第170話 大地は鳴動し、泥と共に沈む
「ワタル!無事?」
装軌車両がたどり着いて、タリアが駆け下りて来る。
「幸い怪我も無いよ。大剣、ありがとう。助かった」
エリュマントスの大剣はずっとタリアが持っていた。
カマソッツのポータル・プリズンで外との連絡がうまく行かなかった俺は、回線がつながりっぱなしだったビットを通じて、装軌車両に居たタリアからエリュマントスの大剣を受け取っていた。
メッセージが届いているか不明だったから、
「負傷者を救助して戻ろうとしたら、いきなり結界が張られてどうしようかと」
バーバラさんは俺の指示通り、負傷者の救助に当たってくれていた。
彼女の装備と実力では、まだあの戦いに交じるのは難しかった。素直に従ってくれているだけでありがたい。
「助けられたなら良かったです。いったん本陣に戻りましょう。残らない人乗りますか?アーニャ、頼む!」
グランドさんを始めとした帰還組を乗せて本陣まで戻る。
西門では慌ただしく領兵たちが動いている。俺はグランドさんと共に魔物撃破の報告をしなければならない。
「ディアボロスはカマソッツが食った。そのカマソッツは、確かに俺とこの
「
自分で名乗ったって事はそれっぽい特性を持っているのか。疫病系に思えるけど全く予想がつかない。
「それで亀があの状況か」
シルド団長は報告を聞いて眉間にしわを寄せる。
ウォールの街を目指して歩みを進める亀は、その速度を大きくあげた。あと1時間もすれば外壁に到達するだろう。
「幸い、地上の魔物はめどが立ちそうだ。だが、結局のところ、亀に城壁を壊され街中を蹂躙されては話にならない。閣下の力も失われてしまう。たどり着く前に何とかしなくては。……グランド殿、貴殿のスキルでは倒せぬか?」
「ダメージは入るだろうが……難しいな。あのサイズだ、頭部に叩き込むのは地上組では無理。足に当てて多少部位破壊になった所で意味は無い太さだ。上に登ればあるいはだが……どちらにせよ、武器が無い」
エリュマントスの大剣の事は秘密でお願いしている。
魔物製の武器なのに、グランドさんのスキルを使って傷一つつかなかった。
国王特使となった今では無理を言ってくる貴族も居ないだろうが……アレは素材的に手放しちゃいけないアイテムの類だ。とばりの杖と同じく、出来れば持っている事を知られたくはない。
「亀が近づけば射程では無く高威力の魔術を打てるようになる。それで仕留められれば良いのだが……」
正直なところ、あの速度では厳しいかも知れない。
狙わなくても外れないサイズではあるが、近接攻撃はほぼ無意味なのだ。着実にHPダメージを狙っていくしかない。
「一つ、時間稼ぎの策はありますよ」
仕方ないので、考えていたアイデアを一つ提案することにする。
必要な人材を考える、与ダメ速度がそれなりに下がるという問題があるが、もう気にしていても仕方ない段階だろう。
「なに!リターナー殿は思いつくことが有るのか?」
「はい。かなりの人数、2次職の土と水の魔術師を占有するので、最後の手段的な物ではありますが」
「訊こう」
「では、ワーナー隊長を読んでいただけますか」
ワーナー隊長は、俺に中級の詠唱魔術を教えてくれた一人であり、土の魔術師だ。
領兵2次職の中では高レベルであり、3次職目前の実力者である。
「おお、なるほど!それは素晴らしい。ついにあの魔術が脚光を浴びるのですね!」
作戦を話すと、ワーナー隊長は歓喜に震えていた。
彼から魔術を教えてもらったとき、その魔術の使い道についてぼやいていたからな。強力なのにも関わらず、使い勝手が悪く、中級も後半に成って覚えるためタイミングも悪く不当な扱いを受けていると。
これを教えてほしいと言ったときえらく感激していたし、ワーナーさんは魔術信奉者資質があるな。
無駄と言われる魔術の存在が許せないタイプだ。
「しかし、人数を考えると、これで止められるのは1本だけでは?」
「最低でももう片方は、うちの秘密兵器が何とかしてくれます」
そう言ってタリアの方を向く。
ぶっちゃけ、こういう戦いは俺より絶対彼女の方が得意だ。
「私!?」
「ディアナの首飾りも含めて、MP全部使えば何とかなるだろ?」
「……どうなるか分からないけど、やって良いって事ね」
「ああ、問題ない」
「わかったわ」
正直なところ、うまく行くかは五分五分と言ったところか。
こっち側の方が分が悪いから、気合を入れて臨まないと。
「彼女一人に任せると言うのか?いくら何でも無謀が過ぎる」
「残念ながら実力を証明している猶予はありません。タリアは戦力の想定にはない人材でしょう? 他に良い手も無いんですから、任せて損はありません」
「それはそうだが」
「なら、動きましょう。俺達の方が時間がかかる」
ワーナーさんを司令塔に、2次職の土魔術士、水魔術師、賢者、それに素質持ちで詠唱魔術を覚えられる人材を収集する。
冒険者も含めて集まったのは75人。皆2次職である。
今回の作戦に参加している戦力はおよそ1万3千。その内2次職以上はおよそ2500。領兵が治癒師系に人材を割いている途中だったので、同じ職で最も多いのはおそらく治療師。
魔術師は6系統に分かれる上、魔導士も6系統に分かれるから土や水の属性持ちは必然的に少なくなる。ついでに火と光が圧倒的に多いからその分偏りもあるが……。
「それでもこの人数が居ると壮観ですね」
「2次職の魔術師が、こんなに集まることはまずないからな。護衛も気を使う」
「ここを襲われたら被害が酷いですからね」
これだけ実力者が集まっているところに襲撃を掛けて戦果を上げれるなら、あんな大亀使わなくてもウォールにダメージを与えられるだろうけどさ。
「さぁ、皆!準備は良いな!」
照明弾によって照らされる大地の先に、大亀が進撃を続けている。
時刻は日が変わる前、距離は既に200メートルほどに迫っている。城壁からの攻撃も、領主スキルのブースト無しで届く距離に成っているのだ。良い頃合だろう。
「目標は大亀の右足だ!前に踏み込んだ瞬間を狙う。詠唱組、準備!」
さて、俺もINTは高くても詠唱組だ。
「「「不動なる大地の神のその身に、変幻自在なる水の神の力を宿し、二つは均等に混ざり合いてすべてを飲み込む!」」」
魔力感知によって、周囲の魔力の流れが見える。
恐ろしいほどの魔力が、この瞬間、この場所に満ちていく。そしてそれは方向性を持って、大亀へと伸びていく。
「「「ここに顕現するは、底見えぬ悪路!」」」
「スキル組、用意!いまだ!」
「「「「「
その瞬間、今まさに大亀が踏みしめようとしていた大地が泥沼に変わり、振り下ろされた右足を飲み込んで沈み込む。
多重掛けされた泥沼の範囲は直径40メートル、深さおよそ60メートル。
大亀の片足をまるまる飲み込んで泥水が溢れ出し、轟音を立てて地に身体を落とす。
「よし!沈んだぞ!」
ここまでは予定通り。3本足で支えなければ動けない大亀は、片足をこうして沈めるだけで進めなくなる。これでも何とか時間稼ぎは出来るが、後は……。
「タリア、頼んだ」
………………
…………
……
「姉さん、ここで大丈夫か?」
「ええ、十分よ。失敗したら危ない可能性もあるから、すぐに装軌車両は出せるようにお願いね」
大亀は今まさに轟音を立てて地に伏したところ。
ワタルの予測ではしばらくは足を抜こうと足掻くが、それはうまく行かないだろうとのこと。ただ、身体で自重を支えるから、飲み込まれた右足を軸に、左右どっちかに回転するかもとの予測だった。
今の位置だと、それをされた場合後ろ足か尻尾は城壁に届く。
「気づかれる前に、さっさと拘束しちゃわないとね」
タリアは二つのMPタンクであるマジックアイテムを握りしめる。
どちらも満タンまでMPが溜まっており、タリア自身もMPが回復しきっている。現在注げるMPは600越え。ワタルの
「雄大なる大地の精霊さん、深きに眠る地殻の精霊さん、その身を震わせ、その身を砕き、星の力を今ここに示して二つに分れて!
その瞬間、精霊にタリアの全魔力が注がれる。それは3次職では至らぬ領域。
地響きを立てて大地が揺らぎ、経っていられぬほどの振動と共に地面が砕け、割れていく。
その亀裂は容易く大亀の左両足を飲み込み倒す。
衝撃で砂塵が舞い上がり、亀の叫びは地面に倒れる轟音にかき消された。
のたうち回る亀の鳴動のみが響く中、巻き起こった砂塵が晴れた時、完全に身動きが取れなくなった陸亀がそこには横たわっていた。
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