第136話 元顔役を勧誘した
「やぁやぁ、お久しぶりですドーレさん。少し痩せてスッキリしました?健康的な生活を送れているからですかね?」
「ワタル・リタァァァナァァァッ!キサマ、何しにここに来たっ!」
「嫌だなぁ、そんな怨敵を見つけたように叫ばないでくださいよ。皆驚いてますよ」
「驚いているのは貴殿のその無神経さにだ」
アインス男爵が冷静にツッコミを入れる。無神経とは失礼な。せっかく場を和ませようとフレンドリーに振舞っているのに。
コーウェンさんと商会の話をした翌々日。
俺はアインス男爵、今回の件をまとめている行政官のエコー士爵、顔役のコーウェンさんの3人を連れ立って、ドーレさんが軟禁されている屋敷にやって来ていた。
「まぁ、落ち着いて座りましょう。まずは行政官殿からお話があるそうなので」
「この状況で落ち着けるのも大概だと思うがな。……イバイヤ・ドーレ。座れ」
こちらをにらみながらも、しぶしぶソファに腰を下ろす。
行政官殿がドーレさんの正面。男爵と俺は別のソファーに陣取らせてもらう。コーウェンさんは腰を下ろすつもりはなさそうだ。
「さて、まずは確認だ。イバイヤ・ドーレ。貴殿には顔役としての職務怠慢、それによる誘拐・人心売買事件の誘発、および犯人グループへの暗黙の協力の罪が言い渡されている。どれも王国法に直接抵触するものでは無いが、顔役就任時の契約に基づき、行政として過料を科す。既に言い渡している顔役の罷免、私財の没収、貴殿の不動産・金融商取引許可の取り消し。今後10年間、貴殿が代表を務める商会の王都での取引禁止。以上だ」
「っ!10年は長すぎるっ!」
「ほう助罪を適用して縛り首でも私は構わないのだがな」
「っ!?」
「過料で済むことには、そこの男に感謝するんだな。相手組織の手口から、厳罰に処すと関係者が増えすぎると進言したのは、貴殿がにらみつけた特使殿だぞ」
ドーレさんが目を丸くしてこちらを見るので、サムアップしておく。
あ、すごく嫌な顔された。
「一応、私財の没収には1万Gの免責もある。貴殿の商会関係者の調査がようやく完了したので、後は資産を競売に掛け、商会としては解散することに成る。従業員は解雇だな」
ドーレ商会の従業員や、この屋敷で働いていた人たちも軒並み解雇。
一般職ギルドを頼ることに成るだろうが、たくわえが無ければすぐ路頭に迷うことに成りかねない。
「逆に、調査が終わったので明日にでもここを出て行ってもらうことに成る。屋敷も競売の対象だからな。一応、免責対象で物で持って行きたいものがあれば申し出は受け付ける。引き渡しには時間を要するので、余り勧めはしない。普通ならな」
「……どういった意味で?」
「王都で商売できなくなった商人が、居続ける理由も無かろう?行政としては過料だが、住人感情を考えればたたき出されるくらいは覚悟すべきだ。……まぁ、そんな話はどうでもいい。私からは以上だ」
はぁ、とため息をついてエコー士爵はこちらに視線を送る。おっと、始めて良いのかな?
「それでは僭越ながら私から良いですか?」
分かってる関係者は、もう好きにしろという目で見てくる。
「ドーレさん」
「……なんだ?」
「うちで働きません?」
「……………………は?」
長い長い間を置いた後、ひねり出されたセリフは一文字だった。
「ちょっと適当に作った物を売るのに、商会を立てる必要がありそうなんですよ。でも、俺はしばらくしたら王都を離れますし、商会の運営をしてくれる人材が必要でしてね。私の代理人やりません?」
「……え?……はぁ……え?」
こちらでは無く、左右後ろの3人を見て目をぱちくりさせている。
その三人は眉間にしわを寄せて、思い思いに頭を抱えている。面白いね。
「……お前……いや、リターナーさんは……騎士団の捜査員では無いので?」
「違いますよ」
「このような胡散臭い調査員が居てたまるか」
「胡散臭いとは失礼な。受勲していれば部下でしたでしょうに」
「部下に成らなくて良かったとは心底思っているよ。私には貴殿は扱いきれなさそうだ」
酷い言われようだな。
「ちょっと
「それで私を雇おうと?」
「ええ。前にお話した通り、私はしばらくしたら中央大陸に向かうつもりです。なので、王国で代わりに商会を運営してくれる代理人が必要です」
「……正気ですか?」
こちらでは無く、左右を見て問いかけるのではないよ。
「行政処分で誰かが貴方を雇用することは止められません。事件の内容は知れ渡っていますから、雇う人は居ないと思っていましたがね」
エコー士爵はこの話をした際、アインス男爵よりこちらの正気を疑ってきた。
今回の事件で一番立場が怪しかったのはエコー士爵だからな。場合によっては監督不行き届きで準貴族の地位を罷免されていてもおかしくなかった。
そんな原因の男を、わざわざ足元で働かそうなどというのは正気の沙汰では無いのだろう。
「商会は私の家と、アインス子爵家が後援となる。脛に傷のある男を採用する理由は無いのだが、残念なことに他に良い当てがない。こいつが代表として働かないつもりだからな。そうなると、経験の少ない若手に任せられる案件ではない」
アインス男爵は武官なので、商会との取引はあるものの、有力な人材を集められる当てがなかった。
どこかの商会から引きにこうにも、任せられる人物に心当たりは無い。それに元の商会に飲み込まれるリスクがあり、中途半端な人物には頼めないと判断した。
「このままお前を王都から追い出しても、顔役をゆずった俺の顔には泥を塗られたままだ。働いて汚名を雪ぐことが出来るなら、それに越したことは無い」
コーウェンさんも渋い顔だったが、直接の被害者ではないので心情的にはちょっと悪いくらい。
だが商人としての能力は分かって居るので、使える人間が居ないなら選択肢としては悪くないとの判断だった。もちろん、アインス男爵家が十分に監督するという条件ではあるが。
「ちなみに、最大の被害者であるグレイビアード孤児院の皆さんは『地面に頭をこすりつけるなら踏みつけてお目こぼしをくれてやる』と言っていたので、まぁ青あざが10個20個出来るくらいで済むでしょう。新院長が治療してくれますから安い物です」
この話をした際、アーニャの反応は『マジでどんな手でも使うんだな』と言うひきつった笑顔だった。
「真偽官の調査で問題なしと判断された、元ドーレ商会の職員も合わせて雇用しますよ。その方がやりやすいでしょう。仕事としては、商会の立ち上げ手続き、私が開発した製品の権利や生産管理、今始めたアース健康増進軒の運営、あとは、コーウェンさんに協力して地区の発展を援助するくらいですかね」
今、ドーレさんは頭の中で目まぐるしく情報を整理しているのだろう。
商会の代理人、代表が居ないのであれば、実質代表と言っていい。男爵家からの監視は厳しい物であろうが、少なくとも身一つで王都をたたき出されるよりは再起の可能性はある。そんなところか。
「……分からん。私に話を持ってくるメリットが無い。貴族家の公園があるなら、縁の有る者を育てても十分だろう?私が代理人に立てば、取引に支障すらあるだろう。理由が分からん」
「理由は在りますよ。利に聡い方です?実際に商品を見せたほうが早いですかね」
さて、商品の売り込みをしましょうかね。
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