第153話 急いて進めるトラブル対策

「アーニャ、無事かい?」


裏庭に出ると、アーニャは簀巻きにされて居る男たちのそばに座り込んで回復魔術を使っているようだった。加害者は3人か。

他に居る関係者は執事殿と、領兵らしき人が4人?


「あ、ワタル!言われた通り絡まれたからふんじばって連れて来たぜ」


「んん~!んんんっ!」


全員猿ぐつわをされているので、何を言っているか分からない。


「特に何もされてない?」


「ん?ああ、そうか。ナッツを配ってた時に取り上げられそうになって、その時捻った腕が痛いぜ」


「おーけー。と、いう事ですがいかがいたしましょう、閣下」


「我が家の客人に狼藉を働くとは、不届きな輩だな。斬首にして広場に並べるか」


「んんっ!ん~ん~!!」


ははは、わめくなわめくな。相手をよく確認もせず喧嘩を売った君たちが悪いのだよ。

最も、首を切り落としても一銭の得にもならないのは王都での一件と変わらずだが。


「こんなのの死体は要りませんよ。それでアーニャ、治療は済んだの?」


「HPは回復したっぽいけど、あたしの詠唱魔術じゃ中途半端にしか治ってない気がするんだ」


「あ~、後遺症が残るかもね。とりあえず治すか」


複雑骨折で腫れ上がっているであろう足を、まっすぐに直して治癒ヒールを掛ける。治療が不完全だった二人は滝のように流れる脂汗を流していたが、しばらくすると落ち着いたようだった。


「まぁ、こんな下っ端をどうにかしたところで意味も無いな。それよりも、アーニャ殿にも護衛を付けていたはずだが?」


「隅で地面に頭をこすりつけているのが護衛の二人でごさいます」


「「申し訳ございませんでしたっ!」」


「万が一にも危害が及ばぬように二人の護衛に付けたにもかかわらず、このていたらく。どういうことだ?申し開きがあるなら申してみよ」


「っ!……任を果たせなかったのは事実であります。申し開きもございません」


「セイゲルっ!」


二人はまだ若い領兵のようだな。加害者の3人も似たような年齢で、全員10代後半から20代前半くらいか。加害者側は服装から言って、治癒師とその護衛のチンピラ、と言ったところだろう。


「大方、病気の親族か恋人の家族か、そう言ったあたりの診療を拒否されるのが怖くて何も言えないって所じゃないですかね」


俺は行く先の街の誰が権力を持っているか、どんな悪行や不満があるか、みたいな情報を集合知から仕入れている。

この街で一番好きかってやっているのは教会で、診療を盾にほどほどに私腹を肥やしている。ほどほどってのが重要。集合知の情報だと、許容されるギリギリラインを攻めている感じ。


辺境伯の職業は領主ロードだろうから、あまり悪行を放置すると市民に不満が溜まり、能力が落ちることに成るので放置できない。

市民に不満はありつつも、排斥した際に起きる不満の方が大きくて動けない、その程度の状態が維持されていると考えられる。


「大方そんなところだろうな。しかし悩ましいの……どうするのが良いか?」


「私に聞きますか?」


「やりたいことが有るのだろう?顔にそう書いておる」


「さいで。犯人は教会が怒鳴り込んでくるまで放置として、彼らには治癒師に成ってもらいましょうか」


「なるほど」


「領兵の中で、家族や知り合いに病人がいる人を調べられますか?至急で」


「可能だ。その者たちを治癒師にするのか?」


「いえ、関係者の治癒は私がやってしまいます」


「可能なのか?」


「詠唱魔術で1次職の範疇なら治療が可能です。INTの高さで力押しすれば、それなりの病は治せます」


「早いほうが良いな。明日の朝でよいか?」


「残業するので今晩で。この二人を借ります。今から転職神殿に連れて行きます。他の二人にはレベル上げ用の魔物を捕まえてくるように言っているので、それでレベルを上げてしまいます」


「こやつらはどうする?」


「とりあえず納屋にでも放り込んでおいてください。教会関係者が来たら、辺境伯自ら屋敷に踏み込むのを禁じてもらえませんか?それで一歩でも踏み込めば捕縛できる対象が増えます。アーニャ、すまないけどしばらくは屋敷に居てくれ。狙われるかもしれないから気を付けて」


「分かった。MPタンクは返すよ。レベル上げなら使うかもしれないよな」


「ん、そうだね。それじゃあ最大100の方を持っていてくれ」


最大MPが少ないアーニャは、すぐにMP回復があふれる。

なのでエリュマントス撃破の報酬としてもらったMP300のタンクはアーニャが持っている事が多い。

100の方はこれまで通りタリアが身に着けていて、日中は俺が使っている。


もう一つ、王家の宝物庫から常時MP回復のペンダント――ディアナの首飾りと言う名前らしい――をもらっており、そちらは俺が付けている。1分で1回復する優れもの。しかも固定回復が無くなるスキル発動中も回復する。これで継続コストが1分1点以下の魔術はずっと使い続けることができる。


「それでは出てきます」


辺境伯に護衛を付けてもらい、走って転職神殿へ。なぜ走る?時間がもったいないからさ。

ウォールの街の転職神殿は領主管理なので気兼ねなく使える。転職神殿が効果を発揮するのは国王陛下のおかげなので、教会の影響力が大きい地域では領主が直接管理している事が多い。最後の砦と言うやつだ。


「失礼ながら。光の主神の像は教会にあります。神殿に行っても治癒師にはなれないのでは?」


「それは勘違いですね。国内なら基本的にどの像でも影響ありませんよ。剣士の像だろうが、魔術師の像だろうが、陛下の加護がある限り問題ありません」


こう言う噂を流すのも、この周囲の教会の悪質なところだ。


そもそも、転職神殿の像は人間側が勝手にかたどった物であって、その像で祈るのは必須ではない。その最たるものが、アインスの一般職の像群である。アレは作成者と領主の趣味で量産されただけらしい。はじめはそれに気づかず、わざわざ運搬者キャリア―の像を探してたりした。


「像が複数あるのは、人が詰まるのを防ぐためです。そこにイメージを与えたのは人間ですよ」


今この国に出回っている転職神殿の像は、各大陸に1つある転職モニュメントの写しである。

写しを生み出し稼働させるのも国王のスキルの一つだ。教会には転職像をどうこうする力はない。


元護衛二人を強制的に治癒師に転職させる。ちゃんと転職できたことに驚いていたので、教会の悪質さが分かるな。

それがちょうど終わった所で、タリアから囁きウィスパーが入った。


『言われた通り、門の外に捕まえた魔物を集めて穴を掘ってもらってるけど、その後どうすればいいの?』


『ああ、今から向かう。何匹くらい集まった?』


『30。頑張ったでしょ』


『おお、凄い。助かるよ』


なんでも蛸の足オクトパス束縛糸バインドのアタッチメントに付け替えて捕獲したらしい。

最初は力加減が出来ず、弱い魔物を握りつぶすこともあったそうな。

慣れたら、掴んで束縛糸バインド、転がしたところをバーバラさん達が荒縄で縛る、の流れで捕獲できるようになったとか。


いつも通り、穴の中の魔物を強制強化することでレベル上げを敢行する。

最初にやり方を説明するため、俺が死霊術師のレベルを上げる。どういう理屈か分からんが、2次職になると弱い敵を倒してもレベルが上がらなくなるようで、この街まで結構魔物を倒したはずだが1レベルのままだった。

3000Gの魔物を倒したことでようやくレベルが上がる。1匹で2レベル。これがしばらく続き、その後1レベルづつ上がる様になり、20レベルで3000G1体では上がらなくなる。

再生治癒を覚えるため、2次職である治療師で検証した結果だ。死霊術師もそこまでは順調に上がるだろう。


最初は封魔弾、その後は予備の差し棒を使って治癒師ヒーラー二人のレベルを上げる。

さらに護衛についていたメンバーの中に、副隊長格が二人いたので、その人たちのレベルも上げる。

ついでにバーバラさんの格闘家も上げきって、俺のレベルも10まで上げて残り5匹。俺のレベルの上りが思った以上に悪い。何かリミットでもあるのか。

とりあえずキリが良いので、後は明日に持ち越しだな。


「この魔物たち、このまま転がしておいて平気ですかね?」


「いや、それはさすがに……」


「じゃあ、魔物の数だけ穴を掘って埋めておきますか」


残したのは大鼠などの小さな魔物ばかり。

街道から外れた所に穴を掘り、錬金術師の変成と圧縮で強度を上げつつ人が落ちない穴を作成。これで逃げられることも無いだろう。逃げてもそこらから寄ってくる弱い魔物なので問題ない。


日が暮れきった所で街に戻り、今度は念話チャットで領兵関係者の病人を聞き出して治療に回る。

レベルを上げた新米治癒師二人にも練習がてら治療させてみたりしながら、8軒のお宅を強制訪問し、辺境伯の館に帰り着いたのは21時に成ろうかと言う時間だった。


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□雑記


蛸の足オクトパスですが、普段は装軌車両の荷台に放り込まれています。

タリアとバーバラさんに3人の護衛領兵が付いたので、持ち出した際には荷台のせて運んでもらいました。

収納空間インベントリを見せられないため、タリアのSTRと体力だと、普通に持って歩くのはちょっと辛い重さがあります。

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