第172話 戦いの爪痕

時間は大亀が倒される6時間ほど前までさかのぼる。

辺境伯の館で仮眠を取った俺たちは、日の出とともに街の外へと繰り出していた。


「……眠い」


「それはみんな同じよ。居眠り運転は止めてよね」


「分かってる。言い出したのは俺だし、どうせ街では寝ていられないからなぁ」


大亀が定期的に暴れるせいで、街は地鳴りが酷い。さっさと倒さないと安眠妨害が酷いことに成っている。

実際、疲れているはずなのに3~4時間ほど寝た所で轟音にたたき起こされた。

目が覚めてしまえば再度安眠に入るのは難しい。

そんな分けで、メルカバ―を操作して西門を戦場跡地に向けて走らせている最中である。


「この辺りだな」


降り立ったのは、昨日カマソッツとの戦いを繰り広げたあたり。

奴の上位魔術によって、今回の戦いでもっとも大きな被害を出した地点であり、いまだに兵たちの亡骸が転がっている状態であった。


「さて、それじゃあ話した通り、申し訳ないけど遺体の収集をお願いできるかな」


このタイミングでわざわざやってきたのは、亡骸たちが葬られる前にやるべきことが有ったからだ。

3人にはすでに話を通してある。MPが回復しきっているわけでは無いので、この後を考えると屍体操作コープス・マニュピレイトで動かすのもちょっと控えたい。


「私は大丈夫だけど、二人はほんとに平気」


タリアは収納空間インベントリがあるので、人一人くらいなら余裕で運べる。

アーニャとバーバラさんは運ぶのは余裕だろうが、抱きかかえて運ばないとならない。人の死体を抱えて運ぶのはちょっと精神的には辛いだろうが。


「あたしは問題無いよ。ワタルがやるってなら、やるさ」


アーニャは腹が座っている。


「私も問題ありません。死体を見るのも初めてではありませんし……命を懸けて魔物と戦った同胞ですから」


バーバラさんもうなづく。

それなら、さっさと始めてしまおう。死者探査デッドマン・サーチ


スキルを使って、亡骸たちを回収して並べていく。

昨日の戦いで墓暴きディセントゥーンを使ったので、地面に埋もれてしまったものは掘り返されている。

農地にはカマソッツの魔術でクレーターがいくつも出来ている。原形をとどめず、蒸発した人間も居るかもしれない。ステータスの恩恵のおかげで、被害の割に損傷が小さかったりするのは、果たして救いなのだろうか。


しかし多い。周囲、サーチに引っかかる範囲で回収した遺体は100を超えた。

直接の死因がカマソッツでない者も居るかもしれない。しかし一晩でこれだけの人が亡くなったと考えると、なんともやるせない気持ちなる。

昨日は手当たり次第に操作していたから、最後は数など気にしていなかったが……。


「とりあえず、先に癒してしまおう。義体アーティフィシャル構築ボディ・リ・ビルド


遺体の損傷をスキルで修復していく。

昨日修復した者たちもいるが、素材が少なかったのですべては治せていない。

今日は辺境伯亭の厨房と街の肉屋に無理を言って、200キロ分の肉や骨を準備してきたから、それを使って修復することが可能だ。本当は死体で死体を修復するスキルなのだが、余りそれは気分が良くない。


「……きれいに治っていくもんなんだな」


「失われた部分を素材で補う必要はあるけど、回復魔術と変わらないからね」


傷つき倒れた者たちの亡骸は、修復によって、一見すれば眠っているだけのように見える。

しかし、どれだけパーツを癒しても、失われた命は戻ってこない。少なくとも、この世界で死者を組成する方法は見つかっていない。


「これで全部?」


「多分。少なくとも、スキルに反応は無い。遺体以外の遺品はあった?」


「それなりの大きさのものは残ってないわね」


そんなモノでも魔物どもは回収してしまう。さすがに遺体の身に着けている防具などを引っぺがす事は無かったようだが、破損した武器なども辺りには見当たらなくなっている。


ただ、この辺は領兵隊が回収した者もあるのだろうな。

横たわる遺体には、もともと瞳を閉じていて、身を正されていたものも相当数あった。

数が多くて回収は後回しされてはいる者の、領兵たちは同胞の亡骸をそのままには出来なかったのだろう。


「……さて、俺は交渉に入るけど」


「私は……もう少し彼らの身を整えてあげるわ。タオルと櫛も持ってきているし、土埃にまみれたままじゃ可哀想だもの」


「姉さん……」


「……私も手伝います」


「わかった。それじゃあ、この人からお願いするよ」


横たわる一人の男性の身なりを、簡単に整える。

彼の名はアルタイル。家名は無い。職業は重力の魔導師。この戦いで命を落とした数少ない魔術師の一人であり、3次職に手が届きかけていた優秀な冒険者だ。


彼がなぜこちらに参加していたかは不明だが、おそらくパーティーメンバーだったであろう仲間をかばって、カマソッツの魔術を受けて死んだ。

彼がかばった仲間はビットのヒールが間に合って、助かった様であることは想起リメンバーで思い出し済みだ。


「さて……上級に分類されるスキルを使うのは初めてだな」


タリア達が離れた後、少し気合を入れなおす。


2次職になった段階で中級とランク付けされるスキルを覚えていき、31レベルからは上級と呼ばれるスキルを覚えていく。

遥か昔、2次職のレベルが30までだった頃は、1次職の30までで覚える魔術が初級、上が中級、そして2次職が上級とかってに呼ばれていた。

そのフィードバックを受けてなのかは分からぬが、31レベル以上が作られた際、2次職後半で中級高速詠唱というスキルが生み出され、これによって今の区分になったとされている。


ちなみに3次職の30レベル以上に成ると、さらに伝説級と呼ばれるスキルが得られることに成る。空間断ディバイディング裂斬・ユニバースや、エリュマントスの大地裂斬アース・ディヴァイダーは伝説級のスキルだ。

4次職の公判では神話級と言うスキルが存在するが、これはもう集合知に尾ひれがつき過ぎて何が正しいのかは分からない。


それはさておき。

現在のレベルは41。カマソッツを殴り倒して一気に上がりまくったおかげで、ようやく死霊術師として半人前になれたと言えるところまで来た。

どんな手を使ってでも地球に帰る。その為なら俺は、死者の魂さえも利用する。


「……理不尽なる運命にて、終焉を告げられた者たちよ! 今、現世うつしよから幽世かくりよへと問いかける!」


恐ろしく長い詠唱は実戦向きではない。

スキルも魔術も、中級以降は効果が大きければ大きいほど前提が複雑に詠唱が長くなる傾向にあるが、伝説級と比較しても引けを取らないだろう。


「礎たるは我が魔素なり! 迎えたるは汝の肉体なり! 天道に背き、万象を外れ、生命を冒涜しなお、究竟きゅうきょうを否定せんならば! 汝の成した功績を、再びこの地に再現せよ! 今一度、汝はここに在る!」


けれどこの術は、上級程度に分類されるのがおかしな程の奇跡をもたらす。


人格再填リ・ロード!」

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