第152話 いつもの売り込みとトラブル発生

「ほほう。これは暖房機と言うのか」


応接間に暖房機を運びこみ、ウォール辺境伯の前で試運転を行う。

送風のための水は注ぎ口と出口を別途用意する形に改良を加えた。おかげで高さは少し高くなり、140センチほどである。


「材料はそちらに書いてあるリストの通りです。作成時間は試行錯誤込みで3時間ほどでした」


「なるほど。確かに使われていないMPを暖房代わりに使えるなら、燃料の懸念は無くなるな」


「はい。それから排煙がないため、煙突の建設などが不要になるのもメリットですね。難民キャンプに複数世帯が避難できる大部屋を作り、その中央で動かせば1台の効果は上がるはずです。これは移動させられるタイプにしましたが、そうでなくて良ければもっと効率は上げられると思います」


「マジックアイテムに造形が深いと聞いていたが、なるほど。しかし数を用意するのは難儀だな。ほかに作れるものは居るのか?」


「エンチャントが難しいので、そこは私が。難民の中から動けるものを使うことも考えています」


「役に立つのか?」


「役に立たせるためにレベルを上げます。それにはこちらを」


テーブルの上に封魔弾を並べる。


「封魔弾と名付けた物です。封印付与でランス系の魔術がエンチャントされていて、キーワードを唱えてから魔物にぶつけることでその魔術が発動します。これで倒した魔物の経験値はぶつけた人に入るので、威力によっては初心者ノービスや一般職でも強い魔物を倒すことが可能です」


「ほほう。どのくらいの威力に成るのだ?」


「1000Gクラスなら1発で確定で倒せます。3000Gクラスだと2発確定ですね」


「……?……すまない。もう一度お願いできるか?」


封魔弾の概要と、その効果について簡単に説明する。既にアインス、王都での供給が始まっており、ウォールの街は3例目になることも教えた。


「これは凄いな。戦力の強化が一気に行える。いや、それよりも生産力の向上か!職人としての経験は積めぬが、スキルで出来る単純作業に従事できるものが劇的に増える」


「はい。メリットは生産性の方が大きいと思います。あとは治癒師の育成でしょうか。3000ゴールドまでの魔物で、再生治癒りジェネレーションを覚えるところまでのレベルが上げられることは確認しています」


「素晴らしい!……しかしそれ程となると価格が……予算は組めるか?」


「あまり財政に余裕があるわけではありません」


「これは私の作った封魔弾で、INT700ほどの物に成ります。王都では1発330Gほどで購入してもらっていました。矢に付与した封魔矢と言うのもあります。一般的な付与魔術師エンチャンターのレベルだとINT150ほどで、1発100Gで冒険者ギルドに卸しております」


「護身用なら買えないレベルではないな。100Gの方も、常用するには辛いが少し格上の魔物になら十分利用できる」


「はい。これを使って封魔弾を作れる職人を増やし、さらに作って増やし、を繰り返しています。王都で生産していますので、しばらくすれば100Gの封魔弾は流れてくるようになるでしょう。今は私の手持ちとここで作った物を使いましょう。経費はこちら持ちで構いませんが、その代わりレベル上げと、レベルを上げた人材の活用はこちらで行います」


「分かった。それで構わない。そうすると我々が注力した方が良いのは住居の確保だな。暖房だけあっても仕方がない」


「はい。そちらはお願いします。一応、スキルで作れる簡易壁の案はありますので、それはお伝えしておきますね」


錬金術のスキルを使って土壁を作る方法を何種類か提案する。

ウォールの街も一般的な建材は石だ。ただ植林技術が進んでいるので、王都と違い簡易な建物は材木で作られている物もある。

土壁を作る工法はここよりさらに南、暖かい地域で採用されている方法だ。複数の建築技術が並行して存在しているので、組み合わせて使える物を使えばいい。


「賢者殿はそのような知識もお持ちなのだな。私も一度お会いしてみたいものだ」


「広く世界を回っている方ですからね」


また勝手にバノッサさんの名声が高まっていくな。


その後はウォール辺境伯からモーリスについて新情報が無いかを確認する。流れ着いている難民は今日も数十人規模で増えているらしい。最終的には倍以上に成るのではないか、との見立てだ。

逃げてくる間に動けなくなったり、亡くなったりした者もいるらしい。丁寧な埋葬をしている暇はないため、価値の有る者は回収し、遺体は街道に打ち捨てられたままらしい。

……全くレベルが上がってないのだけれど、ネクロマンサーのスキルで有効活用できないかな。

そんな話を進めていると、応接間の扉が叩かれる。


「どうそ、応対してください。火急の件かもしれません」


「すまない。はいれ!」


扉が開いて、領兵であろう男性が入って来る。


「アーニャ・グレイビアード殿が戻りに成りました!しかし、少々問題が起きております」


「なんだ?何があった」


「は!難民キャンプでけが人の治療に当たっていたところ、教会の関係者から難癖をつけられました」


「……また教会の輩か」


ウォールの街は周辺の魔物が強いため、けが人が発生することも多く、教会が比較的強い権力を持っているんだっけか。集合知の情報だと、治療費も王都の倍以上する。


「その場でアーニャ殿が3人を叩き伏せ、ふんじばって庭に転がしてありますが、いかがいたしましょう」


「いやまて」


「ああ、子供だと思って向こうから手を出しましたか」


俺と辺境伯の声が重なる。

こうなる可能性を考慮して、アーニャには先に手を出されたらほどほどにぶちのめして良いと言っておいたが、予想通りの結果になったか。


「ワタル殿、アーニャ殿は未成年だと思ったが?」


「封魔弾のようなマジックアイテムを山盛り装備してますから。良かったですね、死ななくて」


半端な1次職だと、俺の魔弾マナ・バレットの直撃で死ぬ。

狙う時は致命傷に成らない太ももより下を打つように言っておいたが、うまく実行できたのだろう。彼女は器用だしな。


「教会とのもめ事は困る。教会の治癒師がいなくなれば、この街は機能不全に陥ってしまう」


地方都市の医師事情は、そこに努める関係者の性格と言うか、性質で大きく変わる。

教会の理念は、『神の奇跡を万人に』であるはずなのだが、中央の目の届かない地方で教会関係者が好き勝手やるのは良くある話だ。


「面倒なので潰してしまってはどうです? 私の封魔弾を使えば、1日で2次職までは上げることが可能です。辺境伯権限で国外追放に出来ますよね」


「貴殿は軽く言うな。……しかし……領兵の中から治癒師を出せるなら選択肢としては在るのか。市民に伝達せねばならぬが……」


先ほど、治癒師の育成に役に立つという話をしたのはこのためだ。


「ストックされている封魔弾を放出しますので、領兵からも各部隊の中から十数人を選んでレベル上げを強行しましょう。その様子も見せるとして、2~3日も活動すれば兵からの不安は出なくなるでしょう。各ギルドに根回しした後、市内で治療院を一斉に開業して、教会のトップを抑えればそれでことが済みます」


ウォールの街の教会関係者の内、治療が可能な治癒師ヒーラーは精々数十人だ。

教会はレベルの高い治癒師系統の職業持ちを本国や王都に集中させているので、ウォールには3次職が居ないはず。なら、街での治療は再生治癒まで使えれば十分賄える。


「各種病の治療に関しては、こちらをどうぞ。私が代表を務めるアース商会で使っている、医療教本に成ります」


「……こんなものまで」


「中身の精査は後程。とりあえず様子を見に行きたいのですが」


「おお、そうだな」


さて、実は死んでました、という事が無いことを祈ろうか。

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