第154話 デモンストレーション(vs 3000Gの魔物)

「ワタル殿は働き過ぎではないか?」


「そんなこと無いですよ。MPはだいぶ余裕があります」


「……そう言う話では無いと思うのだが」


翌日の朝、辺境伯とどこかで聞いたやり取りをしたのち、今日は朝から兵たちを集めて、辺境伯閣下が演説である。

場所は領兵の訓練場となっているグラウンド。集まった兵は800人ほどだが、これはウォールの領兵の5分の1程度に過ぎない。国境沿いという事もあって、兵士の人口比率が圧倒的に多いのだ。

100人規模の中隊が周辺の村へ警戒の巡回もしており、国境の砦の兵士たちも踏まえれば、この地域の兵の数は万を超えるだろう。そう言う意味で、わずかな集合に過ぎない。


「先日よりモーリスから流れてくる難民たち!そしてかねてよりの懸念であった、回復職の不足!これらの問題解決のため、竜殺しの賢者の弟子にして、人類最初の極めし者マスター、国王陛下の特使として任じられたワタル・リターナー殿の力を借りることとなった!」


辺境伯閣下は気合を入れて演説していらっしゃる。


「既に噂を聞いている者もいるだろう!昨日、既に2名の兵が2時間ほどで治癒師ヒーラーを修め、治療師ハイ・ヒーラーへと進んだ!素質の有無は問わない!やる気をある物が、皆を抄える機会を与えられたのだ!」


その転職した人たちは、護衛任務のミスで強制配置換えですけどね。


「これよりウォール守備兵団から治癒師ヒーラー担当者を選出するとともに、平時に置いては領民のための治療院の開設も行う。我こそはと言うものがいれば名乗り出てほしい!」


ちなみに、現在のウォール守備兵団に所属する治癒師ヒーラーは、全員1次職でその数約40人。これは有事に一人で100人の兵隊を見なければならない事を意味する。

現時点で街に居るのは5人ほどで、それ以外は皆、周囲の村の安全確保のための巡回任務に就いている状態だ。


人数が少ないのも辛いが、2次職が居ないのも辛い。原因は教会の引き抜きだ。

元々教会が素質のあるモノを青田刈りして、領兵として働くよう斡旋。2次職になった時点で領兵を退職し、協会所属に成る。と言う流れ。

この所為でウォールの街の教会は、五分の二ほどが2次職らしい。この辺の2次職比率は20%をちょっと切る位なので、明らかに比率がおかしい。


「ずいぶん持ち上げられてるわねぇ」


「まぁ、有名税的な物だと思っておくさ」


中央からの推薦もあって、辺境伯は俺を使い倒すつもりで居るらしい。こっちも好き勝手出来てありがたい。


「ワタル・リターナー殿、一言いただけるか?」


「呼ばれてるわよ。有名税はどうしたの?」


目をそらしたところをタリアに突っつかれた。くそ、面倒だと思ったの分かってやってるな。

しぶしぶ小高い壇上に立つ。いやぁ、こんな大人数の前で演説とか、趣味じゃないんだけどな。


「あ~……お初にお目にかかります。ワタル・リターナーです。けったいな肩書も多いですが、私自身はまだまだ若い一介の冒険者にすぎません。しかし、幸か不幸か師に恵まれ、機会に恵まれて今ここに立っています。魔物たちは強力で、虎視眈々領地を奪い取る算段を立てています。私の知恵が、このウォールの街を、ひいては王国を守る糧となるなら、その為に力を注ぎましょう」


そう述べて頭を下げると、拍手が起こる。大喝采とはいかないが、反応は悪くないな。

まあ、こんなものだろう。


「では、本日より街外縁の魔物討伐を行っている小隊から、一部を特別任務として割り当てる。第3中隊、第7中隊の中隊長は、小隊長をまとめ会議室に集合するように!シルド団長、後は頼む」


「かしこまりました。一同、礼!」


辺境伯の訓示が終わり、いったんは解散となる。

これから一部の部隊と、昨日治癒師を50にした二人を連れてレベル上げに取り掛かる予定。ぶっちゃけ、俺は居なくても良いのだが……。


「リターナー殿、よろしいか」


「ん、これはシルド団長殿。どうされましたか?」


ウォール守備兵団を取りまとめるシルド団長――多分名字――は、おそらく指揮系3次職と思われる40台半ばくらいの獣人だ。人のパーツが多いが、外見的特徴から狼系のであると推測される。紅に近い赤毛のアーニャと違い、こちらは黒に近い濃い色の毛並みである。


「兵たちの中から、リターナー殿の実力を見たい、との声が上がっている。既に昨日の外での手際を聴いている者も居るのだが、何分魔物の攻勢が強い土地なのでな。納得しない荒くれ者も多い。特に才の無い物を戦えない治癒師にしたのに不満を持つものがな」


「……別に治癒師ヒーラーが戦えないわけじゃ無いんですけどね。模擬戦ですか?私の戦い方はトリッキーなタイプだから、あまり分りやすい実力を示すのは得意じゃないですよ。基本魔術師ですし」


「うむ。なので魔物と戦うのが良いと思っている。捕縛部隊に参加してもらえぬか?」


「ええっ、めんどくさいですね。……そうだ、強制強化した魔物と戦うのはいかがです?ちょっとやってみたかったんですよ」


ステータスが高いので1000G程度なら封殺できることは分かっている。

だけどこの処人目あったのもあって、それより強い魔物と殴り合ったことが無い。


「ふむ。レベル上げの際は掘った穴に落としていたと思ったが?」


「普通に強化しちゃだめですかね?」


「冒険者ギルドでは進めていない方法だろう。……が、ふむ。良いかも知れぬな。隊の者を狩りだしているのだから、安全性に問題は無かろう」


「よっしゃ!それじゃあそれで行きましょう!」


新たに覚えた死霊術師のスキルも試してみようかな。


「……どうした、タリア?」


タリアがじっとりとした、生暖かい視線をこちらに向けていた。


「いいえ。何でもないわ」


「とても言いたい事が在りそうな目をしているじゃあないか」


「そんなこと無いわよ。わざわざ命がけの戦闘の方を提案する、奇人を見るような目をしているだけよ」


「あるじゃねぇか」


別に命を懸けるつもりはさらさらない。

ってか、死霊術師に成って状態異常耐性を獲得したし、安心安全で幾分には負けんよ。


………………


…………


……


そんなこんなで街の外。

見学組となっている小隊、約50人の前で魔物とのデモンストレーション戦闘を実施することに成った。

今は俺を取り囲むように半径20メートルくらいの円がてきている感じ。タリアとバーバラさんもそこに交じって見学だ。シルド団長も一応着いて来ている。


「それでは始めさせていただきたいと思います!」


装備はいつも通りの剣と盾と鎧。人形遣いの装備はとりあえず封印だ。


「うむ。それで強化の方だが」


目の前に転がってキーキー鳴いている大鼠に、金貨をぶち込んで強制的に強い魔物に変身させるのだが。


「とりあえず、3000Gから行こうかと思います」


クロノス王国金貨3枚。とばりの杖で召喚できる限界でもある。

金貨で強化した魔物は人型になり易いので、出てくるのはゴブリン、コボルト、オーク、リザードマン、ウェアウルフあたりのどれかかな?オーガが出たら純ステータスだけの魔物だろう。


「………………なに?」


「それじゃあ始めますね。それ、強くなれ」


ネズミに金貨を放ると、それを取り込んで魔物の身体が変化し始める。


「まて!3000Gは2小隊で当たるレベルの魔物だぞ!」


周りを囲んでいる兵士たちにざわめきが起きる。馬鹿か、無茶なと言う叫びが聞こえるな。

この程度は無茶に入らないさ。


「1次職交じりで安全に倒すならそうでしょうね。離れていないとデモンストレーションに成りませんよ」


さて、魔物は何に進化したかな?……おっと、両手槍持ちのオークか。エリュマントス同様、毛深い猪の頭を持つ巨体の魔物。縁があるね。


「さて、オークの槍使い?俺の言葉が分かるだけの知能はあるかな?とりあえず一対一の勝負だ。かかって来いよ」


「……傲慢ナ人間メ。後悔シテ死ネ!」


おっと、言葉が話せるだけの能力があるか。残念。そのリソースを別の能力に振るべきだな。


そんな事を考えている間に、オークは攻撃モーションに入っている。

10メートル弱離れた位置から振るわれる槍。スキルか。


「飛来槍かな?」


風切音と共に飛来する衝撃波を、ステップと盾で受け流す。なかなかに重い。

1次職の魔術師が受けたら一撃でダウン、近接職でもまともに戦えなくなるくらいの威力はあるな。1次職が頭に受けたら死ぬだろう。


オークはスキルを放つと同時に距離を詰めてくる。高速移動系のスキルはやはり無しかな。

アレはコストを食うっぽいから、10000G級オーバーサウザンツじゃないと厳しいようだ。

また、物理限界を突破するパッシブスキルもなさそう。つまりSTRやAGIはどう頑張っても俺以下という事。100ちょっとあればいい方かもしれん。


「クラエ!」


良い速度で突き出された槍を再度盾で弾く。身を捻って避けられない一撃では無いが……案の定、弾いたはずの突きが体に向かって伸びてくる。

フェイント系のスキルだろう。そこから更に二段突き。おっと、なかなか多彩なスキルだ。


「フキトベ!」


剣の間合いに踏み込もうとしたところで、オークが叫びと共に、口を開く。


シールド


咄嗟に衝撃系のスキルと判断して盾を展開。

案の定、盾に衝撃が伝わり蒼く輝く。エリュマントスが使っていた衝撃の咆哮ショック・ロアーの亜種だろう。


「すまない。その手の攻撃は見え透いてるんだ」


救い上げるように剣を凪ぐ。

オークは槍でそれを受けるが、槍をあっさりと両断してついでに片腕も飛ばした。2次職用の剣の切れ味は伊達じゃあなぁ。


そのまま脳天に向かって振り下ろした剣を、オークはギリギリで転がってよける。肩の肉をえぐったが、腕を落とすところまでは行かなかった。なかなかに素早い。


「クシザシ!」


オークが残った石附を地面に突き立てる。石刺隆起アース・スパイク。地の中級魔術で、地面から伸びる鋭利な石柱が敵を貫く技だが……。


「スキルの獲得チョイスが悪い」


INT低そうななりして、なんで魔術。受けても刺さらなそうだが、地面に手をついて変成トランスミュートで石柱の形成を妨害する。石の針は俺に届くことなく崩れ去った。


束縛糸バインド


同時に人形遣いで獲得した多重詠唱マルチキャスト束縛糸バインドを放ち、オークを拘束している。


「次があれば、もう少しましなスキル振りにするんだね」


剣が届く位置まで一歩。その間相手は動けない。


「ガァッ!」


ザンッ!!

振り下ろした剣が頭から股下までを両断して、魔物のHPを削り切った。

空気に溶けるように巨体が消滅して、魔物は金貨とドロップ品に姿を変えた。ドロップは……結構な量の栗だな。秋の味覚が狩られずに残っていたか。


しかし2次職装備は強いなぁ。盾はしっかり攻撃を防ぐし、剣も簡単に防御を貫ける。

金がかかっているのと、ステータスが高いのもあるのだけれど、エンチャントしてあるランスと束縛糸バインドは発動させなくてもこの価値レベルは余裕か。


「さて、それじゃあ前哨戦は終わりという事で、次は5000Gくらいを」


「いやいや、いいから」


全力手止められました。


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□雑記


3000Gのオークですが、ワタルと同じく2次職用のステータス参照装備に身を固めた、中盤以降の前衛2次職なら一対一でも勝つことができます。(無傷で勝つには練度が必要ですが……)

後衛職でも勝てますが、攻撃を受けると死ぬのでリスクが高いです。

守備隊が2小隊(20人)で当たるのは、小隊内に居る1次職の後衛に被害を出さない為です。逆に、この人数ならワタル同様完封出来ます。

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