第137話 加熱器と保冷庫と危険な代理人
テーブルの上に新しく作った小型保冷庫と、改良した松明式加熱器を並べる。
小型保冷庫は幅30センチ、高さ50センチくらいの小さなものだ。飲み物などを冷やす用に作成した試作品。
松明式加熱器は、動作確認のための
「これはMPを使って物を温める簡易カマドです。
コンロの上にフライパンを置き、その上にハンバーグ種を並べて蓋をする。今日のために準備してきた。
「どうぞ。その色の違う部分が起動場所です。触れればMPを吸収して、加熱が始まります」
恐る恐る
しばらくするとジュウジュウという音と共に、肉が焼ける臭いが部屋の中に漂い始める。
「MP10で1サイクル10分稼働します。最高温度は薪より低いですが、湯を沸かす、肉を焼くなどは問題ありません」
今置いてるフライパンだと、焼け始めるまでに一、二分かかる。
「連続12サイクルまでは稼働可能です。周囲の魔素を自然回収して、6時間でまた12サイクル連続稼働が可能になります。加熱される空間は厚さ1ミリなので置いてある状態で使うことを前提ですね」
フライ返しで肉をひっくり返し、水を注いで後は蒸し焼きに。ハンバーグ種は常温なので、蒸し焼きにすれば後は余熱で火が通るはずだ。
「これは……火を焚いているわけでは無い?」
「
今度は保冷庫の方に目を向けてもらう。
「こちらは箱の中を水が凍る直前の温度くらいまで冷却するための箱です。既に稼働していますので、中を開けてみてください」
上開きの箱を開けると、ひんやりとした空気が湯気のように登立つ。
中には冷却済みのワインが2瓶入っている。
「
「……そっちは初めて見るのだが?」
「昨日作ってみました。冬場は需要が無いかなぁと思っていたのですが一応。こちらはこのサイズなら一度冷え切ればMP5ほどで24時間は温度を維持できます。もっと大きいサイズも作れますが、初動のMP消費が大きくないりますね」
男爵のため息をよそに、もう一つの冷却庫を出して、冷えたアルミ製ゴブレットにワインを注ぐ。
焼きあがった肉を皿に盛り、ナイフとフォークを添えてテーブルに並べる。味付けはシンプルに塩コショウだ。味見をするが、うん、問題ない。
「どうぞ。お三方も食べます?」
「毒見役が居らんから無理だ」
「私はいただきます」
「俺も食うぞ。いまさらだ」
さすがにアインス男爵は口に運ぶのは躊躇われるとのこと。
エコー士爵は準貴族なので、そう言うのはあまり気を使う必要は無いらしい。肉の焼ける臭いには勝てぬとぼやく。
「……っ!」
「しっかり肉の味がするのに軟らかい!野性味あふれる味だが、コショウを使っているのか!中々に贅沢だ!」
「いつものスープも旨いがこちらは食べ応えがあっていいな。それに冷たい赤ワインが合う!」
三者三様、驚きの声を上げる。
エコー士爵は美食家ですかね? 国内では生産量が少ない胡椒は、買えなくは無いが高級品だ。
「と、こんな感じでお手軽にどこでも調理、と言うのもコンロの魅力ですが……これが普及した場合、何が起きるでしょうね? ドーレさん」
商会を作ったほうが良い理由がこの先にある。
「……コンロの方、燃料問題は王都では永遠の課題だ。その解決の糸口に成る。値段にもよるが、飲食店や大きな商家、貴族たちは間違いなく導入するだろう。貴重な薪を冬の暖房に回すことができるようになる」
固定人口で30万人以上が住むとされる王都では、燃料は常に不足気味で問題を抱えている。
クロノスは北国のため、冬場は暖房に薪が欠かせない。飲食にも薪は消費されるので、その片方を魔力で賄えるなら、燃料に余裕が出ることに成る。
「……それに原理からすると暖房そのものにも利用可能か?」
「よくお気づきで。調整は必要でしょうが、室内暖房機は作成可能でしょう」
軽い風邪を起こす魔術がないのでエアコンのようなものは作れないのだが、直接近くで温まるヒーターくらいなら作れる。
「保冷庫の方もそのままでも売れそうだが、サイズを大きくすれば食料保存や輸送にも使えるか。
「もっと低い温度にすれば、そのまま保存も可能ですよ。4層にある大温室の寒い番が作れます」
王都の4層には、南方の野菜や果物を清算するためのガラス温室が存在する。
常時氷室のような部屋を作れば、清算した生鮮食品を冷凍保存することが可能になる。
「……製品もそうだが、そもそも使われているアイデアが革新的だ。そして王都の抱える問題に一致している」
「これを何台か適当に作って配って置いていくつもりだったんですが」
「ばかなっ!コンロの方だけでも、複製品を作ろうとする商人貴族と、燃料を扱う商人貴族の間で抗争が起きるぞ!」
「と、男爵にも指摘を受けましたよ」
ヒンメルでは塩と薪を扱う商家や貴族が昔から強い力を持っている。次いで保存の訊く食料品や水だ。
このうち塩と水は王家の管理となっていて、扱っているのは王家から委任された商人や貴族であるので、そこは陛下の胸先3寸でどうにでもなる。が、燃料はそうはいかない。
取り扱いを間違うと、やばい人数の死人が出ることに成るとくぎを刺された。
「燃料問題は行政としても頭の痛い話です。毎年凍死者が出ていますから、何とかしたい処。薪の価格が下がるなら、ぜひ量産をしてほしいですね」
エコー士爵はコンロを見て話に乗った。駆け出しの商人に扱わせて、潰されでもしたら目も当てられない。
「製作に必要な主素材は、このコンロだと人造の15%魔鉄合金が100グラムほどです。これは
「……それでは価格が上がりすぎるのではないか?」
「今のところは、ですよ。封魔弾の量産されると、1次職の50レベル到達はギルドの研修レベルに成るでしょう。つまり、
最も確実なのは賢者だが、
「そもそも、俺はそんなに儲けるつもりは無いんです。金はあっても困りませんが、在りすぎても使い道が無い。いくら金を積んだって、中央で戦う事はおろか、四魔将を狩ろうって奴も居ないんですから。なので、ぼちぼちの所で利益を上げて、地区や国の発展に還元してくれた方が望ましいです」
「その上手い事の調整を、私にやれという事ですな」
「ええ、その通りです。コンロと保冷庫以外にも商材が在ります。さっき食べた肉のレシピなんかも商材です。ぶっちゃけ忙しいと思いますが、やりませんか?」
「当然だが、当家から監視の者はつけさせてもらう。真偽官のチェックも、顔役の時より頻度を上げて厳しく行う。裁量はあるが、不正は出来ん。心得よ」
「……危険手当は出るんでしょうな?」
しばらくの沈黙の後、ドーレさんはため息をついてそう聞いた。
分かってるじゃあないか。代表の俺は武闘派で実経営に関わらない状態だと、最も危険で重要人物は商会長代理となるドーレさんだ。犯罪まがいの嫌がらせくらいは受けるだろうし、根回しに失敗すると暗殺者の一人や二人送り込まれてもおかしくない。
「利益の1割が取り分です。最低期間は10年。頑張ればその分懐に入りますよ」
後援となるアインス男爵家が2割。5割は新製品の開発、および人材育成に当てて、俺と副代表予定のタリアに1割づつ。それ以外はすべて経費となる予定である。
「……わかりました。どうせ断っても都で商売は出来ぬ身だ。引き受けましょう」
よっしゃ!商人確保!これで商会の件は丸投げできる!
「男爵閣下、良いですかね?」
最終決定は当然、後援となるアインス男爵が判断する。責任丸投~げの術だ。
「ああ。仕方ないな。……イバイヤ・ドーレよ」
「はい」
「おまえの罪は簡単に許されるものではない。献身的に働き、汚名を返上せよ。……それはそれとして、イバイヤ・ドーレの名は悪名が過ぎる。これからはジェネ―ル・トレコーポと名乗るが良い」
「っ!ありがたきお言葉。謹んで拝命いたします」
こうして、俺の周りにまた偽名仲間が増えたのであった。
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あとがきと言う名の捕捉
全開から名前が出て再登場のエコー士爵。ワタルに受勲を提示されていた騎士爵の準貴族になります。
クロノス王国で国に直接雇用されている貴族以外の役人は、戦闘員でなくても全員この騎士爵持ちです。
領兵や憲兵は、彼らの組織を統括する貴族が雇用する形に成っており、準貴族とは限りません。
なのでクロノスでは騎士爵なんて名前ですが、文官の方が圧倒的に多くなっています。
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