第126話 初日の営業は順調に
最後の演目はバク転を挟んでからの伸身の5回半4回ひねり、腕で着地してそこから更に3回半2回ひねり。
「皆様ご観覧ありがとうございました!わたくしこの度、この地区で飲食店件診療所を開設させていただきました、リターナーと申します!中央広場にて店を開いておりますので、ご興味持たれた方!ぜひ一度お越しください!うちの食事を食べれば、もしかしたら3回転くらいは出来るかもしれません!」
「「本日中央広場に開店です~、よろしくお願いします~」」
周囲の安全確認を行ってくれていたアンナとメアリーが、看板を掲げて回る。
ふぅ……緊張した……。いや、思った以上に人の視線がつらい。口上も上ずってないか気になるし……今度楽器が弾ける人を雇うか。俺が覚えている地球の大道芸は、BGM流してたもんなぁ。
「お疲れ様です!今日も素晴らしい技の切れでしたね!」
「ありがとう、メアリー。さすがに初めてで緊張して、予定通り出来ていたかわからなかった。ちゃんと出来ていたなら一安心だ」
「ワタルが緊張とか、心臓に毛が生えてそうな奴が面白いこと言ってんな」
「アンナ、緊張してても顔に出さないのが芸人ってもんだ」
……いや、俺芸人じゃないけどな。
「さあ、もう一つの広場で11時から一公演やって、12時には店に戻るぞ」
「はい!」「おう!」
最初の広場での観客が20人~30人、その次の広場でも同じ程度の見物客は集められただろう。
地区の人口密度からするとかなり良い方なはず。1割2割でも興味を持ってくれれば、少しずつお客さんは増えるだろう。
そう思いながら店に変えると、12時前なのに人だかりが出来ていた。
「……いや、思った以上に凄い人数だな」
立ち食いのテーブルで食べてる人が20人ほど、並んでいる人も10~20人くらいいる?
「あ!ワタルさん!メアリー!手伝ってください!一つ目の鍋が予想より早く空に成っちゃって、タリアさんが煮込みに行っちゃいました!」
食事の提供を手伝っていたエイダールのアニーさんいうには、店を開けた少し後から、まず子供たちが集まり始めたんだそうな。
孤児院の子供経由で、ここでなら昼にタダで飯が食えると噂に成っていたらしい。
そこから、においにつられて鼻の良い種族が集まり始め、味の良さが広がると途切れる事無く客が続いているのだとか。
肉団子入りのコンソメスープと、一軒隣のパン屋のパンなのだが、そんなにうまいか?
……まあ、美味いんだろうな。俺が食べて普通においしい、レベルまでは到達したから、この世界の人間には衝撃的な味なのだろう。値段の割に。
「診療所の方は?」
「さすがにまだ出歩いてる病人は多くないですよ!」
「それじゃあ、俺に出来るのは洗い物くらいでは?」
「ワタルは食材出して刻みなさい。このペースが続くと予定の時間まで持たないから、もう二鍋くらい仕込むわよ」
寸胴鍋を抱えたタリアが奥から出てきた。マジか。肉団子用のひき肉作るの結構面倒なんだがな。
ステータスが高くても楽にならないミンチ肉作成作業をしていると、今度はリタさんが呼びに来た。
「ワタルさん、ちょっとわからない患者さんが」
アインスで書いたアース式治療術と、さらに
「関節が痛む。
「ステータスは?」
「病で軽傷です。こちらの方なのですが、わかりますか?」
「……象獣人の症例はちょっと詳しくないんだけどなぁ」
患者さんは鼻が長くてガタイが良い、頭が象の獣人さんだった。40代後半の女性らしい。1~2年前から原因不明の痛みに襲われており、定期的に治療を受けているが治らないとのこと。無料だというので来てみたらしい。
ステータスを見せてもらうと、表示はやはり病で軽傷。INTの高さにモノを言わせて、
……これは俺がぱっと思い当たらない病気って事だな。象特有とかだったらわかんないけど……。
この間ステータスの表記に疑問を持ったので、アインスで治療したときの事を
どうやらこのステータスの状態表示も、『ステータスは新たな知識を授けない』という法則に縛られているらしい。
単臓器の疾患なら、臓器名を知っていれば臓器名+疾患という表示に成る。俺は先天性、後天性の知識もあるから、その情報も出る。ただ、この辺は問診であたりを付けないと表示が変わらない。
導き出した結論が正解か、の判断は出来るが、分からない物の答えは教えてくれないようだった。
「
獣人は内臓的なつくりは人に近いらしいが、外観上の特徴は人とかけ離れているのでぶっちゃけよくわからん。集合知で知識を得ても、実感がわかな過ぎて有効活用できないのだ。
「しかし、神経系出ないなら脳疾患か……あとは免疫系か体内の物質不足!脳疾患……では無いようなので、後半のどっちか。物質不足は肝臓疾患辺りが出そうだけどそうじゃないなら免疫系か?」
表示は変わらない。免疫系……これ臓器の名前とかじゃないか。概念だな。
もしかして何がおかしいかを特定しなきゃダメ?免疫が何かとか知らん。
あと表示が変わりそうなのは……。
「……血中細胞異常!当りっ!」
表示が血中細胞疾患に変わった。
高校までの人体知識とテレビで聞きかじったなんちゃって医学でも表示は変わる。異世界強い。
「再生治癒で根治可能かもしれませんね。この診療所には再生治癒が使える治癒師がまだいないので、
血液中の細胞を作ってる臓器は何だっけかなぁ。
学校でやらなかった?
多分聞いたことくらいはあるんだよな。別口からのルートで思い出せないか、後で記憶をたどってみよう。
「ああ、自分で
やはり病気の治療は再生治癒が無いと厳しいな。
感染症系なら
「……やはり二次職を目指すべきでしょうか」
「そうですね。ここにいる病人の多くは、教会の安い治療では治らなかった人たちです。応急処置は出来ても、完全に治すには
出来ることを一つづつやって行くしかない。
予定していた16時までの営業で、その日訪れた患者さんは20人ちょっと。その内三割ほどが
タリアが頑張った食事の提供は300食を越えている。半分ちょっとが子供たちだ。
地区の人口と着ている客の総定数が合わないので、それはコーウェンさんと相談してみよう。多すぎて連日は回せないぞ。
その日の反省会では、上がった意見も多い。
「ひき肉を後から仕込むのは今の調理法だと辛いわ。あとは、
ひき肉は作る機械があったはずなんでそれを考えるとして、
昔の蚊取り線香のように渦を巻いた鉄心を
「どっちも何とか出来ないか考えてみる。バーバラさんは?」
「子供の面倒を見るのは人手が足りません。この地区全体で未成人の子供が数百人はいます。今回の支援対象に成る子が7~8割だと、ここでは面倒見られません」
「いや、全員集まるとは限らないけど……そうね」
冒険者ギルドに相談してみるかな。
冒険者に成る子供もそれなりの人数居るはずなのだ。若いうちから教育の機会があっても良いだろう。
「フェアリーのお客さんが着ました。2人組だったけど、それでも量が多いし、器も人間サイズのしか無くて大変だとか。あと、ジャイアントのお客さんから、量は何とかならないかと」
配膳をやっていたアニーも報告してくれる。
フェアリーはともかく
そもそも人口が少ない種族だから、王都でも見かける方が珍しい。
「なんで自分は無料にならないんだと文句を言う人が数人」
アルバイト冒険者の報告では、もめる人もいたらしい。
「噛みつく元気があるなら問題ない」
ステータスアップのアクセサリを貸し出してあるので、必要なら畳んでしまえばいい。
重傷になれば食事も治療も無料ですよ、というのは邪悪だろうか?
「とりあえず、対処できるところは順次対処します。何か良い案が有ったら教えてください。今日はお疲れ様でした」
いくつもの問題を抱えつつも、アース健康増進軒初日の影響は何とか幕を下ろせたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます