第160話 迫りくる脅威
□深き森の中□
人が立ち入らなくなって久しい、山間の深い森の中。
人ならざる者たちは、山峡のはるか先に見える集落の明かりを見据えながらため息をついた。
「……明らかに数が減っている。どうなっている?」
問い質すように発言したのは、野太い男の声の持ち主だ。
赤銅色の肌に、額から生えた角。オーガと呼ばれる種類の魔物を思われた。
「ウォールで大規模な魔物の退治、捕縛が始まっているようです」
堪えたのは蝙蝠のような羽が生えた細身の男。
バードマンの亜種のように見えるが、薄く青みを帯びた肌は悪魔の一種のようにも見える。
「退治はともかく、捕縛だと?」
「はい。監視からすると、捕縛した魔物によってレベル上げをしている様子が報告されております」
「また面倒な。せっかくモーリスが落ちたというのに、反攻戦に出られては面倒だな。あちらからの小言をもらうのも面白くない」
「定期的に襲わせている魔物を増やしますか?」
「対して被害を出せていない軍勢を差し向けても、餌を与えるようなものだ。しかし、放置も望ましくない。別に力を割かせる必要がある」
そう言うとオーガと思しき魔物は、控えていたローブ姿の魔物に声を掛ける。
「モーリスと同じ手を使わせてもらおう。幸い、捕虜は十分にいるだろう?」
「よいので?滅ぼしてしまうかもしれませんが」
「よい。北のオーク将軍が侮って消えたと聞いているからな。はじめから収穫は求めん。一方的に壊すだけならあれで十分だろう。復興時間がかかれば、その分戦力はそがれる。拾い物の戦力で戦果が得られるなら越したことは無い」
「分かりました。ではそのように」
魔物たちが動き出す。
それはいつも、深い深い闇の中で始まりを告げるのだった。
□ウォール辺境伯邸・応接間□
追いかけている商人の名前とルートが確認できてからは早3日。一通りの作業に目途がついた晩、俺たちは応接間で、お互いの最終報告を行っていた。
「暖房機用の加熱部と送風部のエンチャントは完了しました。100機分に余裕を持たせて用意してありますので、予定戸数は足りると思います」
暖房機の最終案は、一定範囲内にある鉄板を加熱し、そこに風を当てて温める仕様とした。
この形だとスイッチ部分が熱くならないし、温度も高めに設定できる。コンロも同じ構造なので、思い出してそれを応用した形だ。
「コンロも200機に余裕を持たせて作成して、後の組み立ては任せています。暖房機と合わせて、アース商会からの
「問題無い。当面はこちらで信用のおける関係者に貸し出す形となるだろう」
ウォールは流動人口が多いので、宿や食堂などの燃料消費が大きい。どこに撒くかの調整は辺境伯に任せて、作った物を貸し出しておく。別段利益を求めているわけでは無いし、個人的な報酬ももらっているので後は適当で問題ないはずだ。
ここと王都はかなり距離が離れているので、王都のアース商会にも影響はほぼ出ないだろう。利益回収にジェネ―ルさんが飛び回る羽目になるだろうが、それは頑張ってもらおう。
「こちらの調査状況だが、私の治めているトレントまでの足取りはつかめた。トレントを出た際にはガンマ・リーと名乗っているようだな。ベイル・リーの名前が変わっていなかったので当たりが付けられた」
「街ごとに名前を変えてるんですか?」
「うむ。いくつか名前を持っていて、それを使いまわしているようだ」
ステータスに表示される名前は、ある程度変えることが可能だ。
ドーレさんが男爵にジュネールと言う名前をもらったように、他人から名付けてもらった場合のほかにも、タリアやアーニャのように自分から名乗る名前を変えても表示は変わる。
「トレントを出たのが2週ほど前だ。想定通り東に向かっているな。ボホール伯爵に連絡を入れたが、足止めできるかは微妙なところだ。捕縛にはアーニャ殿の証言が居る。海岸線の国境で運よく追いつけるかがギリギリになってしまった」
「国境を越えていた場合は、特使権限で何とかしてみます」
「すまぬな。足止めしなければ追いつけたかもしれぬ」
「いえ、方向が違っていたらどちらにしろ無駄足ですから」
都市国家群を超えるルートを取って居たら、今頃痕跡が見つからずに迷子に成っていたところだ。
「話していた通り、明日の朝には立とうと思います。問題ありませんか」
「うむ。提供いただいた封魔弾で事足りるはずだ。そちらは?」
「私は無いですが……」
タリアとアーニャは首を振り振る。バーバラさんは特にコメントをする気は無いらしい。
「では予定通り」
「ああ。助かったよ。……そうだ、貴殿らが回収して来た遺体の親族が、冒険者ギルド経由でお礼を言いたいと言って来ているらしいが?」
ああ、そう言えばそんなこともあったな。
「出発前にギルドに顔を出しますが、そこで時間が取れなければ気持ちだけ頂いておきます」
「わかった。もし会えなければ、私から追悼の言葉を出しておこう」
「……ありがとうございます」
こちらとしては勝手に実験素材にさせてもらった手前、余り感謝されてももやっとするのだ。
「さて、分かって居る事の共有はこれ位か。少しこの先の事を話したいのだが……」
丁度辺境伯がそう切り出したタイミングで、応接間の大きく叩かれる。
「すまない。入れ!何事だ!」
飛び込んできたのは領兵団の副隊団長の一人だった。珍しく慌てているのか、顔色が悪い。
「失礼いたします!閣下、西の山中に魔物が出現しました!」
第一声はいつも通りの報告。
「なんだ?山中?どういうことだ」
「ご覧いただいた方が速いかと!申し訳ありませんが西城壁へお越しください!閣下のお力が必要です!」
部屋の外を見ると、既に兵たちが準備を始めている。
このタイミングで大規模構成だろうか。この処領兵団が周囲の魔物を狩りつくす勢いで捕まえていたから……この状況、アインスの時と同じか?
あの時はバノッサさんが乱獲して……それで魔物たちが反攻戦に出たと思うけど、もしかして今回も同じような状況を作った?
モーリスを落として南を攻めていると思ったら、こっちに兵を向けるだけの余力もあったか。
「俺たちも行こう。囲まれたら出発が遅れる」
戦力強化を続けている領兵団に手を貸す必要があるとも思えないが、持久戦で足止めされるのはまっぴらごめんだ。
街の外にはまだ防御力の低い難民キャンプがあるし、手伝えることは手を貸そう。
とっぷり日も落ち切った20時すぎ。
辺境伯に連れ立って西城壁へ。物見の塔にあげてもらう。
……暗い。照明弾は上がっている物の、街の外には魔物の影は見えず、穏やかな農地が広がっているだけだ。
ただ、時折、ズシンッ、ズシンッと小さな音と振動が伝わって来る。
「明かりを灯せ!索敵灯、照射!」
指揮官の号令で、複数の魔術師が光の魔術を使う。
その光が集まって遥か遠方の山間、広い範囲を照らす。
目を凝らしてみるが、そんなところに魔物の影は見えない。そう思った矢先、またズシンッと小さな揺れを感じて。
「……おお……まさか」
辺境伯は気づいたらしい。五感の鋭いアーニャが息を飲む音が聞こえた。
俺は出来れば信じたくない。
しばらくして、また揺れが響く。その音は遠く、けれど大きく強くなっているように感じられた。
「……山が……動いている」
果たして、それは誰のつぶやきだっただろうか。
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□雑記
ステータス表示の名前ですが、ワタルも名字が自分で決めた偽名である様に、結構自由に変えられます。
『私はこれからこう名乗ります』と言う自己認識の問題が強く、タリアやアーニャも表示が本名から偽名や愛称に変わっています。
当然、これは周知されていて、以前出てきた真偽官はそう言ったもことも調査を行います。
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