第128話 日は経ち来りて

アース健康増進軒の営業開始から数日が経ち、一息入れられるようになった頃には、本命である謁見を明日に控える日に成っていた。

尋常じゃなく忙しい数日ではあったが、機材の改良と孤児院の子供たちの協力もあって、何とか回るようになってきた。


1日の食事提供料は400食くらいで落ち着いている。その内約150食は無料で配っている未成年の分だ。病人も診察を受ければ無料にしたが、こちらは利用する人がほとんどいない。

無料で診察を受けられるので、食事はちゃんと買ってくれる人がほどんどだ。売上は1000G前後で推移しており完全に赤字だが、まぁ場所代とバイト代、それに材料費の一部はまかなえてるので良しとしている。

定住人口を考えると、毎日この地区の1割以上の人が店に来ている換算に成る。ぶっちゃけおかしい。


コンロの改良やひき肉製造機を作成したおかげで、タリアが居なくても準備が進むようになりつつある。

1日空けても問題ないことが分かったので、タリアにはまた経験値稼ぎの引率をお願いできそうだ。


治療業の方はと言えば、既に200人以上の患者の容態を確認し、可能な限り魔術による治療を行った。

教会では治らなくても、俺が幹部を特定したうえで施術すれば完治に至るケースもそれなりにあり、再生治癒待ちは3割弱にとどまっている。


しかし再生治癒でも治るか怪しい人もそれなりに居た。

主に原因不明の片頭痛とか腹痛とか下痢とか、地球でも即座に命にかかわらないが難病に成っている患者たちだ。体調の良い時には何の問題もないこの方たちの対処は難しい。

今のところ病状の軽減に役立つ詠唱魔術を覚えて、対処療法で様子見してもらうしかないのが心苦しいが、当人たちは症状が軽くなるならと喜んでいる。


重症だったが完治した者もちゃんとおり、その中でも体力が落ちていてすぐに仕事に戻れない人達には、職業紹介を始めた。まぁ、ぶっちゃけ付与魔術師エンチャンターのすゝめだ。

謁見を終えた後は、リタさんの2次職転職と合わせてレベル上げツアーを開催する予定。今のとこ8名がエントリーしてくれている。結構多い。

中には元魔術師という方も一人いて、封魔弾の製作に期待が持てる。しばらくは1MP1Gで買い取る専属契約を結ぶ予定なので、こっちは儲けが出るだろう。


全体を見れば順調。だけど困りごとが全部片付いたかというとそうでもない。


「やっぱり、ちゃんと商会を立ち上げたほうが良くありませんか?」


「言いたいことは分かりますけど、何カ月もかかる事務手続きなんてやってられませんよ」


貧民街の子供たちに文字や計算を教えるのは、冒険者ギルドに手伝ってもらう算段を付けた。

その代わりにギルドに卸すエンチャントアイテムを増やすと約束したのだが、ついでに持って行ったいくつかの商品がまたもめ事の種になった。


「現時点でワタルさんにしか作れない事は分かって居ます。なので当面競合品が出てくることはありません。また、商人ギルドと王国には商品登録を行いましたから、技術を盗まれる心配も確かに無いです」


「盗む技術も無いけどね」


「ただ、粗悪な模造品が発生する可能性は否めません。冒険者ギルドは代理人に成るので、ワタルさん無しで振るえる権利が弱いです。商会を立てれば、商会名義で権利を行使できるので、ワタルさんが働かなくても何とかなります」


「逆に商会名義で契約できちゃうから、ちゃんと管理しないと問題も起きるじゃないですか」


経験の少ない商人を代理人に立てて、やばい契約結ばれたら面倒見切れない。

今は持ち込み商品単体を冒険者ギルド経由で卸しているだけなので、魔物のドロップと同じで納品義務はほぼ無いに等しい。

商会を立てると権利は増えるけど義務も増える。物品の価格安定を図るための法律とかもあるからな。需要がある物については安定供給を求められたりもする。価値抑制策の一つだ。


「正直安定生産はやってられないので、そうなると商会の義務も果たせませんし、むしろ権利系は冒険者ギルドが買い取ってくれた方が楽です」


「それをやったらうちは他の商人や冒険者からつまはじきですよ。そもそも、ギルド長も言っておられましたが、冒険者ギルドは共助組合であって営利商会じゃないんです。そりゃ、投資のために利益は出してますけど、荒稼ぎするような組織じゃないんですよ」


わかっちゃ居るのよ。でも、俺の目的は金を稼ぐことじゃ無いので、もろもろの手続きが面倒なのはいかんともしがたい。

謁見が無事終われば、貧民街の支援事業を男爵に引き継いで王都を出るつもりなのだ。こっからさらに数カ月かかりそうなもろもろの書類仕事を始める選択肢はない。


「持ち込んだ商品、幾つかは安定供給義務が発生しそうなものがあります。一度後援の貴族様にもちゃんと相談してみてください。ワタルさんが冒険者として活動を続けてくれるのはギルドとしてはうれしいですが、いろいろ始めたこと投げっぱなしでは対応しきれません」


王都ですでに俺選任に成りつつある担当官は、頭を抱えながら去っていった。

新商品を作った場合の安定供給義務がなぁ……価値が高くなりすぎると、魔物化した時のリスクが高まるから当然なんだけど。

需要が無ければ価値はない、でも需要が高まると数が少ないものは価値も高まる。なやましい。


「……と、ギルドからせっつかれているわけです」


そんなわけで翌日。

王城での謁見の前に、アインス男爵に相談してみた。


「君はすぐに問題を見つけてくるな」


2層にある謁見者向けの豪華な応接室で、アインス男爵はこめかみをもみほぐしながらため息をついた。


「安定供給義務とか忘れていた私が悪いんですけどね。封魔弾とかも引っかかりそうですし……どうしましょうか?」


「商会は立てるしか無かろう。だが信頼して任せられるものに心当たりがない。私も武官だからな。そっちはさっぱりだ」


「どこかの商会に売るのはダメですかね?」


「……冒険者ギルドで言われたか分からんが、それをやると王都で大規模な商会の派閥争いに発展しかねない。君は自分のネームバリューを正しく認識していないようだが、これまで注目をされて居なかった付与魔術師エンチャンター期待の巨星だぞ。最悪死人が出る」


「新星ではないのですね」


「超越者が何を言うか。……ああ、そう言えば極めし者マスターという呼称になったのか」


ふわふわしていたレベル51以上、99到達者の呼称はそれぞれ踏み出す者アドバンス極めし者マスターという正式名称で落ち着いた。

今はそんな話はどうでもいい。


「確かに小さい商会は潰される危険があるし、大きい商会がさらに力を持つことに成ってもいただけない、とギルド長に止められましたよ」


「冒険者ギルドは先見の明があるな。商人ギルドは利権屋の集まりだから、その辺は当てに成らんと聞いている。それに君はこの前ドーレ商会を事実上潰したばかりだろう。もう収拾がつかん」


「そうでしたね。あれも微妙に噂に成ってるからなぁ」


貧民街ではドーレさんの悪事は既に噂に成っている。

コーウェンさんが病み上がりの身体を引きずって対処してくれているから何とかなっているけど、これ以上なにか起こすと、もうどう転ぶか分からん状態になりそうだ。


「とりあえず、商会の件は私も考えて置く。こういうのは部下の方が詳しい」


「お手数おかけいたしますが、よろしくお願いいたします」


「貴殿が貴族になって、自分で商会を立てればすべて解決する話なのだがな。まあ、言っても無駄だろう。それに、私からも一つ伝えなければならないことが有る」


「なんでしょう?」


「今日の謁見だが、陛下も同席するそうだ」


「……正気ですか?」


思わず不敬罪に成りそうな言葉を返してしまった。

どういう事だってばさ。

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