……武器を探しているな。
兵士たちも一瞬警戒態勢に入る。既に武装は無いことを確認しているから問題ない。
「これは、君が動かしているわけでは無いのだな」
ハオラン・リーの様子を見て、兵長殿が俺に問いかけた。
「ええ。どうします。先に状況を認識させます?それとも、このまま聴取します?」
「そう言うのもあるのか。しかし話では感覚が鈍いなどの異常は感じるのだろう。他の方法は残り二人で試そう」
「他の……!?これは一体、どういうことだ!」
同じく御座の上に横たえられている同胞を見て、リー氏が取り乱す。
さて、では大人しく話を聴かせてもらいますか。
「椅子をお願いします。すいませんが、おとなしく座っていただけますかね」
立ち話もなんだし、尋問される側は座っていてくださった方がやりやすい。
「くっ、これは束縛の魔術……いや、肉体を操作されている!?キサマ!何をするっ!」
死者の人格を降ろしていても、肉体を意のままに操作することは可能。
「初めまして、私はワタル・リターナー。
「……は?……死?キサマ、何を言っている?」
「言葉通りの事です。死後硬直の状態から、少なくとも二日以上は経ってますかね。この ミャケの街にほど近い街道沿いの林の中で、貴方の遺体が冒険者に発見され、この街まで運ばれました。偶然居合わせた私のスキルで、一時的に現世に意識を呼び戻している状態です。このスキルはあなたを意のままに操る事が可能です。ほら、こんなふうに」
手足をうねうね動かし、適当にポーズを取らせる。
この間の戦場と違って、自分が死んだことを認めてもらうのはなかなか難儀よな。
「くっ!そんなバカなことが!?」
「視覚と聴覚は違和感ないと思いますが、触覚は微妙では?それに体温も感じられてないでしょう。自分の胸に手を当ててみてはいかがです?心臓の鼓動が聞こえないのが分かると思います」
「!!!」
自らの胸に手を当てて、驚愕の表情を浮かべる。
……これ実は、間隔鈍くなる関係で動いていても気づくか微妙なんだよね。もっと手っ取り早く認識させる方法があるのだが、グロくなるのでとりあえずやらない。
「永遠の眠りにつかれていたところ申し訳ないのですが、街の外での死者だったので起こさせていただきました。ご自分について、また、死んだ理由についてお話しいただけませんか?」
死人に死因を語れとは酷な話ではあるが、今回に至っては致し方ない。
しかし
真偽官が居れば冤罪はほぼ起きないが、犯人が捕まらないと言うのはたまにあるようだからねぇ。
「……そうか。私は……死んだであるな。と、いう事は彼らも?」
「はい。酷いありさまだったので、三人とも外傷は私のスキルで修復しました。そのままだと心に割るそうでしたので。信じられないようでしたら、もっとわかりやすく信じられる処置をしますがいかがします?ご自分の頭で御手玉とか」
「発想がサイコパスっ!やめなさい、夢に出るからっ!」
側で訊いていたタリアからツッコミが入る。
そんなこと言われても、もし自分が死んでいるとして、どうしたらそれを理解できるかなんて俺は知らん。
「……なるほど、あの状況を思えばわからなくはない。私の知らない職業ではあるが、神の奇跡だ。そう言うこともあるであるな。ここはミャケの街で、打ち捨てられた我々に何が起きたか聞くために、こうして呼び戻したと」
「話が早くて助かります」
「……ちなみに、遺体が見つかったのは我々だけか?」
「ああ、そうだ。見つけた冒険者がお前と同じように武装商人だった。なので運んできてくたのは運が良かったと思うが良い。遺留品について確認したが、めぼしい物は無かったと聞いている。他の遺体もだ」
「……そうですか。詳しい日取りは分かりませんが、私たちは野営中に襲撃を受けました。犯人は……仲間です」
「仲間?」
「……少なくとも、仲間だった男でした。突然襲い掛かってきて……私は持っていた短剣でそいつの胸を突き刺しました。しかしそいつは意に介さず、私をめった刺しに……あれは……まさか……」
……仲間割れ?いや、そんな感じではない。むしろこの状況に近い?
当人も言っていて思い至ったのだろう、険しい表情でこちらを睨む。
「先に行っておきますけど、私は無実ですよ。入国したのも三日前ですし、この街から出ても居ません。いくら何でも街の外の宿営地はスキルの範囲外です」
「彼の潔白は我々が証明しよう。既に真偽官の確認も済んでいる。……それに、似たような話が昨今聞こえてきているのも事実だ」
「え、それ初耳なんですけど」
……東群島は火葬が主流だから、死霊術系統は降霊術系が主だったはずだが。
「スケルトンなどのアンデットモンスターの目撃情報がな。だが死体を操れると聞いてもしや、と言った所だ」
なるほど。アンデットモンスターはどこにでも出るから、普通は気にしないが……目撃場所や時間帯、それに襲われ方で違和感のある事件が発生していたというところかな。
「襲われた理由に心当たりはあるか?」
「さて、物取りなどでは無いでしょうか」
彼がそう答えた時、真偽官殿が地面を指さす。
おっと、今の発現、ウソがあった?
「……失礼だが、何か偽りがあるようだが?」
「魔物にせよ盗賊にせよ、殺して奪うは基本でしょう。ああ、最初のさて、と言う言葉に反応されましたかな」
今度は特に動きはない。……しかし、これは答えていないな。
「お亡くなりになった際、他にも仲間がいらっしゃったのですかね」
「ああ、そうだ」
「それはどのくらい?」
「……12人だ。その内3人が斥候として周囲の安全を確認しに出ていて、私を殺したのはその斥候の一人だ。そこで死んでいる二人は、確か休息していたはずだ。私より彼らに聞く方が、状況が分かるかも知れん」
「なるほど。ワタル殿、彼らに話を聴くこともできるか」
「ええ、構いませんよ。同時に降ろせます」
他の二人を起こして、状況を説明する。死んだと聞かされた二人はお通夜状態だ。
自らの通夜に出席できるのは貴重な経験ですよ、と慰めたらタリアに叩かれた。
「……リー殿の叫びを聞いて飛び起きました。天幕を出ると二人が倒れているのが見えましたが、すぐに襲撃者と戦闘に成りました。術で応戦ましたが、気づいた時には背後に回られていたらしく……」
「二人ほど切り捨てたはずだ。しかし闇夜から炎魔術を受けた。一つや二つでは無かった」
二人とも抵抗はしたものの、あえなくやられたらしい。
「ふむ……
「そこまでは分かりません。魔物は
攻撃魔術は
それに、刺されて倒れなかったからと言ってアンデット化してるとは限らないしね。操作系の魔術は使い方によっては、近いことが出来るはずだ。
「……なんにしても、仲間が犯人だとすると、裏切りか操られたかの二択か」
「あとは精巧に作ったゴーレムとかですかね」
「……そうか。しかしそれだと全く絞れんな」
「目撃情報が微妙過ぎて。どっちにしろ、やることが有るとしたら警戒の伝令と山狩りぐらいでしょう」
人間なら街に戻っている可能性もあるか。
そんな事より俺は気になっていることが有る。
「話に聞いたところ、余り使われていない宿営地のそばという事でしたが、なぜそのようなところに」
「……ああ、少し急ぐ旅だったのでな。しかし、馬車もあったはずなのだが持ち去られたであるか」
「なるほど。失礼ですが……クーロン出身の方ですよね。ちょっと訛りがある」
「……リターナー殿だったな。博識なようだが、何か?」
「なに、ちょっと気になる事がありまして」
この事件が一体なぜ起こったのかは分からない。
でも、彼らが俺たちと全く関係ない、と言う可能性はおそらく引くい。
見つかった遺体は三人分。冒険者たちはそれなりに周囲の捜索もしたと聞いている。
では、残りの者たちはどこに行ってしまったのか。
「……ウェイン、もしくはベイル・リーという少年は御存じありませんか?アルファ・リー殿?」
その質問を聞いて、彼の目は大きく見開かれ、口元には隠し切れない驚嘆が浮かぶ。
……いよいよただの人身売買事件では無くなってきたか。
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