第177話 手動魔術を検証してみた
ハリオまでの海上で、アーニャがスキルを使わずに
未成年である彼女は、レベル上げによる強化が出来ない。そこで集合知に有った、魔力操作による魔術の発現、と言う施策をずっと試してもらっていたのが形になったのだ。
トレーニングの7割程がこれだったとはいえ、ひと月ほどで良く形になったものだ。さすが適性持ち。
「身体の中の魔力と、身体の外の魔力をこう、別々に操作して同じような動きになる様に調整するんだ」
今日の宿泊用に取った宿の一室。彼女はそう言って自分の魔力を動かす。
アーニャの魔力操作・魔力感知共にレベル3。未成年の
これはレベルやステータスに依存しない技術だからだろう。
「目的の形まで持って行くと、たぶんこれで魔術は完成。あとは制御を放せば……こう」
彼女が指さした先の、テーブルの上に置かれた木の的が、小さな音を立てて倒れる。
「これでワタルと話していた、MP1の
「ん~、妙技だね」
アーニャの魔力操作は神業と言っていい。
スキルとして発動させる魔術は、基本的には消費MPを調整することは出来ない。それを、彼女は操作する魔力量を調整することで軽減している。
「……こうって言われても、そんなうまく行かないわよ」
タリアが真似ようとしているが、魔力の制御が明らかに荒い。
彼女は制御・感知共に4に上がっているが、これはスキルレベルが高ければ出来る、と言うものではないな。
「……俺もダメだな」
動きを真似ようとするが、タリア以上に酷い。
これは小さなお猪口に、両手で抱える大ダライからこぼれない様に水を注ごうとしている感じだ。俺の魔力操作だと、どうしても一度に掴む魔力量が多すぎる。そして掴む魔力を減らしに減らしても、バケツ位にしかなならない。これでは繊細な操作など無理だろう。
「練習すればタリアは行けるかもね。見た感じ、魔力量の調節はうまく行っているっポイ」
……これは、INTの値と操作のレベルに関連が有りそうだな。
魔力操作も上がっているが、魔術を使う際にその効果を調整しようとした場合、どうしても調整しきれない部分が出ている。俺の見立てだと、魔力操作は1レベルでINT100分の魔力が操れる。逆にこれを超えると操作が利かなくなる。
「……INTは賢さ的な物だと思っていたけど、魔術の観点で言うと魔力量の指標でもあるのか」
おそらくだけど、INTとはMP1を使った際に、その人が操れる魔力量も表しているのではないかと思う。
魔術は使うMPが術式によってきめられており、なかば強制的にその魔力量を使ってしまう?……いや、INTの下限値問題があったな。アレは威力が弱まるでは無く、実際には不完全な発動に成っている?
……この仮説はありかな。この理論だとMPを意図的に減らせないのは、やはりコントロール精度の問題か。
少なくともINT値より高い操作レベルを持たない事には、手動の魔術再現は難しいかも知れん。
「ところでワタル、これってどれだけ意味があるんだ?とっかかりがあったから頑張ってみたけど、ぶっちゃけかなり集中力も必要だし、威力も弱いから戦いには使えないぜ?」
「……利用価値を認識せずにここまで努力できるのは才能だよ。威力の弱い魔術は価値が高いぞ。例えば
通常の
しかし風速5メートルとか10メートルの風を、少ない魔力で放てるようになれば話は別だ。一気に実用性を帯びた手法に成る。
「職業によって覚える魔術は、基本的に戦闘向けに特化している。エンチャントの中にはそうと思えないのもあるけど、実際には観点が違うだけでそう変わらない。日常的に使うための魔術やスキルなんて、
それらはそれらで、使い勝手は絶妙に悪い。
定着の問題もあるし、少なくとも取得するために一般職に成るメリットは感じられない。それに、一般職のスキルなんかは“戦闘職を楽にする”をコンセプトにデザインされている気がする。
「直接戦う術は、ぶっちゃけ成人してからレベルを上げればいい。アーニャはアーニャで、アーニャにしか出来ない事を検討するほうが有意義だ。もちろん、タリアもね」
「……別に私へのフォローは要らないわよ?」
アーニャはMPもINTも低いからこそできる魔力の精密操作による魔術再現。
タリアは俺では手の回らない精霊や、巫女になった後は神様関連の検証。
バーバラさんにも何かやらせたいのだが、彼女はよくわからんところも多いからなぁ。
「とりあえず、今のところ俺には操作による再現は無理そうと分かっただけでも僥倖。このまま
「了解。ああ、そう言えば、参考にするのはワタルより姉さんのほうが良い」
「ん?どうして?」
「ワタルの魔術は動く魔力量が大きすぎて、何と言うか気が散る。ほんとはバーバラ姉さんが一番いいと思うんだけど、使えないから」
「INTが低い方が、術の本質が見えやすいって事かしら?」
「かなぁ。その辺も集合知には無いから……今度
「……その気安さだけは慣れないけど、応えてくれるといいわね」
奴隷商人を追っかける方は確実に近づいているけれど、魔王を倒す方はまだとっかかりが見えない。
戦力は確実にアップしているし、出来ることも増えてはいるんだけど、この進み方でいいのか全く確証がない。
明日は転職神殿に行くし、聞いてみるのも良いだろう。
………………
…………
……
□どこかの山中□
日がとっぷりと落ち、代わりに月が高くに上った夜更け。
総勢10人ほどの男たちが、街道から少し外れた位置で野営をしていた。
一見すると商人とその護衛のように見えるが、通常の交易ルートの宿営地からは外れており、
「……聞いた通りですか」
「ああ、どうも海の魔物が活性化していると言うのは間違いないらしい。直行ルートは使えないな」
先ほど、ほど近い港町から引き揚げてきた男の話を聴いて、商人らしき中年の男はため息をついた。
「困りましたね。こんなことなら、ハリスからリャノへ向かうべきでしたか」
「そのルートは魔物以外に問題がある。それをするなら、おとなしくボホールからリャノ抜ける方がマシだったな」
「それはそれで問題でしょう。それに、王都での一件バレたらしいじゃないですか」
「用心に越したことは無い。東回りでもペローマまで行けば魔物たちの活動地域からも外れるし、本島まで直行の船もある」
「そうですね」
小さな島を転々と移動することに成るが、そちらの方が安全だ。
船の移動時間が
「それから、少し気になることが有る」
「なんでしょう?」
「どうも、追手がかかってる可能性がある」
「我々を直接ですか?」
「その可能性がある、と言うくらいだ。影の話では、クロノスからの交易商の検査が厳しくなっていると感じるらしい」
「それだけでは我々と限らないのでは?」
「クーロン人を探している可能性があるようだ」
「……あちらの連中でしょうか?」
「わからん。だが、注意するに越したことは無い。出来る限り街には入らないほうが良いだろう」
「……はぁ。ボホールにもよれなかったと言うのに。気が重いですね」
「帰るまでの辛抱だな。わかったことはそれぐらいだ。少し休んだら次は先行組と入れ替わる」
そう言うと男は近くに張ったテントに入っていった。
商人風の男はため息をついて、ホロ付きの荷馬車に目をやる。
「報酬が良いとは言え、なかなか厳しいですね。何も起きないと良いのですが……」
そのつぶやきは森に消え、どこにも届くことは無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます