第138話 新人訓練・アーニャの場合

「さて、アーニャに鍛えてくれと言われたが、実際の所どうしようか」


リタさんの2次職へのレベル上げを予定していたその日の朝、朝食のスクランブルトーストをぱくつきながら、タリアと二人で方針を相談する。


「いつも便利な集合知先生とやらは?」


「未成人の訓練記録なんかは無いね。技術的な継承はされるから、騎士ごっことかで技を磨く、と言うのは定番らしいけど」


「修練理解の腕輪を付けて素振りかしら?」


「その辺は当然やるんだけど地味すぎるんだよね。風属性魔術と無属性魔術の詠唱取得はするとしても、MPが低くてほとんど覚えるのが厳しい。アーニャは適性の組み合わせは珍しいけど、職業自体はそこまでレアじゃないから、画期的な何かブレイクスルーを考えておかないと」


そもそもDEXが高いので、技術的な練習はあまり意味が無い。

ステータスが足りている範囲の動きなら、軽い練習でこなせてしまうだろう。


「エンチャントアイテムで未成年でも定着するかを試すか。条件が緩いのは行軍マーチくらいだけど」


収納空間インベントリの定着を目指すか。試してないけど、永続付与オーラを使えば運搬者キャリア―に転職しなくても定着させられるかもしれん。ただ、MP9じゃ試行回数が何回に成るか……。


「……そう言えば、魔術って結局何なのかしら?」


そんな風に獣人少女の育成計画を立てていると、ふと、タリアが思い立ったように聞いてきた。


「何って?」


「ワタルの説明から、魔素を用いて現象を引き起こすのが魔術って理解しているのだけれど……それって、1000年だか前に神様が作ったシステムの話よね?」


「ん~……まぁそうかな」


それより前の魔術とされるものは、余り記録には残っていない。

ただ、魔法陣と呼ばれる文様や、様々な天然の薬剤を使った儀式的な物だったと考えられている。確か、3次職くらいには儀式魔術師なる職業があったはず。高位であまり情報が無い。現在居るのかも不明だ。


「私、精霊魔術士に成ってからずっと精霊とお話してるじゃない?それで話を聞いていると、精霊は1000年以上前から存在するらしいの。今ほど効率化された物じゃなかったけれど、精霊魔術の源流に近い者も、昔からあったって言ってた」


「……それ、どうやって聞いたの?」


「大地の精霊に年齢を訪ねた時にね」


なるほど。集合知で精霊について調べてみると、確かに今の職業システムが導入される以前から信仰されていたであろう情報が抽出された。エルフたちに伝わる伝承かな?


「それで、精霊魔術は、精霊に魔素への干渉をお願いして、いわば奇跡を起こすわけじゃない」


「そうだね」

いや

「でも、私たちも魔素へは干渉できるわよね。魔力操作や魔力感知。ワタルに言われたトレーニング法で、魔素とか魔力とか呼ばれている物を動かしたり、ステータスの効果を意図的に抑制したりできるようになっているわ。これって、ステータスを阻害する魔術を使っているのと同じよね?」


「……なるほど」


「魔力操作でそういう事が出来るのだとしたら、そもそも魔術ってなに?って、ちょっと思ったのよ」


「……タリアは聡明だな」


「なに?ほめても何も出ないわよ?」


「いや、俺もちゃんと考えたこと無かったなと」


そもそも、魔術ってなんだ? 定着ってなんだ?

そう言う根本的な部分はスルーして来たな。俺にとってこれらはツールでしかなかった。使えれば原理が分からなくても構わない、そういうものと認識していた。


「ん~……集合知には答えは無い。研究している人は居るみたい。……ほうほう」


「自分一人で情報漁って楽しまないで、説明してよ」


「失礼。魔力操作で体外の魔素を操作できるようになると、スキルを使わなくても魔術を発動できるらしい」


「……どういう事?」


「スキルを使う場合、頭の中でスイッチを入れるとか、気合を込めるとかそんな感じジャン」


「……そうね。料理人のスキルとか、使うぞっって思うと発動する感じだわ」


「その時に、実際には体の周りでは魔素の変動が起きていることに成るらしい。その魔素の変動を、魔力操作で再現してやると魔術として発動する……らしい」


「……松明トーチ……あんまり感じられる魔力の動きなんてないわよ?」


タリアが即行で光球を生み出す。こういうところ、俺に毒されてるなぁ。


「ああ、それはそうらしい。初心者ノービスのスキルは魔素の動きが複雑かつ繊細に作りこまれていて、これの魔力対流を感じるのは通常不可能、って誰かが論文書いたらしい。だからこの現象に気づかないのではないか、と」


初心者ノービススキルはMP消費なく発動する超絶奇跡らしい。

洗練され過ぎていて、今のつたない魔力操作レベルではまねできないと言われているな。言ってるの誰だ。


「例えば……除湿クリア・ミスト


スキルを発動すると、わずかに魔力の流れが感じられる。

・・・・・・なんだろう。このくっそ複雑な立体図形を一瞬だけ見せられた感じ。これを魔力操作で再現とか正気の沙汰じゃないぞ。


「……なるほど。面白いわね」


「なるほど?」


「スキルを使った瞬間、魔素が波打って、最後にそこに収束していたわ」


タリアはテーブルの上の、空になったゴブレットを指さす。


除湿クリア・ミストは空気中の水を取り除く魔術よね?最終的に除去された水分は、水気の多い所に排出されたんじゃないかしら


「……なるほど」


俺にはそこまでは追えなかった。


「タリアさん、魔力感知いくつよ?」


「最近3に上がったわ」


「追いつかれてる」


俺が分からなくてタリアが分かったという事は、集中力の差か。


「よく見て、それから想起リメンバー使って思い出しながら操作すれば、もしかしたら出来るんじゃない?」


「たしかに。良く思いつくな」


「伊達にほったらかされて独り言の王者になってないわよ?」


「……ごめん」


炊き出しが始まるまで、精霊との親交を深めつつ修練理解でトレーニング、と支持を出して放置だったからな。

数日に一回料理人に成って仕込みをしていたとはいえ、一緒に何かをやる機会が無かった。日中の話し相手はほぼ精霊さんだったので、旗から見ればひとりごとを延々つぶやく不思議少女だったであろう。


「しかし、いい質問だった。アーニャには無属性魔術の素質があるから、詠唱で魔弾マナ・バレット辺りを教えて、魔力操作と魔力感知でそれの再現を出来ないか挑戦してもらおう」


「難易度高くないかしら?」


想起リメンバーの腕輪を準備するから、後は当人の根気と、実際できるかどうかかな」


試行錯誤は必須だ。タリアも時間を見ては精霊と話して、空いている精霊魔術枠に効果的な魔術を作る試行錯誤をしている。うちのパーティーは試行錯誤必須だ。


「と、そんな課題を準備したんだけど」


「いや、そう言われても分かんねぇよ」


アーニャには困惑された。まぁ、そりゃそうだろう。

とりあえず詠唱魔術を覚えて、魔力操作と魔力感知をステータス欄に刻む所から始めないといけない。


「とりあえず|行軍<マーチ>の腕輪。修練理解の腕輪。STRとAGIを一時的に上げる腕輪も。さらにMPタンクの大きい方はアーニャが持って。こいつは余剰MPを300貯めるから、溢れやすいアーニャが持つのが一番効率良い」


「……わかった。肌身離さず守る」


恐る恐るエンチャントアイテムを受け取っていく。まあ、無くしたところで大したダメージは無い。


「無理をしなように。走った距離は歩数で覚える事。本格的なトレーニングはコーウェンさんの体調回復と、商会のめどが立った後に始めるから、それまでは一人で地道なトレーニングになるけど、大丈夫か?」


「ああ、これぐらい簡単に片づけてやるさ」


元気のよいのは良いことだ。

形に成ったら儲けもの。最初は地道なトレーニングから始めましょう。

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