第171話 山陸亀の討伐

「……これでとりあえず亀の捕縛は完了か」


地球で言うとそろそろ日付が変わろうかと言う時間。

地面を蹴って暴れまわっていた後ろ足を泥の中に沈めて、大亀の拘束は完了した。


亀を沈めた泥沼マイァは、名前の通り指定範囲の地面を泥沼にする魔術。深さはINT依存、面積はMP依存で、指定地点から一定範囲の硬い地面を沼地へと変える。

がちがちの硬い岩砂漠ですら沼地とするその効果は中級魔術としては破格の性能だが、敵味方関係なく移動阻害の効果が発生するため、冒険者などでは使いづらいとされている。また、広い面積を沼地にしようとすると、MPの消費が馬鹿にならないので、これを土魔術師が打つなら火力になれ、とも言われる。


「やっておいてなんですが、復興を考えるとちょっと頭が居たいですね」


泥沼マイァで生み出した泥沼は勝手になくなったりしないからなぁ。

直径50メートル、深さも同じかそれ以上の沼が、農地のど真ん中に発生してしまっている。後片付けが大変だ。


……まぁ、あっちよりはだろう。


タリアが放った地割れアース・クラックによって、西側外壁のすぐそばから、幅50メートルほどの亀裂が200メートル以上にわたって発生している。深さも7~80メートルはありそうで、どう見ても谷である。

これは辺境伯が頭を抱えるな。


「……まぁ、我々のお仕事はここまでという事で、ワーナーさん戻りましょう」


4本すべての足が宙に浮いて身動き取れなくなった大亀は、いまだ頭と尻尾を振り回して暴れている。

討伐に参加したいところだが、さすがにMPが無い。面積を出す際にMPを使っているうえ、深さを出すために多重詠唱で重ね掛けしているものも多い。捕縛組はほぼMP切れだ。


街の中の天幕まで戻るころには、亀の周囲も落ち着き始めていた。

相変わらず頭と尻尾は暴れているが、マジで大したスキルを持たないのか振り回すのみだ。

身動き取れない位置から切りかかっている近接職も見かける。何かの拍子に少し身動ぎされたらすりつぶされるから、止めといたほうが良いと思うんだけどな。


『皆の物!朗報だ!この街に迫っていた大亀は英雄たちの手によって捕獲された。いまだ健在ではあるが、身動きとれぬ状態で西門の外に転がされており、当面の危険は去ったと考えられる。いまだ魔物は周囲にくすぶっていると思われるため、日の出まで気を抜くことなく防衛に当たってくれ』


辺境伯閣下の全体念話チャットが戦況を知らせてくれる。


『それから、渇望者たちクレヴィンガーズのメンバーは全員館に戻る様に』


……直々にお呼び出しだよ。


………………


…………


……


□ウォール辺境伯邸・執務室□


全員と合流してウォール辺境伯邸に戻ると、初めて執務室の方に通された。

バーバラさんは感激していたが、俺としては特に感慨深い物は無い。むしろお仕事として呼ばれた感じがするので、気が重い方だ。責任の発生しないお手伝いなら、別にへでもないのだが。


「ご苦労。深夜に申し訳ないが、聞きたいことが山となっている。ここにいる者は聞いて問題ないと私が判断した者だ。このまま続けさせてもらうが構わないな?一応、真偽官も呼んである」


執務室に居るのはウォール辺境伯に加えて、シルド団長や副団長数名。それにこの領地の文官たちだ。


「はい」


「うむ。まずは防衛戦への協力感謝する。逐一報告が上がってきているが、あの人殺しの魔物どもを仕留めたらしいな」


「ディアボロスとカマソッツですか?」


「ああ、あやつらは国境付近で暗躍していた魔物でな。大きな被害を出していた。特に悪しきモノバッドマン・カマソッツは他の知識ある魔物と違い、不意打ちや罠にかけて殺しを行うことで悪名を轟かせていた。分かって居るだけでも、初めに観測されてから4ケタの人間があやつに殺されておる」


「はい。聞き及んでおります」


カマソッツは人さらいを考えない戦い方をする。

司令のディアボロスもそれを容認していたようで、ウォールの警戒に当たっていた兵たちにはかなりの負担に成っていたようだ。


「しかし、最終的に倒したのはグランドと言う3次職の冒険者です」


「聞いている。当人がとどめだけと言っていたのもな」


グランドさん、そんな謙虚でなくてもいいのに。

戦況の移り変わりを、簡単に説明していく。


カマソッツの上級魔術で大きな被害が出たこと。

接敵したパーティーを援護してディアボロスに狙われ、返り討ちで片腕にしたこと。

救援に駆け付けた剣豪のイッシンさん、グランドさんと2体の魔物を追い詰めたこと。

追い詰められたカマソッツがディアボロスを取り込んで、結界内での戦闘になった事。

カマソッツの選択ミスを突いて形成を逆転し、グランドさんがとどめを刺した事。


「……ワタル殿は今、死霊術師ネクロマンサーだったな。忘れていたよ」


「閣下も死霊術はお嫌いですか?」


「私は……力に成るなら何でもよいと思っておる。選んでいられるほど、この街は安全では無いからな。だが、領民には忌諱するものもいるだろう。あまり大っぴらには使わないことを勧める」


「理解しております」


どんなに有効なスキルだったとしても、人の印章はそう変わりはしない。生き死ににに関わる部分ならなおさらだ。


「さて、本題は亀の方だが……」


「今も元気にバタバタしていますよ」


のたうち回る音はここまで響いている。一応捕縛したとのアナウンスが流れているにしろ、街の住人は不安で眠れないだろう。


「それは知っている。捕縛……と言うか、実質動けなくしただけだが、それは大儀であった。……なのだが、それ以前に、アレはなんだ?」


「沼の方で?」


「裂けた大地の方に決まっているだろう」


まぁ、そうですよね。


「あれは彼女の精霊魔術に成ります」


「精霊魔術とは、エルフたちが好んで使う魔術であったな」


「はい」


さわりだけ精霊魔術について説明する。

研究するのは構わないが、どこまで精霊と親和性が得られるかは当人の内面次第なのであまりお勧めはしない。かけた労力と成果が見合わないだろう。


「精霊は人の内心を見てきますから、楽して大きな力が得られる、なんて考えると大きな力を貸してくれないと思いますよ」


こう言うのはタリアの言葉の方が重みがあるな。


「そうか……それで、あの地割れ後だが……亀を倒した後は……戻せるのか?」


「………………」


「……いやー……まぁ、泥沼と同じでしょうね」


直せないと思われる。

そもそもあのレベルの地割れを起こすために、空いた空間と同量の隆起がどっかで起きてるはずなのだ。

しかもタリアのINTから言ってそう遠くない場所。それをうまい事戻すのはちょっと難儀だ。


「……戻通りに調整するのは、おそらく至難の業でございます」


大量のMPを使っているので、力業は得意だが細かい制御は難しいとタリア。


「何回もやれば行けるかもしれませんが、きっと地面がもろくなりますね」


地盤沈下や液状化が怖い。


「何回もは困る。すでに城壁に亀裂が入っておる」


……余波で被害が出ていたか。


「亀が倒し終えたら、錬金術師に補修させる方向でお願いします」


「貴殿も手伝ってほしいのだが?」


「……封魔弾と差し棒を置いていきますのでそれで」


奴隷商人を追いたいし、復興までつきあってはいられない。


「……はぁ。わかった。もともと戦果から言えば褒章を与えることはあっても、攻めるのはお門違いだからな。しかし、アレを倒すのは協力してもらえぬか?」


流石に街のすぐ外で轟音響かせてる亀を放置は出来ない。

大人しくしていてくれれば観光名所になったかもしれないのにな。……無理か。


「攻撃を継続している隊からの報告ですが、表皮に与えたダメージは再生しているようです。背中に上って甲羅を掘っている物もおりますが同様です。報告に会った輝き以降、明らかに山陸亀マウンテン・タートルを超越した力を有しているようです」


「難民35人がコアで、さらにディアボロスとカマソッツのコアを取り込んだようですからね」


そう言えばと、ノーフェイスが言っていた話を伝えておく。


「そうなると、高威力小範囲、短時間のスキルで一気にHPを削り切るしかないか……。警戒しつつ、MP回復に努めるように通達を出そう」


「日の出後であれば、我々もMPが回復しきると思いますのでご協力できるかと」


日が出ればタリアの光子熱線フォトン・レイが使える。

アレは前回試した時でも伝説級の魔術に相当する威力を出していた。大亀にもダメージが期待できるだろう。


「では、明日の正午に総攻撃を掛けることにする。追撃に備えつつ、休息を取る様に」


そう言ってウォール辺境伯はこの集まりを占めた。

亀の監視は領兵が交代で実施するとのことで、俺たちは休息を取ることに成る。


………………


…………


……


そして翌日、一つの誤算を除いて、山陸亀マウンテン・タートルは討伐されたのだった。


『タリアが初めて精霊魔術士コンジュラーレベル99、レベル上限に達しました。精霊魔術士コンジュラーのすべてのスキルが定着しました』


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□雑記

1次職のレベル50の状態で大物と戦うのは迂闊でしたね。動けない的に高火力を打ち込むだけなので、1行で省略です。

山陸亀マウンテン・タートルはコストだけなら四魔将と同じくらいの価値を注ぎ込まれています。四魔将の強さは経験に由来するところも大きく、同等のスキルを有する魔物を生み出してもすぐには戦えない、という事でサイズとステータスの特化に成ってます。

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