第146話 装軌車両メルカバー

装軌車両メルカバー――命名アーニャ。おとぎ話に出てくる神様の乗り物らしい――の最初の起動からさらに数日。分解した車両を王都郊外に運び、これから関係者へのお披露目会を開催する。

仮止めだけのパーツを分解して、郊外で組み立てた。実はMPが成長しているため、ギリギリ収納空間インベントリに入りきるかもしれないくらいの重量に収まったのだが、まあ、丸ッと運ぶことは無いだろう。


「大きい、それに不思議な形だな」


こういう時引っ張り出されるのはアインス男爵である。

それに冒険者ギルドの副ギルド長のドンケル氏、男爵の護衛を兼ねたバーバラさん、タリアとアーニャ、それに商会代理人であるジェネ―ルさんの6名が参加者。

場所は王都の郊外ではあるが、街道からは外れており、休耕地であるため周囲に人影はない。


「これが馬に引かれる訳でもなくひとりでに動くというのか」


ドンケル氏は技術者としての面もあるらしく、興味深げにメルカバーの周囲を観察して回っている。


「さて、今日は新作の錬金・エンチャント・人形の混合機械である、装軌車両メルカバーのお披露目にお集まりいただきありがとうございます。まずは本車輛の走行試験を行いますので、皆さま少し離れてご観覧ください」


そう伝えると運転席に乗り込む。

メルカバーの外見は、正面から見るとおにぎり型の過度の丸い三角形。側面から見ると、おにぎりの広報部に短い円筒が突き出た形状をしている。おにぎりの頭頂部には円形の突起が付いており、2枚の板がそこから後方に延びている。


運転席ののベースは購入した馬車の行者席である。錬金術で作ったガラスをフードとして被せてあり、耐久力向上と盾がエンチャントされている。密閉タイプなので冬の寒さも安心だ。

運転席の背部は元は馬車の客室であるが、前面部はくりぬいてガラスをはめ、開閉可能なドアとしてある。必要になる可能性を考慮して、走行中でも客室から運転席側に出てこれる仕様に成っている。そのおかげで運転席は右寄りだが、まぁ、車っぽくて良いだろう。免許持ってないけどね。


基本的には履帯で走行する車輛だが、日本人が見て真っ先に思い浮かべるのはヘリコプターだろう。その想像通り、踏破出来ない荒地を走行するために短時間の飛行機能も備えている。

しかしまぁ、まずは通常走行だ。


「錬金窯再点火。内圧臨界までおよそ30秒。……20……10…3、2、1、臨界到達を確認。タービンへの上記供給を開始。タービン起動を確認」


作ったマニュアルに従って計器をチェックしていく。

俺の作った物は出来る限りを紹介に引き着いて、王国に供給するつもりで居る。この装軌車両もそうだし、設計図、必要なスキル、原理、それに操作マニュアルなんかもまとめてある。雰囲気も大事だし、せっかく作ったのだから気分出していこう。


「ギアレバー、固定を確認。タービン回転数良し。前方良し。装軌車両メルカバー発信」


操作レバーを前方に倒すとギアが接触し、機体が揺らぐ。一瞬の間ののち、ゆっくりと前進を始めた。


「計器異常なし。魔力供給異常なし。よし、まずは再組立て問題無しっと」


メルカバーの操作は比較的シンプル。左右の無限軌道を操作する2本のレバーと、2本レバーの固定、非固定を決めるペダルのみだ。

ギアの保持機構が非常に適当なので、レバーを奥に倒している間だけ高回転のギアに入る仕組みに成っており、レバーを話すと圧力に負けてローへと戻っていく仕組み。STRが無ければとても運転できない。

また、二本のレバーがどの位置にあるかで左右の車輪の回転数が変わるため、直進するにはこれを揃えなければならない。ちょっとでもずれると逸れていくので、ペダル式の固定機能だけはつけた形だ。


「それではまずは直進モード。固定ペダルOK。かぁ、加速だ」


ペダルを踏んで両レバーを固定し、奥に倒すと徐々に速度が上がっていく。

……まだまだレバーが重いなぁ。俺なら操作できるが、タリアやアーニャじゃ運転は難しいだろう。

ぐっと押し込むと一段と速度が上がる。振動は問題なし。音も各振動部を小音化を施したカバーで覆ったおかげで気に成る程ではない。


最高回転のギアまで速度を上げる。圧力は……問題無し。

速度は……速度計は無いから分からんな。車輪の回転数を速度に置き換える装置が欲しい。どうやって作るのか、皆目見当もつかないけど。視点が高いせいもあって、そんなに早いように見えない。

サイドミラーくらい必要か、どれくらいみんなと離れたか分からんな。


「とりあえず、本番、旋回行ってみますか」


曲がるためには両輪の回転数に差を出して、速度差を生み出すしかない。

最高速でいきなり曲がるなんてアホなことはしないので、ギアを中間速くらいに落としてから更に左回転のため、左ギアだけを緩める。

ゆっくりと車体が左に旋回していく。よし、思い通りのコントロールできている。


この辺の操作は、実はレバーを通じて人形操作を使えば行うことが出来る。しかしまあ、MPを消費してしまうのでレバーで操作するほうが効率が良い。


ぐるっと少し大回りして最初の位置に。……と思ったがかなりずれた。

しまったな、この車両ブレーキが無い。ええっと、こういう場合は……片側ギアを解放。さらにリーバースに入れてその場回転して……よし、解放。

ギアを落としてもすぐには止まらない。ブレーキ機構は必要かな?でもかみ合った状態で車輪を止めたらギアが死ぬよね。自動車はどうなっているだろう。


とにかく止まったので、知らない事を考えるのは良そう。最悪人形操作で止まれる。

走行時間は……5分ほどかな。地面の後を見ると、それなりの距離を走って居そうだ。

心配していた振動も、吊り下げ式の3軸振動軽減機のおかげでそれほどでもない。MPもほぼ消費しないし、俺たちが使う分には実用レベルに達している。


「いかがでしたか?」


アインス男爵に問いかける。

だいたいの動きを把握していたタリアとアーニャはともかく、ほかの4人は皆圧倒されたように惚けている。


「……ああ……これは……凄いな。どれほどMPを使うのだ?」


「今の5分の走行で2点ほどでしょうか。自然回復コミですが」


加熱ヒートは基本的に永続付与によって発動している。永続付与は周囲の魔素を利用してMPの代替のようなことが可能なため、その効果を発揮している間はかなりコストが安い。

今回のこの車両に行って射る付与だと、連続で8時間ほどは今の効率で走行できるはずだ。


「……たったそれだけか」


「エンチャントで効率化していますし、動力は後部に備え付けたタービンです。タンクに水が必要ですが、後は錬金術師のスキル、加熱ヒートで錬金窯を加熱して水を温め、水蒸気に膨れ上がった時の圧力をタービンで受けて推進力に変えています」


蒸気機関車などはピストン式と言う知識はあったが、構造が分からなかかった。なのでこの車両は蒸気を羽根で受けて回すタービン式に成っている。


「分からぬ技術も多いが……それは後で研究所が解析するのだろう。とりあえず、乗ってみたいのだが?」


「その前に飛行試験を行います」


「……飛ぶのか!?」


「ええ、飛びます。街道でさえ、こんな整地された地形ではないですからね」


アインスから王都に来る間にも、ギリギリ荷馬車が通れるような険しい道は往々にしてあった。

不整地走行に向く無限軌道でも、沼地や岩場などを走行するのは危険がつきものだ。それに、国境付近は整備の行き届いていないルートもある。


「飛ぶ方はスキル頼みですけどね。人形操作ドール・マニュピレイト


スキルを発動し、車両の操作を開始する。いくら俺でも初飛行で棺桶に成るかもしれない物に乗る気は無い。

プロペラ展開。動力連結を車輪から推進装置に変更。よし、動かせる。


「今回、飛行システムは人形操作ドール・マニュピレイトで上部プロペラを回して浮遊する機構と、ダービンからもらった回転エネルギーで側部プロペラを回して推進力に変える推進機構の2つで構成しました」


動力をメインのプロペラに供給しようとすると、機構が複雑すぎてできなかった。

なのでこの飛行システムは人力飛行である。INTがかなり高くないと飛ばすことは難しい。INT極振りの2次職後半で行けるか?と言ったくらいだろうか。

浮遊用プロペラは、車体の倍近くのある4枚羽根。もう少し軽量化をしてコンパクトにしたいところだけれど、今の俺の知識じゃこれが限界。そもそも不整地ではまった時の脱出用機構なので、多用する予定はない。


人形操作ドール・マニュピレイトで回転数を上げていく。結構力が必要だが、ビットを改造して作った模型では、そこまで回転数は不要な計算だ。錬金術のスキルはスクラップ&ビルドにとても向いているし、人形操作ドール・マニュピレイトはとりあえず動かすに最適。このへんのスキルの使いやすさが無ければ、準備を始めてから10日足らずで起動までこぎつけなかっただろう。


回転数が一定以上に達したところで、機体がふわりと浮く。一気に上昇し、そして下降に転じるところで更に回転数を上げで高度維持。ジャイロによる姿勢維持が効いてるな。つけてよかった。

推進用プロペラに動力を接続。ん~……風に流される方が速い。最大速度まで加速。……人が歩くよりはちょっと早い、くらいが最大速度か。推進用のプロペラはジェットエンジンのように外側をフレームで保護して在って径が小さい。あまり強力な推進力にはならんな。ドローンの方が速い。


機体を傾けて飛ぶのが怖すぎて止めたから、まぁ仕方ないか。

飛行機としての速度が欲しかったら、揚力を得られる主翼を付けるべきだしな。今だと上部に竹とんぼが生えた耳付のおにぎりが浮いている感じで、とてもじゃないけど高速移動できるようには見えない。


ぐるっと周囲を回ってから地面に卸す。着地が一番難しい。

慎重に行ったつもりだけど、結構な音がした、壊れてないか、帰ったらチェックだ。


「ふぅ……飛行は、俺が操作して5秒でMP1くらいは使いますね。速度も遅いし、やはり脱出用です」


MPが万全の状態でも3時間は飛べないな。操作できそうな魔術師系2次職だと、レベル40台でも2時間は飛べないだろう。


「……原理は分からぬが、飛べるなら加速も出来るのではないか」


ドンケル氏が興味深そうに聞いて来る。


「試行錯誤を行えば出来ると思いますよ。俺が作ったのはあくまで自分が使うようなので、後は設計図と原理のメモを見ながら改良すると良いと思います」


「ギルド……では予算が付かぬな。個人的に当たってみるか」


「いや、それもまずい。これはまず王国の研究機関だ。宰相殿に伺いを立てねば。……ワタルよ、やはり旅立つのは延期できぬか?」


「そのつもりはないですね。子供を連れ去った商人も探さなければいけませんし」


商会の手続きも終わっているので、後はアーニャの手続きが終われば王都を出発できる。

例年なら、そろそろ雪がぱらぱらと振り出す時期だ。追いかける予定の商人は、クロノスを出ているかもしれない。


「地上走行、飛行に関しては模型を献上しますから、そっちで我慢してください。模型の方なら、INTが高くなくても飛ばせますから。さあ、次は予定通り乗車会を行いましょう」


全員を乗せての走行も問題なくこなせた。揺れが思いのほか小さいと、そちらも好評だった。馬車が酷いからな。

帰ってばらしてみた所、地上走行用の一部のパーツには摩耗や亀裂が見られたので、これは改良が必要だろう。浮遊機構の方はシンプルなので丈夫だな。

さて、仕上げの改良をしてしまおう。

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