第180話 やるべきこと、やりたいこと

「足取りがつかめないっ!」


ウェイン少年の買取依頼を出してから丁度3日目の夕方。

タマット皇国の最南端に位置する街、ヤイーズ港湾都市に到着した俺たちの探索は暗礁に乗り上げつつあった。


「集合知で分かるだけルートの精査をしたし、幾つか立てた可能性の有りそうな仮説を調べてみたけどかすりもしない……」


そろそろ夕食と言う頃合、場所は冒険者ギルドに併設された食堂。

街への入場者、この街からの出国者、それにギルドの情報のすべてが空振り。一昨日の昼に最後の痕跡を確認して以来、全く手掛かりが無くここまで来てしまった。


仕方ないので夕食を囲みながら、これまでの流れを振り返っていたが、ひねり出されらのは分からないという結論だけだった。


「追い越したってことは無いの?」


「ここに向かってるならそれは無い」


「じゃあ、他のルートじゃない?」


「ここは街道的には行き止まりなんだ。そうすると、商隊が目指しているのはこの街じゃないってことに成る」


追っている商隊はクーロンに向かおうとしていたのは間違いない。

ルートを逸れるとしたら東に行くしか無いが、そちらからだとクーロンへ向かうことが出来ない。

相手の目的が分からないと、追いかけっこの難易度は跳ね上がる。


「どちらにしても、ワタルが焦っても仕方ないでしょ。アーニャは落ち着いてるのに」


「あたしの役目は、ウェインを見つけてからだからな」


「どういうこと?」


「ウェインに会いたいのはあたしの我儘だからさ、コンラッドの一件で、必ずしも孤児院に居るのが幸せだとは限らないってわかった」


コンラッド君は、ミラージュに売られたもう一人の被害者だ。

今は王都から離れた村で、養夫婦の跡を継いで納付に成るための勉強を始めている。


「ウェインを連れてった奴らがどんな奴か分からねぇし……そもそも、悪い奴とも限らない。もしかしたら、そのままのほうが良いかも知れない。そう言う可能性だって十分あるって、ワタルがさ」


この世界は別に悪意だけで出来ているわけじゃ無い。

人類に限って言えば、善意と悪意を比較するならむしろ善意100に対して悪意1ってくらいの比率だろう。

……問題はその善意が、しあわせを呼ぶかと言う方だ。


「重要なのは後悔しない事。後悔しないためには、自分で選ぶことだってさ。だからあたしは、ウェインが傷つけられているようなら助けるし、そうじゃなかったら、可能性を示す。自由に生きても良い、生きられるっていう、道標に成る」


「……またずいぶんと……ワタルの教育方針?」


「そんなところ。実際クロノスを出た時点で、彼を買い戻す確率と、助け出す確率と、連れ戻す確率と預けることに成る確率は、どれも同等くらいだと予想してたからね」


魔物からの食料供給のおかげで、人口に対しての食料比に余裕があるこの世界だと、民度の悪さはそれほどでもない。ぶっちゃけ地球の治安の悪い地域の方が悪辣まであり得る。


「しかし俺が追い付かせてやられなきゃ意味無いのよ」


城塞都市国家群を抜けてのクーロン入りに成らなかった時点でラッキーと思っていたが、ここに来て訳の分からないことに成るとは。


「商隊は村をスキップして移動しているのですよね」


「痕跡からはそうなんだけど、入村者リストで確認できてないから、追ってる商隊かは分からない」


ってか、商隊って言ってるけどおそらく商人は一人、後は複数人の護衛が良そうな感じ。

移動速度は比較的早い。村に入らず、1日で動ける最大距離をずっと移動していると推測される。

おかげで名前が確認できたのはハリスまでだ。


「わからないなら、捜査は足でするものだと男爵は仰ってました」


「結論、それしかないんだよなぁ」


ぼやいても仕方ないのは分かって居るが、ウォール辺境伯の追跡調査で上手く生きそうな兆しが見えた所で、襲撃とコレだ。嫌になるね。

せっかくのタマットの飯だというのに、あまり美味く感じられないのは気がかりなことが有るせいだ。

ちゃっちゃと片付けてしまいたいんだが……。


………………。


…………。


……。


夕食後、軽いトレーニングのためギルドの演習場を借りて汗を流し、帰って来ると宿の前でバーバラさんが待っていた。


「……少し、良いですか?」


ずいぶんと真剣な表情。なんだろう。どこかで見た覚えのある雰囲気。


「まだ酒場は空いてますかね。そこでよければ」


「はい。私もそう思っていましたから」


時間は20時過ぎ。日がくれるのが早くなった冬場であっても、この時間ならまだ酒場は開いている。

幾つかテーブルを囲む冒険者らしき一団を避けて、片隅のカウンター席に腰を落ち着けた。

此方のエリアは静かに食事がしたい人たちの席だ。


「すいません、わざわざ」


「いいえ、この処ゆっくりできていませんでしたからね」


ウォール防衛線で破壊された装備の改修や、封魔弾の補給が一息ついたのはハリスを出た後だった。

それまでは昼は移動。朝と夕は調査。日が落ちてからは装備の調整と可能ならトレーニングと、ぶっちゃけゆっくり休む暇はなかったのだ。


「なにか、相談事ですか?」


オーダーした薄めのサングリアを傾けながら、彼女にそう訊いた。

最近は酒を飲むのにも抵抗は無くなってきた……と言うか、酒以外にまともな飲み物が少ない。ミルク頼んだって出てくるのはミルクリキュールだしな。


「……はい。……前々から……一つ考えていたことがあります」


口を開いては閉じ、閉じてはグラスを傾け、また開き、それを三度繰り返し、二つ目のグラスが来るまでの間に、彼女はゆっくりと口を開いた。

そして二杯目のグラスを一気に煽ると、その眉間に皺をよせ、真剣な面持ちでこちらを見る。

……ちなみに彼女が飲んでるのは米焼酎だ。タリアも飲まない酒精の強い奴な。蟒蛇ドワーフめ。


「私をワタル殿の弟子にしていただきたい!」


「……は?」


予想外の言葉に、思わす間の抜けた言葉を返す。

でし?……弟子? 俺が?バーバラさんを?


「……いや、俺に教えられることなんてないですよ? 魔術師系ですし、ステータスは高いですけど、素の技術はバーバラさんの方が上でしょう?」


スキル無しで模擬戦をすると、七~八割の確率で負けている。

ステータスが高い分有利ではある物の、戦闘技術と言う面においては俺はまだバーバラさんより圧倒的に低い。


「あ、いえそちらでは無く。錬金術……と言うか、物作りの方です」


「モノづくりの?」


「はい。……以前、私の祖父が時計技師をしているというお話はしましたよね」


「ええ、聞きました」


……どこでだっけかな?装軌車両のメンテか何かをしながら聞いた気がするが……いや、違うか?


「……小さいころ、父がいなかった私は祖父の仕事を見て育ちましたから……未成年子供のころは、技師になりたいと、そう思っていました。……才能が戦闘職向きで、父の事もあり男爵の推薦で騎士になったことに、後悔はありません。ですが……ワタルさんと出会ってから、ずっと胸の奥に刺のようなものが刺さっている気がするんです」


「……………………」


「装軌車両を見て、その気持ちを理解しました。アレは素晴らしい。徐々に改造し、洗練されていく機体を見ていると胸が躍りました。フェイスレスや、蛸の足オクトパスに使われている機構も良い物です」


最近、この辺の機械のメンテナンスはバーバラさんが積極的にやってくれていた。

むしろ、そこまでばらさなくても良いのでは?と思うところまで点検している事が多々ある。


「それで俺に機械作りを教わりたいと、そう言う話ですか」


「はい!」


「ん~……俺のは自分の目的のために作っているだけで、他人に教えるようなものじゃないですよ。スキルでできる範疇から脱却も出来てませんし」


錬金術師アルケミストのスキルとエンチャントでそれなりのものは作れるが、あくまで自分で使うためであるし、技術的なことを教えられるかと言えば無理。

集合知で知識はあるが、鍛冶師の扱う匠の技は再現できない。INTと魔力操作の不整合のせいで、錬金術師アルケミストの魔術特性強化や素材特性強化だって使いこなせていない。


「バーバラさんが何を作りたいのか、どんな技師に成りたいか聞いていませんが……」


「そこが問題なのです!」


「どこが?」


「何を作りたいかです。……ワタルさんの作る人形たちを見ていて、とても心を揺さぶられました!整備と称して分解するのはとても楽しい時間です。ですが……自分で……自分が作ろうと思うと……こう、何かが違うのです!」


……どうどう。

もしかして酔ってる?ここ、静かに呑む人たちのスペースなんだが。


「自分ならメルカバ―をどういう風に改造するか、むしろどういう機体にするか、考えても考えてもアイデアが出ない。構造は理解できます。動く原理も。ですがこうしたい、というアイデアが湧いてこない」


……ああ、分解したり組み立てたりは好きだけど、そこから踏み込んで自分で作ろうと思ったときに、考えが形に成らないって事か。

でも、それをやりたいという意思はある。意志だけあって向かう方向が無い・


「……それにもう一つ……私には、どうもセンスが無いようなのです」


「……センス?」


「ロバートさんも、リネックさんも、絵が上手でデザインセンスがございました」


……え~っと……ああ、バーバラさんが来た日か。

あの日5人で、貧民街に撒くアクセサリーのデザインを考えたっけ。

ロバートさん、リネックさん、タリアはそれぞれデザインをくれたけど……そう言えば、バーバラさんは結局デザインを出さなかったな。


「つまり、作りたいという意思はあるけど、何を作りたいかと言う目標は無く、ついでに絵心もなさそうだと」


「ぐっ……その通りでございます」


なるほど、なんとなくわかってきた。

元々バーバラさんの中には、お爺さんの仕事へのあこがれみたいなものでも合ったのだろう。


それが装軌車両を見ることで膨れ上がるとともに、その上を目指したくなってしまった。

しかしその先が思いつかない上、アクセサリー作りの時の記憶が引っかかりとなって、踏み出せない何かに成ってしまった。って所かな。

……考えるより、まず手を動かせって類の話な気がする。


いや、手を動かすにも道具やスキルは必要か。


「……立て込んでいるときに申し訳ない。国にいる間、私は騎士としての務めを果たさなければ成りませんから」


「まあ、こんな話を出来るのは国外だからって事ですね」


……男爵から何か言われていたのかね。それなりに長く使えていたようだからあるかも知れん。

国外にいる間なら、必要に応じて転職しても良いって感じなんだろう。封魔弾があればレベル上げも余裕だし。


「話は分かりました。ですが、俺には教えられるだけの技術はありません」


各人形に使われている機構も、半分以上は集合知からのパクリだ。

この世界にも個人レベル、小集団レベルなら地球と同じような機械構造を作れる技術は存在する。

残りは地球の知識と、スキルで補えばそれなりのものが出来る。


「……しかし、ワタルさんは新しい物を次々生み出しておられる」


「どこかに有るの模倣ですよ。……ですがまぁ、その模倣の組み合わせが新しい物に成ります」


全く新しい画期的なアイデアなどそうそうありはしない。


「俺の人形たちも修理だけじゃ物足りないと思っていましたから、改良を考えていました。教えることは出来ませんが……一緒に作りますか?」


「良いのですか!?」


「はい。タリアは精霊に、アーニャは魔力制御にかかり切りですからね」


装備関連もサポートしてくれる人が欲しかった。


「それでは!」


「ええ、作りましょうか。魔物たちの度肝を抜く、びっくりドッキリ機械メカを」


彼女の心に刺さった刺がそれで抜けるのか、それとも大きく育って渇きとなるか……。

ちょっと楽しみなことが出来た。

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