第156話 トラブルは大きくならなかった
領兵たちのレベル上げを一通り見終えた後、屋敷に帰ると既にアーニャが帰って来ていた。
彼女は今日は、回復アイテムを持って国境の砦に行って貰っていた。流れてくる難民の治療のためだ。
「なんか回復力がすごくて、最後聖女様ってあがめられ始めたんだけど」
「ああ、まあ良いんじゃない?」
「いや、こえぇよ」
しかし、やはりまだまだ流れてくるか。
「砦までは大丈夫だった?」
「初めて馬に乗った!装軌車両も凄いけど、馬も良いな!かわいいし」
「それは何より」
軽く走る、歩くを繰り返しながら、国境の砦までは軍用馬で2時間ほどらしい。
集合知から、おそらく道なりに十数キロと思われる。メルカバ―なら1時間掛からずに着く距離だ。
「魔物の襲撃は相変わらずで、その合間を縫って難民が流れてきてるみたいだったぜ。近くに来た人の救助のために、ずっと小隊が街道を巡回してるって話も聞けた。それから、子供連れの商人が通らなかったか確認してもらったけど、書類にそれらしい対象はいなかったって話だった」
「ん、上出来だな」
都市国家群を転々とするルートは取らなかったか。
商人のネットワークで、あまりこちら側の国境の状態が良くないのを知っていた可能性もあるな。
「ウェインは……どこに居るんだろ……」
「……とりあえず、直接南下ルートでない事が分かっただけ良しとしよう」
わしゃわしゃと頭をなでると、アーニャは撫でんなと文句を言う。
言うだけで逃げない所などが愛らしい。
「さて、件の商人が南下したわけじゃ無いなら、まだ王国を出ていないかもしれない。さっさと頼まれごとを片付けて、後を追わないとな」
この街に来るまでに足取りを確認できたのは3回。出入りを管理する各街の兵が、たまたま覚えていたからだ。
わかっている特徴は、黒髪で中肉中背の男、クーロン訛りがある、くらいのもの。
それなりに護衛を連れているようだが、足取りを追うのは中々難しい。
国境の記録は街よりも厳格だから、信用はしていいだろう。
隣国の都市国家への確認は辺境伯が行なってくれている。本命は東に逸れての海路ルートだ。そちらならまだ王国内に居る可能性がある。
つまり、難民問題をちゃちゃっと片付けて、追跡を再開する必要があるという事だ。
と、言うわけで、目下障害となりそうな教会関係者なんだけど。
「全然音沙汰無いのは何でですかね?」
「……………………」
昨日ひっ捕らえた不届き物は、枷をつけられた上で館の一室に放り込まれている。
「勘弁してくださいよ旦那。俺たちは雇われただけでなんすよ」
アーニャにぶちのめされた二人のチンピラは、はじめっから白旗を上げている。
基本的に長い物に巻かれるタイプの人間だ。雇い主をかばって辺境伯家にたてつくなんて発想は、ミジンコほどにも持ち合わせてないのだろう。
ついでに、アーニャに叩きのめされた事を恨む度胸も無い。
見た目何てあてに成らない世界だからな。恨む暇があったら、さっさと逃げるのが賢い人間だとのたまいやがった。賢い人間は恐喝行為の先方に成ったりしねぇよ。
「……思いのほか下っ端?」
「やかましいっ!」
おっと、まだ起こる気力はあるのだな。
「……このような事をして、困るのは自分たちだぞ」
「いや、別に困らんよ」
「はっ!この街の治癒師の数を知らんと見える」
「今日だけで2次職の治療師が50人くらい増えてますからね。領兵の治癒師比率が正常に戻るのもすぐでしょう」
人口に対する治癒師比率は千対一、領兵に対する治癒師比率は十対一くらいにしたい。
冒険者だと6~7人のパーティーなら一人くらい治癒師がいる。教会の抱えている治癒師の人数は、人口比としては多いが軍としては少ない。二次職が多いので賄える部分もあるが、ギリギリなのは変わらない。
ウォール辺境伯は、封魔弾の普及を気に領民を予備兵として、戦闘職に就かせるつもりで居る。そうなる様に提案した。
この周囲は魔物も多いので、レベル上げは王都より順調に進むだろう。
「……馬鹿か?そんな事あるわけなかろう」
「はは、そっくりそのままその言葉を返すぜ。そんな事あるから、あんたらふん縛って、こうして教会が地雷を踏むのを待ってるんじゃないか」
「……………………」
「旦那~、無駄ですよ~。タミンの兄さんは良いとこの出って言っても、所詮教会の一役人のぼんぼんですよ。普段の粗鋼も悪いから、ニ、三日顔を見ない程度じゃ誰も気にもしませんって」
「レギン!余計な口を開くな!」
「なんならあっしが大仰に盛り立てて、兄さんが捕まったって喧伝しやすぜ」
「ノシン!キサマもだっ!」
ふむ。そいつは困ったね。勝手に不祥事起こして自滅してくれるのが一番いいのに。
「そもそも、なんで街の外でふらふらしてたんだよ」
教会は難民の治療について渋っているらしい。
ウォール辺境伯も、難民を全員街に置くわけには行かないから街の外に宿営地を作っているが、教会は街の中にいるものの治療を行う、と言う立場だとのこと。
その理由の大きなところは、金に成らないからだ。
患者が治療を選ぶ、と言うスタイルが定着しているクロノスでは、医療は自ら受けに行くものだ。だからこそ、患者は診療所に金を払う。
東大陸のほとんどの国には人命救助法と言うルールがあって、緊急時には持てる能力の範疇で、人命救助に無償で尽力しなければならない、という法律がある。
ウォール領内は現在難民の流入で緊急事態統制の真っただ中なので、教会はこのルールに従って難民に対しては無償で治療を提供しなければならない。わざわざ出向いてタダで治療するなどやってられるか、という事だ。
「そりゃあ、兄貴のMPじゃ治療に限界がありますからね。金のある難民を優先して治療すると言って小銭巻き上げようと」
「ノシンっ!」
「……この場合、正直は美徳か?」
「へへ、隠し事しても良いこと無いんすから。おとなしくしてるんで減刑の嘆願をお願いしますよ~」
ヤバい、この馬鹿調子のいいバカだ。わりと嫌いなタイプではないぞ。
「まぁ、教会が動かないならそれでもいいか。もうしばらく缶詰に成ってろ」
「減刑お願いしますよ~」
何と言うか、ほんとに子悪党だなこいつら。
教会の関係者とか、もう少し傲慢な方に性格ひん曲がった奴らかと思ってた。
大した情報も得られそうにないし、辺境伯に相談することにする。
「明日で教会が抱える治癒師分くらいは補えそうだからな。そうしたらもう開放してしまっても良いかも知れん。教会が
「増やした
「そうならぬように、転職者は真偽官を交えて内心調査も行っている」
「実務は問題無いでしょうか」
「シルド団長から話は上がっている。さすがに戦闘中の回復技量には大きな差があるだろう。そこはこれから実務を増やして補っていくことに成る。それ以外は問題ないはずだ。提供してもらった教本、隊の
「ならばよかったです」
教会関連とのもめ事は、本格化する前に決着が尽きそうだ。
その代わりに暖房機作成の日程が一日遅れたが、今回は辺境伯主導で人手を確保できるので加速はスムーズだろう。俺が働かなくていいのが大きい。
人員と設置場所の準備がそろうまで、こっちは別の事をするとしよう。
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□雑記
教会の関係者が動かないのは『街の外で起きた出来事で、かつ関係者が全員捕縛されたため知り様がない』からです。ワタルたちは気づいていません。
屋敷へ連れて来られる道中で
実際に出来たとしても、とある理由でスキルは使えなかったのですが、それはその内本編の中で。
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