第176話 港町ハリオに到着した

「すごい、国が変われば人も文化も変わる者ね」


船は翌日の夕刻、予定通りハリオの港に入国した。

簡単な入国手続きを済ませるとともに、外交官経由でハリオの市長及びタマット皇国の帝に書簡を回しておく。

モアルボアルに駐在していたタマットの外交官からも書簡をもらっているので、手続き自体はスムーズだ。

様々な肩書はついて回る者の、クロノスを出てしまえば表立っての俺たちはただの冒険者。所在さえ伝えておけば、後はお呼びがかかるまで自由にすればいい。


そんな分けで、冒険者ギルドに向かいつつ街の中を散策する。


「さすがに海の街だけあって魚人マーマンが多いな。モアルボアルもそれなりに居たけど、3割くらいはそうかな」


東群島の国家の中で多いのは、人間、魚人マーマン人魚マーメイド鳥人バードマンの4種族。人間はどこにでも一定数居る適応力の高さが売りだが、後は海に適応出来た者たちだな。

どこにでもいるという点では、エルフやドワーフなんかも割といる。


「服装も違うね。麻布系の服がメインになってる?」


これは価格が安いからかな。

タマット皇国は東群島の中では北の方にあるが、それでも日本で言えば九州以南くらいにはなるはずだ。冬でも当然雪は降らないし、クロノス王都と比べると桁違いで暖かい。

服装もクロノスより薄着で和装に近い。革などがほとんど使われておらず、布面積が大きいのもそう感じる理由だろう。これは縫製された衣服が主流ではないからかな。


「綿が交易品に成ってるからっぽいね。ある意味、世知辛い話と言える」


クロノスではほとんど綿花は育たないから、それらはクーロンや東群島の国家からの輸入品だ。


「ワタルさん、恥を忍んで聞くのですが魚人と人魚は何が違うのでしょう?」


「……水中で呼吸できるのが魚人で、息を止めて長く潜っているのが人魚かな」


魚人は魚ベースのひと。体のどこかに鰓があり、それで呼吸が可能な肺魚系の生態をしている。

人魚は人ベースの魚。というか、イルカのような水棲哺乳類から派生した人類のようだ。


他にも見分け方は幾つかある。水中で尾を振った時に、人で言うと横振りが魚人で縦振りのドルフィンキックが人魚だとか。魚人は卵生で、人魚は胎生だとか。

まぁ、血が混ざりすぎてて良く分からないことに成ってるけど。


「皆がみんな、魚顔なわけじゃ無いんだな。……すげぇのも居るけど」


「あまり人の外見をじろじろ見るのは感心しないが、気持ちは分かる」


魚に人間の手足だけ付けたような奴が居るんだが、アレはほんとに人類か?

あんな感じのキャラクターが居たような気がするが……。そしてどう見ても全裸なのだがいいのか?


「俺は人より食品の方に目が行くんだがね」


貿易街で漁港を兼ねているだけあって、商業区画には屋台のほかに、鮮魚や農産物を扱う商店が軒を連ねている。出店のような小売商店も多い。

内陸からここに作物や輸出品を持ってきて、そのまま海の物を買って帰るのだろう。


「そっちは期待しているわ」


「欲しい食材はあるから仕入れて行こうとは思うけど、口に合うかは保証しないよ」


タマットなら米が手に入るはず。醤油は無いがナンブラーのようなものはあるはずだから試してみよう。

味噌は……どこかで伝手を作らないと手に入らないかな。大豆の加工が発達している島もいくつかあるが、クーロンに向かうルートからは外れる。

リャノに行けば事足りたのだが……とりあえず飯の話は後回しだ。


「さて、ここが冒険者ギルドらしいけど……」


クロノスでは見かけなかった暖簾をくぐり、木造の建物へと入る。

この木造建築が多いのも、比較的暖かく、石材が採取できない東群島の国家の特徴だなぁ。


「冒険者の到着記録作成と、あといくつか依頼を発行したいのですが」


受付のお姉さん――なぜギルドは窓口に妙齢の女性を採用するのだろう?――に話しかけて、手続きをして貰う。


「はい。パーティー渇望者たちクレヴィンガーズ、代表がワタル・リターナーさん。メンバーが、タリアさん? アーニャさん。バーバラ・ドッドさん……なんかどこかで聞いたことが有るような……」


面倒だから出来れば気づかれませんように。


「……モアルボアルからの到着記録は作成しました。問題ありません。それで、依頼発行ですか?」


「はい。人探し情報提供の依頼です」


まずやらなければならないのが、タリアの家族探し。

クロノスでは冒険者ギルドに頼んで大手の街に転送依頼をお願いしてあったが、国外だとそう上手くも行かない。


「……頭金が必要ですが、大丈夫ですか?」


「はい。クロノス王国金貨で問題ないですよね」


「問題ありません。ですが固定レートですよ?」


「量が量なので」


そこいらのレートが良い両替屋だと交換しきらない。


「……個室へどうぞ」


どちらにしろ窓口で対応は出来ないらしい。

商談スペースに通されて、そこで両替と以来の発行手続きを行う。


タリアの家族探しは、探している人物の名前、種族、性別、容姿と、魔物にされて居た人物であることを伝える。

人数は多いが、伝える内容は書き起こしてあるから早い。それから奴隷として売買されているなら購入する医師も伝えて置く。隷属紋の有無にかかわらず、金額も一人最低5万Gで要相談としてある。

超高額と言うわけでは無いが、奴隷相場の3倍以上の金額だ。もし見つかった時、彼らの身を守る保険に成るだろう。


「もう一つは……商隊の調査ですか?」


「はい。クロノスで禁止されている奴隷売買の容疑がかかった商人を追っています」


「依頼は可能ですが、こちらでは捕縛権はありませんよ?」


それほど盛んでは無いが、タマットでは奴隷売買は合法だ。

他国からの誘拐ではこの国で罪に問う事は出来ない。


「この国なら奴隷売買は合法でしょう?あとは金でどうにでもなります」


「……羽振りが良いようですね。わかりました。捜索依頼の展開範囲はどちらに?」


タリアの家族捜索はこの島の主要都市全域に。

奴隷商人の捜索はクーロンへ向かう場合に通るであろうルートに。一つ一つ都市を指定したらちょっと驚かれた。

この国でも、街から街への地図はそれなりに整備されているが、クロノスからの冒険者がここまで詳しいのは珍しいらしい。ちょっと細かく指定しすぎたか。


ギルドでの手続きを終えたら、今日の宿を決めてひと段落。

バーバラさんには大使館へ報告に行って貰い、それ以外のメンバーは自由行動だ。


まぁ……やることは決まっているのだけどな。

これからアーニャ先生による、手動魔術の発動講座である。

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