第149話 特使の従者
「バーバラさんをですか?」
「彼女がお目付け役なら今までとそう変わらん。問題無かろう?」
軽く言ってくれるな。俺が向かうのは国外、場合によっては中央大陸だというのに。
「彼女は将来的な騎士団への推薦を約束されているのでしょう?」
「それはもう実施済みだ」
「……え?」
「ワタル・リターナーから装軌車両、飛行機構および振動吸収機構などの情報を引き出した功労を持って、当人の功績として受勲および騎士団への入団を提案している。装軌車両のお披露目会のその日に申請しておいたから、君が出立前には結果が出る」
「なるほど」
騎士団の雇用って、そんなもんでも行けるのか。
「武勲では無いので通るかどうかは微妙なところだがな。だが、君が彼女を従者に指定すれば話は別だ」
「子爵の褒章で男爵に雇用されていたので、アインス両爵の顔を潰さず、騎士団は俺とのパイプを作れると」
「そういう事だな。理解が早くてありがたい。彼女の直上司は私ではなくなるが、それはまぁ上手くやってくれ」
上手くと言われても、そもそも国のお目付け役など居ないほうが良いのだが……。
いや、しかし従者を付けることが必須のつもりなら、顔見知りの方が良いと言うのは、まぁその通り。
国を出てしまえば王国もすぐには動けないしな。幸いパーティーメンバーに、クロノスで暮らさなければならない人間はいない。
「当の本人は了承しているんですか?」
「採用が決まれば後は命令で済む」
「……そう言うのは余り褒められたやり方じゃありませんよ」
「軍人など、死んで来いと言われればハイと答えて玉砕する職業だ。貴殿のお守りのほうが健全であろう?」
「そうでしょうけどもね。俺のいく先は最低でもクロノス、その先は中央ですよ?」
「分かっているが……騎士団に所属すれば遠征は避けては通れん。封魔弾やエンチャントアイテムの登場で団長が気合を入れているという話だからな。……存外、次の遠征時には向こうで会うことに成るかもしれぬな」
「閣下。そう言う話は私の居ない所でしてくださいませんか?」
「アース商会は最悪連れて行かれる覚悟は決めて置け」
東大陸連合の中央遠征に一枚噛まされそうなジェネ―ルさんはげんなりした表情で口を閉じた。
クロノスはこれまで遠征にはあまり積極出来ては無かったが、多少はやる気になったらしい。
食料の後方支援のみだと、どうしても国家間の交渉は弱くなるから、新技術を使って発言力を高めておこうという狙いだろう。
東大陸だと、魔術師ギルドの本部があるニンサルと、気候と鉱物資源に恵まれたクーロンの力が大きいからな。
「とりあえず、従者の件はバーバラさんに聞いてみないと何とも言えません。その気があれば従者としての希望を出せばよいのですかね」
「うむ。私に直接
「書面に残すとか無いんですか?」
「いちゃもん付ける愚か者が居るなら、真偽官を引っ張り出す方が早い」
男爵はやっぱ武官なのだなぁ。
俺への要件のメインは従者の件だったので、国への納品物の話をするというジェネールさんを一人残して屋敷を出る。
「……と言う話があったのですが、どうします?」
帰りの馬車の中で、さっそくバーバラさんに話を振る。
こう言うの、どうせなら一緒に聞かせればいいのにと思わなくはない。立場的には微妙なのだろうが。
知らなくていいことを聞かされるジェネ―ルさんは溜まったものでは無いだろう。
「従者の件、謹んでお受けいたします」
「迷いなく答えたね?いいの?」
「受勲、騎士団の任務として、国王特使殿に従者として使えることのどこに不満がありましょう?」
「遠征なんてもんじゃない流浪の旅をすることに成るけどね。王都に戻れるか分からんよ」
「……任務ですから」
クロノス王国の騎士は、王都の警備隊と軍を合わせたような組織だ。
有事の際には地方に出兵することもあるが、食糧事情の比較的良い方のクロノスでは、領兵のような各街所属の兵隊が対処することが圧倒的に多い。
なので基本は3層以上の警備と訓練が主な業務で、遠征と言えば訓練か中央への遠征である。
彼女が想像していた仕事とは大きく違うだろう。
しかし……任務かぁ。この世界の人たちの、仕事への向き合い方ってどうなんだろうね。集合知はざっくりした情報であって、個人の内面は良く分からない。文書化されないような情報は割と弱いのだ。
職業とレベルで、国家に所属しなくても生きていける世界だ。騎士が嫌になったら、冒険者にでも成って国を出れば済む。
いつ投げ出しても、第二の人生が待っているような状況で、どこまでその言葉に重みがあるのだろうか。
「……もしお許しいただけるなら、母や祖父母には説明させていただきたいと思いますが」
しばらく目を泳がせた後、バーバラさんはそう切り出した。
「ああ、それは別に特務と言うわけじゃ無いから良いんじゃないかな。国を出るってくらいは説明したほうが良いと思うし。反対はされない?」
「私が騎士に成るのは母の願いでもありますから。その任務であれば納得してくれると思います」
「親族の方はこの王都に住んでるんだよね?」
「はい。たまに帰っていましたよ。母と、母方の祖父母、それに妹が一人おります」
「お爺さんは機械技師だっけ」
「そうですね。母も細工職人で、妹もそちらに進んでいます」
バーバラさんのお父さんは、地方から出てきた冒険者だったらしい。
その血を受け継いで戦闘職に就いたのはバーバラさんだけで、母方は職人の家系なんだそうな。
「……王都に居るなら、俺も挨拶に行くべきか?」
「従者の家族に挨拶に行く主は、聞いたことが有りません」
まぁ、そりゃそうだろう。
「私が連れて行くと絶対微妙な空気に成るので、それは止めましょう」
「……了解」
想像して、『せやな』と言う感想しか浮かばなかった。
未婚で年頃の女性の親族にご挨拶、しかも一緒に旅をするとかね。そう言う風にしか取られねえよな。
「しかし、そうなるとちゃんとレベル上げをしたほうが良いかな」
動けばトラブルに巻き込まれる雰囲気があるし、装備も含めて要件等だ。アーニャの装備も準備中だし、明日辺りはその時間に費やすか。
「騎士団って、支給装備あるよね?」
「はい。装備にばらつきが出ると運用に支障が出るという事で、特に防具などは支給品が在りますね」
「じゃあ、男爵にお願いを出して、それから武器を中心に装備の検討をしよう」
「……お世話になります」
アインス男爵に従者の件、了解の連絡を入れる。
タリアとアーニャに説明すると、二人とも快く了承してくれた。なんだかんだ、この3人はよく話をしているようだったし、まぁ問題は無いだろう。
……男一人で肩身の狭いことに成らない事を祈ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます