第175話 海路を行く
帆が風を受けて大きくなびき、冬の大海原を力強く進む。
ウォールを出てから10日ほど、俺たちは南洋へと向かう船の上に居た。
見渡す周囲に島影は無い。空と海がまじりあう水平線のみであり、比較的穏やかな気候の元、工程は順調に進んでいるらしい。
大型貨物船の甲板には、船員や歴戦の冒険者たちの姿が見える。
幸いにして海は平和なため、慌ただしさはない。大枚叩いて客とした乗った俺たちにとっては良い事だ。
「……平和ね」
「平和だねぇ」
俺とタリアは甲板に出て、二人で日向ぼっこをしながら海を眺めていた。
ぶっちゃけ他にすることが無い。一応船室は貰っているが、貨物船なので4人で一部屋なうえ、乗ってからずっとバーバラさんが船酔いで倒れている。
実際初日は俺とタリアもダメだった。まともに動けたのはアーニャ位だ。
今は薄く伸ばした魔鉄の鉄板に、
板は船に縄で括りつけられているから、置いて行かれることは無い。揺れないってステキ。
同じ甲板の上ではアーニャが今日もトレーニングに励んでいる。
今は魔力操作の真っ最中。この揺れの中で良く集中できるものだ。
「明日の夕方には目的地に着くのよね」
「そのはず。着かなかったら強風で船を押すのを本当に考える」
大型ではあるもの、所詮は民間の貨物船。外洋を航行するにはそれなりのサイズしかない。
日本で言うなら大型漁船よりは大きいが、大型カーフェリーの半分も無いのだ。海が穏やかでも普通に揺れる。
この程度で文句を言っていては海の男には成れねぇ、とは親しくなった乗組員のセリフだが、別に海の男になるつもりはない。
そもそもあんたは船酔い耐性持ってるじゃないか。
俺たちがなぜ海の上を進んでいるかと思うと、話は数日前にさかのぼる。
「国境を越えていないのに、足取りがつかめないって事ですか?」
「すまない。どうやらこの街には入っていないようなのだ」
ウォール領を抜け、海側の国境地帯であるボホール領に入った俺たちは、軽快に装軌車両を飛ばしてその中心都市であるボホールまでたどり着いていた。
ボホールの街も、ウォールと同じく四方を城壁に囲われた城塞都市であり、定住人口も1万2千人程度と同等。
大きな違いがあるとすれば、海が近いためこの街は海産物が豊かだ。
「南に向かうには国境の砦を通る必要がある。たが、そこを抜けた形跡がない。ウォール辺境伯から連絡を受けて警戒は強化しており、真偽官も常時配置してある」
国境の警備が万全だと語ったのは、ボホール伯爵自身である。
「この国の南側はリャノ公国ですよね」
「そうだ。博識だな。そちらに抜けているのであれば、確実に捕まえられる」
リャノ公国は、クロノスとクーロンの間にある山脈の先端、半島を納める国家である。
ウォールから南に進む際、険しい山地の合間にある都市国家を転々としながらクーロンを目指すことに成るが、ボホールから南に行く場合、リャノに入り、海沿いをぐるっと回ることに成る。
ボホールの南の山は険しすぎて、商隊が抜けられるようなルートでは無いし、中継点となる街も無い。
「あちらは気づいてますかね?」
「それは分からん。大体的に手配は出来ていないから、気づいていない可能性はある」
「……となれば、モアルボアルから海路ですかね?」
「……目的地はクーロンなのだろう?」
「ルート的にはそうだと思うのですが」
海路を取るルートを取るなら、初めからボホール領を目指すだろう。
ウォールを経由してこっちに来ているのは、ちょっとおかしな話だ。
「そもそも国外に出るのが目的なのか?」
「この国で奴隷商すると思います?」
「いや、思わぬ。……しかし、モアルボアルからはクーロンにもリャノへの商船出ておらんぞ?そちらのルートはブレーメン公爵領から王都への行くルートに成っておる」
ブレーメン公爵領はボホール伯爵領の真北にある。
元々大きな川が海に流れ込んでいるという地形の構造上、港町として貿易が盛んなのはそちら側だ。
「領内の主要な街には手配を出しているのだ。ブレーメンに向かうなら捕まると思うが……」
「モアルボアルからは、タマット皇国への貿易船が出ていますよね」
タマット皇国は東群島にある国の一つ。
東群島の中ではクロノスから最も近く、位置としてはリャノ公国の外洋に位置するはずだ。
「……いやいや、タマット経由でクーロンに行くのはありえないのでは?」
「わざわざクーロンからの人買いが、クロノスに来るのもあり得ないですよ」
海路は陸路より危険で、たかが人買いがそんなルートを取る理由はない。
だけどこの追っかけっこを始めてから、わざわざミラージュが孤児売買なんてめんどくさい仕事に手を染め、それに他国から買い手が付いた、と言う点には疑問を感じていた。
ウェイン少年は身元不明の捨て子で、しかも種族が良く分からないときている。単なる孤児でない可能性を疑うのはゲーム脳だろうか?
「そのルートは注意していないな。即座に調べさせよう」
「市長に一筆書いていただけますか?自分たちで行った方が速いです」
「わかった。ところで、最近新しいマジックアイテムが開発されたと聞いているのだが?」
「……手持ちの分をご提供します。あとは王都の商会に伯爵閣下に便宜を払うよう伝えておきますから、そこと取引をお願いします」
「うむ。ではしばし待たれよ。すぐに書簡をしたためる」
そんなこんなでボホールを後にし、ボホール領モアルボアルへ。
市長に取り次いでもらい、タマットへの出国者リストを調査。ここでも偽名を使われていたが、チェックをした担当官の記憶を
すぐさまボホール伯爵に出国の手続きとタマット宛の書簡をしたためてもらい、市長に交渉してもらった貨物船に乗客として乗って海へ。
現在航海3日目。明日にはタマット皇国最北の港、ハリオに着く予定だ。
「海の旅は走るわけには行かないから時間がかかる。……いや、この船も装軌車両とそう変わらない速度は手てるけどさ。相手との時間が詰まらないのが辛いな」
始めは2カ月以上あった時間差は、既に一週間を切るかと言った所まで縮まっている。
ウォールでの襲撃事件の後処理をしなければ、本当に国境付近で捕まえられたかもしれない。
「海を早く渡る方法は無いの?」
「あるけど、開発するのに時間がかかりすぎる。主に安全性の問題がキツイ」
辺りは島影一つ見えない外洋だ。
スクリューくらいは作れるが、こんなところを自家製の適当な船で航行したくはない。
大型船を造船しようと思ったら、スキルを使えるこの世界でも数か月はかかってしまう。
「この際空を飛ぶってのも考えたけど、海上だと墜落遭難したら普通に死ぬ」
アルタイル氏の
墜落の事態も
陸路なら地面に落ちなきゃどうにでもなるんだけどね。
集合知があって夜に方角を調べるとかも出来るっちゃ出来るけど、自信が無いので自分ではやりたくない。
「ハリオから船でリャノに向かっていると追いつけないな。3年前の情報だけど、クーロン行の船は出てないから、タマット内を陸路で移動していれば装軌車両で追いつけるかもしれない」
「じゃあ、現地で情報収集ね」
「特使権限はあまり使えないから、地道な作業になりそうだけど……まぁ、向こうもクロノスほど早く動けはしないだろうから、そこが救いかな」
なんだかんだで、ウォール辺境伯もボホール伯爵も、さらに言えば王都からの領地の皆さんは協力的だった。クロノスを出てしまえば、積極的な協力を得るのは難しいだろう。
また、東群島の国家の治安はあまりよくない。魔物の大きな勢力は居ない者の、ここは人間同士が争っている地域なのだ。陸路の街道も整備もいまいちだし、これまでのような速度では移動できない。
……まぁ、それは装軌車両も同じかもしれないけど。
「そう言えば、タマットに行けば巫女に転職できると思うけどどうする?」
「ん~……そうは言っても精霊使いになったばかりなのよね」
タリアは大亀の経験値で精霊魔術士の
なので今は
ここは海の上なので、今は風の精霊、水の精霊、海の精霊などと話している事が多い。
「巫女は1次職だから、とりあえず50まで上げておこうか。いくつかはシナジーあるはずだし、精霊魔術よりレスポンスが良いスキルがあるはず」
精霊魔術や契約精霊の召喚は、威力が高い代わりに速射が出来ない。
タリアの使うスキルで一番出が早いのが、永続付与で作った額からの
「じゃあ、それで行きましょう。あんまり放置すると拗ねそうだから、1日で何とかしたいわね」
精霊使いともなると、使役するのには結構気を使うらしい。
もしハリオからリャノへの移動が確認できたら、ハリオで数泊することに成るだろうからそこでかな。
そんな事を考えていると、ガンッ!と木の板を殴る音が響いて……
「出来た!!ワタル!できた!」
アーニャが飛び跳ねていた。
魔力操作による魔術の再現。その最初の一歩に、彼女が初めて成功したのだった。
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□雑記
仕事の都合で明日~土曜日までの更新が出来ない可能性があります。
更新があればTwitterにて告知を行いますが、難しい場合、次回は6/26(日)の夜になります。
よろしくお願いいたします。
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