第127話 穏やかなる開発時間

慌ただしかった営業を終えたその日の夜。

直近で対応出来なさそうな人手不足の問題は冒険者ギルドに相談して、とりあえず手近な備品の改修から行うことにする。


加熱器コンロの問題点は幾つかあって、空焚き防止、熱伝導の安定化の2つをクリアしつつ使えるようにしないとならない」


「……そんな小難しい言葉で言われても分からないわよ」


「動いているかどうかが分からない状態を避ける、効率的に温める、の二つが根本的な課題って事」


久しぶりに落ち着いてタリアと二人きりでの作業。

使う方の意見も取り入れながら、良い形に仕上げる必要がある。


「最初に作った試作コンロは、エンチャントした魔鉄の上1センチくらいの空間を温める仕様だった」


加熱ヒートは対象を取るスキルなので、エンチャントする際にはあらかじめ対象を指定しておく必要がある。


「それがダメだった理由は?」


「動いているか分からなかった。温度制限を入れたバージョンでは動きが分からなくて、制限なしで作ったバージョンは、動いてるかの確認で小枝を近づけたらいきなり発火した」


ゆっくり温めるように制限すると、温める空間の空気が流動して効果が見えない。

一気に過熱すると、今度高温になりすぎて流動前に馬鹿みたいに温度があがってまう。


「この2つの事象から、動いているのが分からないと危ないと判断した。なので、触れているときだけ加熱って条件を付けた上で、熱くなっている部分を鉄心自体にした」


これなら加熱部分に直接触れない限り危険は少ない。


「そうしたら2つ目の問題が発生した。鉄心と鍋の接触率が悪すぎて、密閉型じゃないコンロじゃ熱が逃げる。お湯を沸かすにも無茶苦茶魔力を食った」


ガス火なんてない世界なので、便宜上鍋と呼んでいるが調理器具は基本的に釜である。

吊って底を薪火で温めるので、市民が使う鍋の底はそんなに精度が良くない。フラットなコンロの上に置くと普通にガタガタする。


「その揺れと熱が逃げるのを避けるために、油を敷いて設置面積を増やして、鉄心、油、鍋と熱が伝わるようにしてみたんだけど」


「動かすたびに熱い油がはねてそれなりに危ないし、売り物には成らないわよ」


加熱器コンロは冒険者ギルドか商人ギルド経由で売るつもりで作っている。

安全性の低い物を作って事故を起こしたら面倒なことに成る。何とかしたい処だ。


「まず、動いているかどうかが分からない、ってのがスタートなのよね。ほかに方法は無いの?」


「真っ先に思い付いたのは、動いている間だけ松明トーチを光らせる。ただ、加熱ヒートの特性上、動いていなくても熱は無くならないから、今一だと思っている」


松明トーチは熱を持たないと言うのがこの世界の常識。

なのでうっかり手を突っ込んで火傷をする人が出そうなのだ。


「……確かにね。……でも、それなら発火マッチで良くない?燃えてる火に手を突っ込むのは馬鹿よ?それに火が消えても、灯っていたところは熱いのが普通だもの」


「……なるほど。確かにそのまま燃やしてもいいのか」


発火マッチの火力じゃ鍋を温めるのは困難だけど、なべ底が燃えても構わないのだから、燃やした方が早い。

つまり、見せかけだけの火である発火マッチで加熱をアピールしつつ、実際は加熱ヒートで温める感じ。


発火マッチの発熱分だけ加熱ヒートの温度設定がずれそうだけど、誤差と割り切ろう」


鍋を点で支える支柱を用意し、その下に魔鉄で十字のパーツを作る。

十字部分から発火マッチの火が立ち上り、上のなべ底に向かって加熱ヒートが発動して温める。


「すごい俺の知ってるコンロっぽくなった」


「使えそう?」


「MP効率が悪いかも。自然回復を組み込んで、MPを貯められるようにすれば実用可能かもしれない。要調整かな」


発火マッチ初心者ノービススキルでMPの消費が無いが、発動時間はとても短い。

今回はひたすら連続で発動するようにしているが、そうすると明らかにMPを消費している。エンチャントした場合の特性なのか、発火マッチの特性なのか分からん。


「……稼働時間は10分を一セットにするとして、切る方法がないな」


「打ち消せないの?」


「設定的に連続起動なんだよ。魔術無効化ディスペルじゃ加熱ヒートが消えても発火マッチが消えない。付与解除だと全部吹き飛ぶ」


「難しいわね」


「魔力が無くなれば勝手に止まるから……媒体に溜まっている魔力を、別の所に移せば止まるけど、それができるスキルがないな。緊急停止用に付与解除だけ仕込むか」


MP分与マナ・パサーMP吸収マナ・ドレインのようなスキルが有れば実現可能なのだけれど、今の俺では使えない。これはあきらめ項目だな。

油伝式コンロを解体して、発火式コンロを3つ作成。MPが足りていれば10分は自動で稼働し続けるから、これまでの者より使いやすいだろう。


「ひき肉は……こう、うちの国だと入れるとひき肉に成って出てくる機械があるんだよね」


「石臼みたいな感じ?」


「重さで挽くわけじゃないけど、そうだね。確かに近いか」


ひき肉製造機って、記憶だと上から入れて横から出してたんだよね。

内部構造が分からない。


「とりあえず、小さなナイフで十字の刃を作って、フレーム作って、ハンドルと軸作って、フレームに固定して……」


「それ、どうやって肉を押し込むのよ?」


「……投入口とハンドルの位置が干渉するんだよなぁ」


肉を押し付けるだけだと切れない。切れ味強化を掛ければ切れるかもしれないけど、それは何か違う。


「石臼って、種を入れると勝手に粉が出てくるわよね。あれは何で?」


「ん~……石臼の石には細かい線が刻まれていて、そこにかみ合う事で砕けた種子が、後ろから押されることで押し出される。かな」


つまり、押し出されるのはひき肉に成っているからだな。

回転、押し出し構造……ドリル?ドリルは掘った時にくずが出るな。って事は逆に作れば押し出しながらひき肉に出来るかな?


「螺旋構想の刃を作って……歪だけど諦めるか。この螺旋刃もハンドルで回せるようにすればOK?」


変成トランスミュートで形を整えて組み立てる。やはりハンドルは横に来るな。

投入口から肉を押し込むと、ドリルが肉を巻き込んで先に送り出していく。その肉が筒の中で溜まると、後ろから来る肉に押し出されて前へ。


「どう?」


「ちょっと荒いわね」


「押し込み機構はこれでよさそうだから……あとは捻りだすところをでもう一ひねりかな。とりあえずは何往復かすれば細かくなるはず」


記憶にあるひき肉製造機のように蓋を付けて、切れ味強化を掛けた4枚刃のカッターを二組組み込むと、かなり細かく挽けるようになった。封印付与シールして使えるかと思い買ってあった投擲用ナイフがだいぶ消費したが、まあいいだろう。


「こんなもんでどう?」


「うん、早くていいわね。これなら硬い肉もざっくり切ってひき肉に出来るわ」


タリアが使ってみて満足のいく出来らしい。

切れ味強化で補強しているが、地球の物と比べると甘い造りだろう。ただ、使えればとりあえずはよい。


「錬金術は凄いわね。金属をこねて、こんなの簡単に作っちゃうんだもの」


「まあ、それもこれも想起リメンバーで、地球で見た物を思い出せるからだけどね」


この世界じゃ普段使い道が無いとされていた想起リメンバーがめっちゃ便利。

これをあらかじめ教えて置いてくれていたバノッサさんには感謝しかない。


やっぱり一人で開発してるより、アイデア貰いながらの方が進みが良いな。

日々のお勉強でタリアの知識も深くなっているし、今後も開発は相談しながら進めよう。

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