第150話 南端都市ウォールへ

ガタガタと車体が揺れる音を響かせながら、装軌車両メルカバーは街道を進む。

もろもろの雑務を片付けて、残りをジェネ―ルさんに押し付けて王都を出立し、早一週間。直線距離にして1000キロほどにもなるだろうか。もうすぐクロノス王国陸の南端の街の一つである城塞都市ウォールにたどり着く。


「南の方はまだずいぶんあったかいんだな」


王都では雪かみぞれが降り始める中の出発であったが、昨日今日とその痕跡は見て取れない。

降雪量は地域によっても差があるが、南下して確実に暖かくなっているのは感じられる。


「もっと南に行けばもっとあったかいさ」


助手席に座るアーニャにそう返した。

今日の彼女はビットを使って定期的に車両の周囲を警戒する、サポート担当だ。

街道を走行していると、行き交う商隊や冒険者とすれ違ったり追い越したりが多い。こちらは子爵の家紋と、特使の記章を大きくした旗を掲げではいるが、装軌車両こんなものが突然走ってくれば警戒される。


無警告で魔術を打ち込まれても困るので、警戒は必須である。


「……次の町で追いつけたりしないかな」


「流石に難しいかな」


ヴェイン少年を買って行ったらしき商人の足取りだが、情報が少なく、追跡は芳しいとは言えない。

奴らが王都を出てから二ヶ月以上。先に進むことを優先したので詳細な調査が行えていないのもあるが、それらしい商隊の目撃情報はまだ3つの町でしか確認出来ていなかった。


「向かう先がクーロンだとして、こっから先はどっちのルートを取ったか……」


クロノス王国とクーロン皇国の間には、険しい山地の中に点在する城塞都市国家群が存在する。

この都市国家を頼りに南下するのが陸路ルート。そしてここから東にそれ、港町から海を渡るのが海路ルート。クーロンを目指すなら、取るルートはおおむねこの二つだ。

どちらにせよ、国を出る際の確認はそれなりに時間がかかるので、ウォールで聞き込みだな。


「この先、森の切れ目が見える」


「ああ、オリーブ畑の変わり目かな?街もそろそろだね」


この辺りの地域はオリーブが育つので、北部に対する油の供給源となっている。

代わりに小麦畑は比較的少なめで、開けた広大な農地は少ない。そもそも起伏が結構あるので、大きく平坦な農地は作りづらいのだろう。

もうちょっと南下したり、東南の群島に足を延ばすと生産穀物が小麦から米に変わるはずだ。


そこから気合を入れなおして進むこと1時間余り。

視界にウォールの城壁を捕らえるが……ふむ、ちょっとおかしいな。石造りの外壁の手前に、さらに木製の囲いが立てられているように見える。


「速度を落とす。アーニャ、バーバラさんを」


「了解」


客室の方からバーバラさんが顔を出す。


「俺の知ってる情報だと、ウォールの拡張工事の話は無いんだけど、何か知ってる?」


「いえ、私も聞いてはおりません。国境周辺の情勢は叩き込まれましたが、ウォールが都市拡張を行っていると言話は聞いていません」


王国騎士団にも話が行っていないか。


「とりあえず近づいてみよう」


オリーブ畑を抜け、まだ野菜の植わっている農地の先には、急ごしらえと思われる木製の柵で区切られた区画が新設されているようだった。

まだ新しいかな?柵が本当に簡素なもので、小動物サイズの魔物なら通り抜けてくるだろう。人型をしばらく足止めする程度の強度しかなさそうだ。


街の入り口は策を抜けた先らしい。

近づくと身なりの良い兵隊が複数人飛び出してくるのが見えた。


「ワタル・リターナー国王特使殿でありますね。お待ちしておりました!」


「お手数おかけします。このエリアは?」


「そちらについても中で!君主ロードウォール様がお待ちであります」


おや、トップがお出迎えとは、何かあったのだろうか。

ウォールの街の門は広く、メルカバーで直接中に入ることが出来た。

街中はさすがに走っていけないので、ボイラーの蒸気を抜いた後、門近くの広場にとめておく。度重なる改良で、鍵代わりに操作系のいくつかを取り外すことが出来るようにした。

巨大ロボットの操作レバーが認証キーに成ってるのとかかっこいいよね。あんな感じ。


ウォールの街中は外と違って普通。

しかし、ぼろを着ている人がちょっと多いかな。この辺りが暖かめとは言え、真冬は氷点下近くまで気温は下がるはずだ。あまり良い雰囲気じゃないな。


夕方、空が茜色に染まり始める頃に成って、ようやく領主の館にたどりついた。なかなか立派なお屋敷である。

この街は、昔は王国の一部じゃなく、一つの都市国家だったはずだ。それが様々な理由から王国に編入されて、当時の王の家系が、今も君主として統治しているはず。

ここは城だった区画を、生活しやすいように再建した建物だろうか。


通された応接間は質素ながら品質の良い物調度品を揃えていた。

4人とも応接間に通された辺り、君主閣下の性格がなんとなくわかる。


「お待たせしたようだな。ワタル・リターナー国王特使殿、並びに冒険者パーティー・渇望者たちクレヴィンガーズ。歓迎しよう」


「お初にお目にかかります、ウォール辺境伯。光栄です」


ウォール辺境伯は40台半ばほど。濃い茶色の髪に少し白髪が混ざっているが、口ひげとあごひげがつながった武官タイプのナイスミドルだ。

クロノスで領地持ちは基本的に家名がイコール領地なので分かりやすい。


促されてソファに腰を下ろす。護衛を兼ねているバーバラさんだけは、窓側の位置に立っている。


「王都からここまで一週間とは、速報は届いていたが驚くべき速さだな」


今回、俺の移動に関しては国の緊急伝達網が使われている。

魔術による通信技術で、街から街へ情報を届ける半人力の通信網であるが、道なりだと1000キロ以上離れたこの街にも数日で情報を届けることが出来る。


「これも街道整備、物流にも力を入れている王国のインフラあっての事です」


「そうか。……北からの麦の供給がさらに増えるとありがたいが……その話はまただな。街の外の様子は見ただろう?」


手早く切り出してきたのは、やはり新たに建設されている区画の話だった。


「はい。街の拡張計画は私が知る限りは無かったと思っていたのですが」


「ああ、話が早くて助かる。アレはな、モーリスからの流民だ」


モーリス?……城塞都市国家モーリス。どちらかと言えばクロノスに近い都市国家だ。人口は3年前の情報で1万人程。この世界の都市国家にありがちな、8割戦闘民で絞められた魔物群生地の砦の一つだ。


「流民ですか」


「ああ、どうやらモーリスは落ちたらしい」


「……それは確かな情報ですか?」


「うむ。少なくとも、民がここまで逃げてくる程度には、都市機能を維持て来ていない」


落ちた……つまり都市国家として崩壊したという事になる。

モーリスは小さな国ではあるが、東大陸で国家が滅ぶのは数十年ぶりだ。


「いつの話になります?」


「流民がたどり着き始めたのは一週間ほど前。だが、クロノス側の都市国家がマズイという情報が入ったのは、ひと月以上前に成るな。話を聴くと、彼らが街を捨てたのも似たような時期らしい」


「……いくつか気になる事がありますが、なぜこちらに?クーロンの方多少は近いでしょう?」


「国外の地理にも詳しいのか」


……しまった。さすがに今のは口を滑らせたか。


「それなりには」


「クーロンは半年ほど前に、帝が崩御されたらしい。それで国内が荒れていると聞く。今回の魔物の襲撃も、クーロンとの国境から始まったそうだ。モーリスは都市国家群の中では少し西に吐出した位置にあるのだが、そこが旧ザースからクーロンへ魔物が向かうルートの一つになったようだ。目的が南下だったため、包囲戦では無く一斉攻撃を受けた。そのおかげて東へ逃げることができた民もいたようだ」


「……なるほど。魔物の向かう先がクーロンだったので、都市国家経由でこちらにと」


「その様だな。戦えるものは、経由地に戻って襲撃に備えている。ここまで流民たちを連れてきた元モーリスの民も、元気なものは既に戻っている者も多い。モーリスの君主が健在かは不明。この街に居るのは、けが人と非戦闘員や子供が殆どだ。1000人弱に成る」


また、なかなかに多いな。


「他の城塞都市では戦えない者を多数養うだけの余力が無かったらしい。とはいえ、冬支度中のこの時期は、この街もそれほど余裕が無い」


1000人も満足に働けない人が増えたとなると、なかなかに辛いものがある。

食料はどうにかなるだろうけど……いま柵の外で行われているのが住居の確保。あと問題は水と燃料、それに下水処理かな。


「王都への伝達は既にしたのだが……賢者の弟子が行くから力を借りろと言われてな」


……なんだろう。早速便利屋扱いされえている気がする。


「すまないが、何かアイデアがあれば力を貸してほしい」


……困ったな。件の商人を追いかけるなら早いほうが良いのだが……出来ることもありそうだし、難民を放り出すのも気が引ける。

アーニャの方に視線を向けると、彼女は黙ってうなづいた。……ふむ。


「分かりました。どこまで力に成れるか分かりませんが、協力いたします」


「おお、すまない」


「代わりに、我々が追っている奴隷商らしき一団の調査に協力をお願いできますか?先の都市国家に入国していないか、調査をお願いしたい」


この周囲の都市国家との関係を考えれば、ウォール辺境伯ならかなり詳細な追跡調査に協力してもらえるだろう。


「ああ、わかった。簡単な報告は受けている。そちらは任せてもらおう」


右手を差し出したウォール辺境伯と、力強い握手を交わしたのだった。

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