第179話 外れた思惑

「……村に入っていない?」


夕暮れ時に到着した宿営地となる村で、追跡している商人たちの調査をすると、門番から帰ってきたのは知らないという回答だった。


「この数日、一週間で見た往来社の中に、子供連れの商人なんていた覚えないけどな」


複数人に聞き、想起リメンバーの腕輪も使ってみたが軒並みこの回答。

冒険者の移動はそれなりに盛んとは言え、荷馬車を使う商人の往来は日に数人も居れば多い方。

その中で子供連れとなれば、記憶にも残りやすい。


「……しまったな。ハリスでウェイン君の手配もしておくんだった」


「どういうこと?」


「普通にこの国では奴隷売買が可能なんだから、ハリスで売られた可能性だってあるじゃん」


クロノスでは気にする必要なかったが、相手は商人だ。

連れている商品の奴隷が一人とは限らないし、そう言う商売なら道中で売られていてもおかしくはない。


「ん~……でも、そもそもこの処は奴隷商らしき商人は見かけてないぜ?」


「……それ、確かですか?」


「ああ、さすがに珍しいからな。そもそも、奴隷は入村する時には奴隷と記載するぞ?」


「そりゃそうか……あれ?」


そうなって来ると、ちょっと不思議な感じがする。


「……奴隷商だと思ってた相手、ウェインしか奴隷を連れてない?」


そう言えば、クロノスで追っかけている間も他に話を聴かなかったし、輸送物も……おや?

わざわざクロノスから子供をお買い上げなんてずいぶん面倒な事するな、と言う印象しかなかったが……ハリスの手がかりでは、ウェインは奴隷とは記載されていないかった。と言うか、その周辺に奴隷の起債も無かった。

いや待て、ミラージュからウェインを買っていったのは奴隷商と仮定していたけど、奴隷商が商品一人とかおかしな話だな?連れて行くなら孤児数人買ってもおかしくない。


「……そもそも奴隷商じゃない?」


「ええ!?」


いやでも待って、行く先々の街で名前を変えているのは怪しいよな。だってどう考えても何かに追われてる感じだもん!

商人が王国法に詳しかったらミラージュから子供を買ったりしないだろうし、逆に詳しくなかったらその件で名前を変える理由はない。

王都での一件がバレた時の用心かと思っていたけど……なんだろう、単純な人買いではない気がしてきた。


「どうしましょう?」


「……今考えてる」


一番手っ取り早いのは、ウェイン少年を確保すること。

次点がアルファ・リーを名乗っていた商人を捕まえる事。

単純な奴隷売買なら金の力で何とかなると思うが、そうでない場合、次点が一位に跳ね上がる可能性もある。

並行して進めるか。確実なのは一旦ハリスに戻って確認を……いや、おそらくウェインはハリスからは出ている。リストで同年齢かつ戻り無しの出立者は一人だけだった。


街を出た商人たちはどこに行った? ここに来るまでに大きな戦闘の形跡はなかった。

ルートが違う?南へ向かうルートならこれでいいはず。新規ルートが無いことは確認した。近隣の村へ行商をしながら移動?それなら途中で先回りできる。

この村をスキップして次へ行ったか?急ぎなら考えられなくも無いが、宿営地からはズレるし危険も大きいはず……。


「なんにせよ、情報が足らないな。冒険者ギルドはまだ空いてますかね?」


「ああ、門が閉まるまでは確実に空いてる」


「ありがとうございます」


対応してくれた門番さんに心ばかりのお礼を渡して、冒険者ギルドに。

街道沿いの村ではそう大きくは無いが、それでも一通りの手続きが出来るだけの規模は存在する。


「商隊が襲撃された事件ですか?いえ、そう言う話は聞いておりませんね」


「強力な魔物の目撃情報も?」


「はい。何か気に成る事でもありましたか?」


「いえ……ハリスから南へ出立した商隊が、ここを寄らない可能性はありますか?」


「ルートに寄りますとしか……しかしそうですね、普通の行商なら、次の街にたどり着くのは困難ですから、あまり使われていない宿営地で休むことに成ると思われます」


「宿営地の詳細ってありますか?」


「ええっと……古い物は少しお待ちください」


近辺の宿営地のリストをもらうと、街道から少しわき道にそれた所にもいくつか存在するようだ。

もらった見取り図を広げながら少し作戦会議。


「追っかけてる商人があっていればあと四、五日まで来てるんだよな?」


「そのはず。ただ、追いかける方向があってるか分からない。そう広い島では無いのに、ウォールで手がかりを見つける前に戻った感じ」


「あまり焦っても仕方ありませんね。……一度ハリスに戻って、周辺を洗いますか?」


「それか二手に分かれるかね」


二手に……その選択肢も無くはない。

ただ、分けるメンバーに問題があるな。前衛が出来るのが俺とバーバラさんの二人だから、ここを分けると、必然的に俺とアーニャ、タリアとバーバラさんの組み合わせに成る。

ウェイン当人の確認が出来るのがアーニャだけとなると、俺とアーニャの組み合わせは良くない。俺は特使特権を使って無理が利くが、タリアとバーバラさんはそうは行かないし。


……ああくそ、もう少しカマソッツでレベルを稼いでおくんだった。

死霊術師ネクロマンサーがレベル50に成っていれば、死霊術で人手を増やすすべがあったのに……。


「……やめよう。パーティーを分けても効率が上がるとも限らないし、3人とも東諸島訛りは理解しきれていないよね」


「うっ……確かにそうですね」


俺は集合知を使って会話しているから問題無いが、同じ東大陸誤でも訛りがきつくて3人は辛いだろう。


「ちょっとリスクもあるけど、ギルドからウェインの買取依頼を国内中にばらまいてもらおうと思う」


タリアの家族を探すのと同じ手法を使おう。


「買取ですか?」


「うん。ウェイン、もしくはベイル・リーって名前で、クロノス出身の13歳。価格は5万G。こちらが追っている事がバレるけど、その代わり単なる奴隷商人なら接触がある可能性がある」


「単なる奴隷商じゃなかった場合は?」


「問題がややこしくなるけど、追っかけるしかないね」


「……っ、目と鼻の先に居るはずなのにな」


「焦っても叱らない。相手は邪教徒ってわけじゃないんだから、確実に行こう」


「ワタル、そう言うのフラグって言ってなかったっけ?」


「……やめて、言ってて怖いんだから」


そもそも王都でミラージュ絡みの犯罪に巻き込まれた辺りも、おかしいんだよ。

直接相対してないとはいえ、そうそう関わるような組織じゃないはずなのにさ。

もっと言えば、四魔将に2度も襲われたり、ウォールの襲撃だってヤバかったし、この世界に来てまだ数か月だぜ。起きるイベントが厄介な方に振れ過ぎてる。


冒険者ギルドから、各地の商人ギルド当てに買取依頼を転送してもらう。

子供一人5万Gは破格のはず。動きがあるか……それとも。


………………


…………


……


□どこかの山中□


「はあ? 指名の買取依頼ですと!?」


街から戻ってきた斥候の男からの報告を聞いて、商人風の男は驚きに声を上げた。


「ああ、出所は冒険者ギルドで、商人ギルドに回っていた」


「なんでまた!?何かの間違いでは!?」


「クロノス出身のウェインと言う少年、またはベイル・リーと言う少年と、直接名指しだぞ?」


「っ!奴らですか!?」


「まさか、あいつらならこんなアホな依頼を出すことは無いだろう」


男は肩をすくめる。


「出所までは分からなかった。ウェインと言う名前なら、クロノスからの広域転送の可能性もあったが」


「ベイルの名を入れているという事は、ある程度追われているって事ですね」


「ああ。そしておそらくこちらを見つけてはいない」


「見つけているなら直接交渉しに来た方が速いですものね」


「そうだ。だが、警戒しておいたほうが良いだろう。名を変えるか?」


「無茶言わないでください。今度はステータスでバレますよ」


ステータスの表示名を変えるには、それなりに強い意志が必要だ。名はアイデンティティーに関わる。クロノスから養子という形で連れてきた少年に、そこまでの意志を自発的に持たせるのは難しい。

こんなことなら、もう数人引き取っておくべきだったか。商人風の男は思案する。親しい兄弟が近くに居れば、名前が変わった程度でアイデンティティーは揺るがない。


「方針はどうします?」


「何らかの理由で犯罪者どもが買い戻しを画策しているが9割。あとの1割は王国からの追跡か。後者なら穏便に済ますつもりはあるのだろうが」


「ミラージュなら、間違いなく襲撃してくるでしょうね。ちなみに、いくらでした?」


「5万Gだ」


「99パーセント犯罪者ども……いや、それにしては価格が有りえなさすぎて……判断つきませんね」


成人前の少年奴隷なら、相場の5倍近い価格だった。怪しい事この上ない。

しかしあまりに怪しすぎて、ミラージュの罠とも考えづらい。奴らならもう少しうまいことをする。


「どうする?」


「……東回りのルートに予定変更はありません。出来るだけ関わらないような形で、滞在時間を短くしていきましょう」


「ああ、わかった。一人先行して渡らせよう。隣でも同じ依頼が出ているか調べられる」


「そうですね。お願いします」


しばらくののち、3人の男たちが宿営地を発つ。

それを見ているのは、空に昇った月のみである。


……今は、まだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る