第161話 ウォール防衛線・準備

「皆の者!静粛に!これよりウォールは戦闘態勢に移行する!明かりを灯せ!街の外にいる者は中へ!難民もだ!教会に門を開けさせろ!」


ウォール辺境伯が声を張り上げる。

そうしている間にも、数分に一回、しかし確実に揺れは響き、大きくなる。


「観測隊から伝令!対象の高さは推定180メートル、横幅150メートル、頭部から尻尾までは推定230メートルに成ります」


「……ガメラよりでけぇ」


いや、良く計測したな。


「ガメ……なに?」


「気にしなくていい。国に居た大亀の怪物だよ」


『ワタルの世界って、魔物居ないんじゃなかったけ?』と、何が言いたいかはっきり分かる疑問符を浮かべたタリアをスルーして、報告に耳を傾ける。


「移動速度はおよそ3キロから4キロ。まっすぐこの街を目指して東へと進行中です。およそ夜半過ぎには到達するものと思われます」


「私は住民の指揮を高める演説を行う。ワタル殿、シルド団長に協力願えるか?」


「もちろんです」


「では頼んだ」


ウォール辺境伯は足早に去っていく。

領主ロードのスキルを十分に生かすためには、領民からの信仰心を集める必要がある。危機を伝え、一致団結して立ち向かうために鼓舞するのも領主の仕事だ。


「ワタル殿もこちらへ。ブリーフィングを行います」


西門に急ピッチで建てられている天幕の一つへ案内される。

中に入ると、既に見知った何人かの副団長格、それに冒険者ギルドのトップ二人や、教会のマッカラン神官長、その他のギルドの重役たちがそろっていた。


「今からおよそ2時間前、西の山中に巨大な魔物が出現した。対象をギルドの情報から、山陸亀マウンテン・タートルと推定呼称する!おそらくであるが、モーリス崩壊の原因となった魔物と同種である」


……聞いていなかったが、崩壊したモーリスはアレに襲われたのか。


「ワタル、知ってる魔物?」


「一応ね。過去にも出現の情報がある」


山陸亀マウンテン・タートル。名前の通り、山のように大きな陸亀の魔物だ。推定価値は1万G級後半。

特徴は大きさと重さ、そして防御力の高さ。観測されている通り、移動速度は人の歩みとほぼ変わらぬ程度だが、その大きさと重さで家も、城も、すべてを踏み潰す。


「でかい、重い、鈍いって特徴から、倒すのは辛いけど逃げるのは容易いってタイプの、持久戦型拠点攻略用の魔物だね」


対処法はシンプルで、とにかく相手のHPがひたすら殴る。

逆にいれば、それ以外に出来ることが無い。


「モーリスと同じ固体なのか?」


「いや、おそらく別個体と考えられる。閣下のスキルの影響範囲外で召喚された物だろう」


「2時間前に発生したとのことだったが、発見された理由は?日が落ちた後だろう?」


「移動経路に合った村が踏みつぶされた。村長がスキルを住民は使ったので事なきを得たが、初めは空が落ちてきたという証言だけで、はっきりしなかった」


「他の魔物は?」


「取り巻き、それに甲羅の上にも確認されている。数は不明だ」


そっちも厄介だな。


「倒す策はあるのでしょうか」


「それについては冒険者ギルド長殿にお願いしよう」


シルド団長から冒険者ギルドに答弁者が映る。


山陸亀マウンテン・タートルの対処法は、基本的にひたすら殴るしかない。あの大きさだ、近接戦闘職は余り役に立たない。魔術師が遠距離から砲撃が基本に成る。これまでの経験が正しければ、あいつに攻撃用のろくなスキルは持っていない。アレの目的は城壁への体当たりだ。決行されるまでに倒す必要がある」


「倒せるのですか?」


「分からん。だが倒したという記録は残っている。モーリスはダメだった。非戦闘員を逃がすために戦力を割き過ぎた。おかげで逃げられたものも多いが、都市としての機能は停止してしまったと聞く」


倒した記録は……中央大陸で3次職と4次職の魔術系戦闘職が、しこたま高火力魔術を打ち込んで倒してるな。


「となると、取るべき戦術はある程度近づいて遠距離からの魔術、後退しながら削り切ると言うところでしょうか?」


「アレへの砲撃については、ここから行う。幸いにして、閣下のスキルが有効に使えるはずだ」


領主ロードのスキルはなにも防衛戦だけじゃない。

攻撃にも攻城戦も使えるスキルも有している。


ウォール領兵団の戦力は現時点でおよそ4000。

これは国境警備兵および早期帰還した近隣の集落への遠征部隊を合わせた人数らしい。時間を追えばあと1000弱は増える。さらに山陸亀マウンテン・タートルの周囲に索敵部隊300が散っているとのこと。


「冒険者ギルドは今緊急クエストを発令した。おそらく何らかの戦闘職8000人くらいは集まるはずだ」


アインスとは比べ物に成らない人数。

固定人口より流動人口の方が圧倒的に多い街だけの事はある。


多方面からの襲撃を警戒して、冒険者と領兵の混成部隊の一部を南北東に配置。

残りを西門に配置して敵を迎え撃つ布陣が決まる。


「ワタル殿、何か賢者殿の教えでありませぬか?」


副団長さんがこっそり聞きに来る。

基本的に力押しVS力押しの勝負だから、あまり策を練ることは出来ないんだけど……そうだな。


「ワタル・リターナーです。巷では人類初の極めし者マスターなんて呼ばれてます。2点、ご存知かもしれませんが、攻撃魔術の選択について助言があります。領兵も冒険者も、使う攻撃方法は個人任せが多いので、戦闘が始まる前に伝えてほしい内容です」


「おお、教えてくれ。近接戦闘職は魔術に詳しくない者もいる」


「6属性魔術の中で最も威力が出やすいのは土属性、石弾ストーン・バレットなどです。ですが、これは実は距離に影響を受けるので、遠距離攻撃には向かない場合があります」


石弾ストーン・バレット石矢ストーン・アローなどは硬質化した石を打ち出す魔術だ。

質量による攻撃故に威力は高いが、風と重力、さらに空気抵抗の影響をもろに受けるという欠点がある。


「これは2次職の穿通ライフリング石弾・ロックバレットなども同じで、一定より遠くなると火や雷、無属性と言った魔術の方が高いHPダメージを出しやすいです」


魔力は空気抵抗を受けないから、現象を飛ばすタイプの方が効果の減衰が無い。


「それから、爬虫類には水系魔術、と言うセオリーはありますが、アレにはやめておいた方が無難です」


「それはなぜだ?」


「体積が大きすぎて、芯まで冷やすのに膨大な魔力が必要です。効果を期待するのは現実的ではありません。それに凍結矢フリーズ・アローも氷の矢を飛ばすので、距離による影響を受けやすいです」


あいつは大きさだけ魔力で作った、質量の軽いでくの坊ではない。そのサイズを活かすために、中身の詰まった重さを武器として有している。

この世界の魔術は、温度を下げるより上げる方が得意だ。魔力をダメージにするなら、そちらのほうが良い。


「それならば遠距離は火、雷、無属性をぶつけ、敵が近くなったら土の魔術をぶつけるのが良い、という事だな」


「はい。あとは……そうだ、もう一つ。飛距離が足りるなら長射魔弾ロングバレル・バレットよりアロー系です。長射魔弾ロングバレル・バレットは1次職魔術師では最長の射程を有しますが、MP効率と威力倍率を考えると、魔矢マジックアローで密度を上げて2回使ったほうが良いです」


以前エトさんが使っていた長射魔弾ロングバレル・バレットのメリットは射程距離だが、届く距離ならMP効率で魔矢マジックアローの方が勝る。

相手が一撃で倒せるなら長射魔弾ロングバレル・バレットが良いが、数打つなら魔矢マジックアローで十分だ。

これは2次職で覚える他の長射程魔術も同様。今回はDPS与ダメ速度よりDPM魔力効率の方が重要になるはず。


「ありがとう。隊の魔術師に伝えておこう」


準備は着々と進んでいく。

うちのパーティーは遊撃。しばらくは戦況を見守りながら、自分たちで自由に動いていいとのこと。未成年のアーニャが居る配慮もあるし、彼らの中でも俺は一応知的労働者の位置づけらしい。

実際のところ、俺には自分で詠唱魔術を使うよりも封魔矢を量産するほうを期待されている。矢が届く距離に成れば、その方が時間当たりのダメージ量が多い。

とは言え、いくらランス系封魔矢でも、一人で作れる量では高がしてれている。


「しばらくは様子見。状況によってはメルカバ―で戦場に出よう。客室を取っ払って、移動砲台に成れるように組み替える。運転はアーニャ、頼んだ」


「任せな!ばっちりサポートすっから」


「タリアはMPに注意。もし日の出まで粘って居たら、アレを使うことに成るかもしれない」


「わかったわ。注意しておく」


間違いなく悪目立ちするからこんなところで使いたくないけど、逆に今使わなきゃいつ使うのと言う魔術でもある。


「アレとは何でしょう?」


「タリアの隠し種。俺とバーバラさんは遊撃です。取り巻きがどれだけいるか分からないので、場合によってはそれを蹴散らしながら負傷者の救護などをメインに」


「曲がりなりにも2次職の私たちが先頭に立たなくていいのでしょうか」


「だってまだ2次職用の装備作ってないでしょう」


転職して少しだけレベルは上がった物の、バーバラさんの装備は1次職の時のままだ。

俺のエンチャントがあるので普通の1次職よりは強いが、特に防御面と継続戦闘力でステータス参照装備に劣る。


「帰還の宝珠の貸し出しは間に合わないし、数も足りないようですから負傷者回収は必須です」


アインスは冒険者や兵の少なさから遠征調査が必須で、帰還の宝珠を普段からため込んでいた。

逆にウォールは重要な防衛拠点でもあるため、兵力が多いが、その手の備蓄は後回しに成っている。そもそも流動人口が多すぎて管理できないのだ。


「さあ、それじゃあ明日出発できるように、気合入れて行こう!」

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