第159話 奴隷商の行方と出遅れた教会
件の人買いを護衛したと思しき冒険者から話を聴き、分かったのはそいつがアルファ・リーと名乗っている事、噂通りクーロンへ向かおうとしているという情報だった。
「だいぶ急ぎの行程だったな。俺たちはこのウォールで冬を越そうと思って、この街までの護衛を引き受けたんだが、かなり急がされた。その代わり3パーティーでの護衛だったから、道中は楽だったけどな」
依頼主としての印章は悪くないらしい。
子供連れだったことに多少違和感は覚えたが、余り接点も無く、深くは気にしなかったらしい。
「都市国家群の魔物の動きが活発だから、南への遠征は注意した方が良いかも知れないって教えてくれたぜ」
実際、その後しばらくして難民騒ぎが起こった。
事前に情報を得ていたのだとするなら、それなりの情報網を持っていることに成る。
「彼らがその後どうしたかはわかりますか?」
「いや、聞いちゃいない。もともと国境越えは向こうの冒険者に頼むつもりだったのか、護衛は準備していただようだけどな」
「荷は何か聞きましたか?」
「荷馬車に積んでいたものの内大半は肥料って言っていたが、それ以外は知らないな」
肥料……輸出している窒素肥料?王都からだと鶏糞から作ったリン肥料のほうか?
荷馬車で運べる量何て高が知れている。王都から運ぶのに魅力ある商材とは思えないけど。
「少なくとも不審なところは見られなかったし、人違いじゃないかって気もするけどな」
それだと手がかりが無くなって困るんだがな。
「……あの、一緒にいた子供の特徴、わかり、ますか?」
一緒に話を聴いていたアーニャがそう訊ねる。
「ん?……あ~、俺は濃い髪色しか覚えてないな。お前は?」
「俺もそれくらいかなぁ」
「ワタル、
「ああ、そうだな。こちらで思い出してもらえませんか?」
背格好はそれっぽい。服装は違っていて良く分からない。彼らが見た時には、クーロン様式に近い服を着ていたらしい。良い物なのか、それとも普通なのかも文化が違うので良く分からないとのこと。
「ん~……瞳かな」
「瞳?」
「ああ。今思い出したんだが、ちょっと瞳の感じが人と違った気がする」
「俺は気づかなかったが?」
「多分、俺の方が近くで見てっから。……そう、ちょっと爬虫人っぽい瞳に見える」
「……!たぶんウェインだ!」
彼は外見はヒューマンっぽいけど、目から爬虫人系の亜人交じりと推測されている。
それだけ特徴が一致しているなら当たりだろう。3週間前まではこの街に居たことに成る。
王都では2カ月以上差があった。この1週間ちょっとでだいぶ巻き返したな。
「ありがとう。それっぽい人物を確認できただけでも助かった」
「いや、こっちこそ。人類初の
とりあえず、今後はアルファ・リーなる人物を追いかけて行けばいいな。
名前が分かれば、街を出た際の記録から向かった方向がなんとなくわかるはずだ。
ウォール辺境伯が調べているだろうが、自分でも東門の出発履歴を調べておこう。
そう思ってギルドを出ようとしたところ、呼び止められる。
「リターナー様、教会の方がお会いしたいと取次を求められておりますが」
おっと、めんどくさい案件が来た。
「今ですか?」
「今朝一からずっと詰めておられる状態ですよ」
昨日の夜、捕縛していた3人を放り出したからな。それで話が行ったか。
即行で冒険者ギルドを張るとは手際のよいことだ。
「教会とのもめ事は避けたいので、出来ればお会いいただきたいのですが」
「これから東門へ向かうので、歩きながらで良ければ話を聴きますよ。3分待ちます」
「それでは聞いてまいります」
駆けていく職員を見送りながら、アーニャにどうするか尋ねる。
「あたしは特に気にしてないから、そっちは好きにしていいぜ」
「了解」
絡んできた愚か者は確実に捕まえろ、と言っておいたので捕まえたが、アーニャの中ではあの件はやりすぎだと判断したらしい。
もうちょっと、人に向けて大丈夫な威力の装備はないのかと相談されている。残念ながら、今のところない。
「お初にお目にかかります。ワタル・リターナー殿でよろしいですかな。
「リターナーです。すいません、急ぎの要件があるので歩きながらでお願いします」
神官長……集合知の情報だと、神殿長、副神殿長に次いでナンバー3の地位だ。
神殿長と副神殿長は他の街の教会との折衝を行うので、街での実務に関しては実質トップと言っていいだろう。結構大物が待機してたな。
「神官長ともなれば、この街ではトップですよね。そのような方がわざわざ?」
「いえいえ、私などは実務を任せられている中間職にすぎませんよ」
「この街が平和なのも、実務を担当している教会の方々の癒しが行き届いているためでしょう。私も冒険者ですから、お世話になることもあります。日頃の献身には深い感謝を」
最近心にもないこともすらすら言えるようになった。
「そう言っていただけるとありがたいです。……リターナー殿は回復魔術にも造詣が深いと伺いましたが?」
「私の知識など専門家に比べれば、大したことありませんよ」
「ご謙遜を。アース式治療術の名前は、神殿長より耳に挟んでおりますよ」
おっと、ルドルフさんどこまで布教したのだろう。
王都ではしばらくその名前を使わなかったから、ここまで広がっているという事はアインスでの売り込みの結果の可能性が高い。
「ご存知でしたか」
「はい。リターナー殿も人が悪い。教会にお越しいただければ、精いっぱいのおもてなしをしましたものを」
「いえいえ、私はあくまで一介の冒険者にすぎませんから。治療術に関しても、お世話になったアインス教会の方に知識を還元したに過ぎません」
「ご謙遜を。お話と言うのはそのことでございまして、賢者様の英知、我々にも少しばかり授けてはいただけませんでしょうか」
……なるほど。
教会が俺と辺境伯の関係をどこまで知っているか不明だが、狙いはアース式治療術の方か。
この様子だと『アインスで生まれた新たなな治療術の概念が脚光を浴びている!我々も取り込まねば』と言ったところかな。
「ふむ。ご用件はおおむね理解しました」
「おお、それでは?」
「しかし私の知識は、アインスで助力をいただいた際に、見返りに提供した物であります。アース式治療術をアインス教会が布教しているのは御存じなのですよね」
「む、それは確かにそうですが」
「であれば、同じ教会とてアインス教会を立てるのがスジと言うものでは」
教会内でも派閥争いと言うのは存在する。
アインスは新しい街なので、教会内での発言力は弱い。ルドルフさんはその強化のために、アース式治療術に目を付けたのだ。
「む、そう言われてしまうと苦しい立場ではありますが……」
「私もあちら側の出でして、余り不義理な事はしたくありません」
「しかし、今この街で病に苦しんでいる人々にはリターナー殿の救いも必要でしょう?」
「なるほど。確かにそうですね」
アース式治療術については、詳細は知らないがざっくりとは知っている、と言ったところかな。
俺から話を聴きだしたい辺り、王都の教会とのつながりは薄いと見れる。アレは貴族向けの治療魔術の応用知識をまとめた物だからな。
「ふむ。アース式治療術は教本としてまとめてありましたが、手持ちの物をウォール辺境伯に提供してしまいました。領兵に
「っ!……領主……様にですか」
「ええ。ですので、その話については辺境伯に伺いを立てると良いと思われます。なに、同じ街を守るものどうし、力添えを頂けるでしょう」
そんなわきゃないと分かって居るので、後は辺境伯に任せる。
この街の統治者は辺境伯なので、教会がいくら裏の力を持っていたとしても流れの冒険者には関係ない話だ。
ゴネようとする神官長をしり目に話を切り上げる。さすがに兵舎の仲間で着いてこようと言う気は無いらしい。
東門からの出発者名簿の中に、アルファ・リーと言う名前を見つけた。近くに書かれている名前と年齢から、ベイル・リーと書かれているのがウェイン少年かな。
人買いが自分の子に偽装するのは珍しい。わざわざクロノスからという事は、何かあるのか?
……考えても仕方ないか。この線で追跡してみよう。
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