第147話 装軌車両で遠征してみた
「すっげぇー!はやーい!」
メルカバーの後部座席で、子供たちのはしゃぎ声が聞こえる。
「窓は開くけど。危ないから顔は出さないようにね」
グレイビアードの魔術師レンジとをリーダーとした新人冒険者パーティー・
お披露目から更に2日後、改修を終えたメルカバーに乗って、ミラージュに連れ去られた子供がいるという村へ向かっている最中だ。
「最後の宿営地が見えました」
「んじゃ、村まではあと……1時間はかからないな」
現在助手席に座っているのはレンジ。
「歩いて2日かかる距離を、3時間掛からずに走破出来るのは怖いくらいの速さですね」
「道が通ってるからねぇ」
この世界の街道は、魔物との戦闘や荷馬車のすれ違いを考慮しているためそれなりに広い。
王都周辺は街道なら5メートル幅、街道から逸れた所にある村でも3~4メートル幅の道路が通じている。
ちょっと外れたら崖と言うわけでも無いので、走る分には問題ない。
「あ、前方に魔物らしき一団が見えます。3体いますね。どうします?」
「ん、このまま撥ねても大丈夫そうだけど、ビットを出すか。
後部格納庫の蓋が開いて、ビットが飛び出していく。
「ギャギャ!?」
飛んでくるドローン・ビットに首を傾げた3匹のゴブリン
「……便利ですね」
格納庫へ戻っていくビットを見ながら、レンジ少年はため息交じりにそう呟いた。
「便利そうに見えるけど、今の流れ、実は全部手動だからね」
いくら並行思考で操作できるとは言え、やってる当人としては思った以上にスタイリッシュさが無い。
「少し先に大岩です。迂回するように道が曲がってます」
「ん、速度落とす。後ろ、注意してな」
「「は~い」」
こんなやり取りを挟みながら車両は進み続ける。本格的な長距離走行の試運転としてはぼちぼちだ。
そうして走る事約1時間。出発当初の想定より大幅に早く、目的の村まで着くことが出来た。
「なっ!何だこれは!」
村の見張りは飛び出してきたけど、とりあえず細かいことは気にしない。
村長への面会を取り付けて、件の子供の安否を確認できればそれで万事解決だ。
「バーバラさん?どうしました?」
「……いえ、私はここに残ります。誰かがこれを見ていた方が良いでしょう?」
村の門を通れなかったため、壁に横付けされたメルカバーを見ながら、バーバラさんは残ると言った。
村長のスキルの効果範囲のはずだから大丈夫だと思うのだけど……まあ、良いか。
「分かりました。さくっと済むなら済ませて、日帰りにします。すまないなら予定通り一泊にするので、バラして村の中へ運ぶまでお願いします」
予定では昼過ぎくらいに成る想定であったが、実際にはまだ昼前。
今のメルカバーの性能でも、二日分の距離を1日で往復できることに成る。給水の問題はあるが、移動速度は徒歩の4倍から5倍だ。スムーズに進めば今日中に王都に帰れる。
「はい」
バーバラさんを残して村へ。
村長は気の良い人で、突然の来訪にもかかわらず対応してくれた。つけている記章と肩書にビビっただけかもしれん。
子供との面会も無事に完了。健康状態も問題無し。
子供たちが遊んでいる間に、養父母の話も軽く聞いて、ついでに村人の健康診断と治療を実施。噂話を仕入れたが、特に問題はなさそうだ。
その日のうちに帰るか迷ったが、子供たちがもう少し滞在したそうだったので村にお世話になることにする。宿もあるが、村長が来客として部屋を貸してくれるらしい。ラッキーだ。
夕方を待たずしてやることが無くなったので、メルカバ―を3つに解体して、村の中へ運び込みアーニャと二人で点検をしていると、バーバラさんがやってきた。
「……私も、手伝わせてもらえませんか?」
「ん?良いですけど、分かりませんよね?」
「はい。ですが、これを見ていると……こう、どうしても自らの手で触れてみたくなるんです」
「……ドワーフの血ですか?」
「どうでしょう?」
紙に書きだしたマニュアルのチェック項目を二人で確認していく。
話を聴いているバーバラさんはいつになく真剣だ。彼女もたまにトレーニングと称して模擬戦をしたり、|行軍<マーチ>の定着のためのランニングはしているが、どの時よりも真剣さが感じられる。
「バーバラさんは、どうしてアインス男爵の私兵に?」
彼女の立場は、男爵が個人的に雇用している使用人だ。前職が魔導士で、今は格闘家。職業を見れば、メイドと言うより私兵だろう。
知っていることはそれくらいしかない。
「……私の父が、凪の平原を平定したときに男爵様のお父様と共に戦った戦士の一人でした」
「二十数年前の?」
「はい。男爵のお父様よりは
「ああ、なるほどね」
1次職で騎士団に所属しているのはほぼ貴族だ。
この感じだと、お父さんは結構な功労者だったのだろう。平民が騎士団に入るなら
子供に能力があって初めて実現する話だけど。
「……と、言っても、父は私が小さいころに戦いの中で死んで、あまり覚えていないんですけどね。私の父は、王都で機械技師をしている祖父だと思っています」
凪の平原を平定した後も、10年くらいは魔物たちの活動が活発だったらしい。
バーバラさんのお父さんは、前アインス子爵に使えていて、単身赴任のような形でアインスの防衛隊に居たらしい。まだ街の防衛機能が十分じゃなかった時期に、魔物との戦いの中で命を落とした。
男爵家に努めることに成ったのは、その功労者としての褒賞の意味が強いという。
「……歯車は良いですね。私の祖父は時計技師で、王都の大時計のメンテナンスもしているんですよ」
「へぇ、そいつは凄いですね」
「ええ。ほんとうに。私は父の才能ばかり受け継いだので、育ててくれた祖父の血は引かなかったみたいですけど」
「素質が無かった?」
「……はい。才能はその人の経験でも決まるらしいですね。私は、父から受け継いだ格闘家の才と、祖母から受け継いだ魔導士の才、つまり血の才しかありませんでした。あ、魔術の才とか、技術の才とかは別ですけどね」
「……職業適性なんて半分飾りですよ」
「そう言うのはワタルさんくらいですよ。患者さんたちに
素質に記載されていない職業に成るのは珍しい。
素質は成長度依存なのでステータスやスキルに大きな差があるわけでは無いのだが、それでもほとんどの人は自分の素質の中から職業を決めるからな。
問答無用で
「まあ、才がある方がレベルが上がりやすいようですしね。1次職なんて、封魔弾が量産された暁にはただの作業ですよ。……バーバラさんもします?レベル上げ。ちゃっちゃっと騎士団に就職できるかもしれませんよ」
「……いえ、それは自分でやります」
バーバラさんはパワーレベリング否定派だからなぁ。
まあ、人の考え方は人それぞれ。実際、実戦経験を積みながらレベルを上げたほうが強いのは間違いないのだ。そこは好きにすればいい。
「さて、こっちは一通り点検終わりですかね」
摩耗は見られるものの、想定の範囲内。前回と違って破損も無い。
アーニャが点検していた残りのパーツも問題ないようだ。
「……ありがとうございました。やはり、この機械はすばらしいですね」
そう言って頭を下げると、バーバラさんは去っていった。
ふむ……何か思うところは在りそうだが……まあ、他人の内心に深入りするのは俺のやり方に反するな。
機械が在ったら男爵に探りだけ入れてみよう。
メルカバーでの遠征は無事に完了し、翌日の夕方には王都へ帰り着いたのだった。
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