第123話 推測を語ってみた

「……アヴァランチ、もしくは……ミラージュという組織は御存じかな?」


その名前が出た瞬間、ドーレさんは目を大きく見開いて、息を飲んだ。


「……いえ、存じ上げませぬ」


「ギルティ」


ドーレさんが思わずそう答えた直後、今まで一言も発さなかった真偽官が口を開いた。

それはその解答が嘘という証明。


「っ!……失礼いたしました。……確かに存じ上げております。あまり良いうわさは聞かない名前のため、思わず否定してしましました」


「まあ、その様な事もあるだろう。ちなみに、良く知っているのはどちらかな?」


「……ミラージュになります」


……なるほど。今回は魔物がらみでは無いか。


「すいません、その二つの名前は何でしょう?」


「行政官殿が知らないのも無理はない。この二つは東大陸で活動している犯罪組織の名前だ。アヴァランチは魔人と魔王信者の集団。ミラージュは窃盗や詐欺などを中心に、犯罪行為ならおおむね何でもやるギルドのような存在だな」


アインス男爵が『なんだそれは』という顔をしている。どっちも表立って名前が出ることは無い組織だから、騎士でも知らないか。

集合知には組織の名前や概要などの情報が存在する。構成員の情報はさすがに無いが、3年前までの大きな事件の情報や、一部の拠点の情報も存在する。


「ドーレ殿はミラージュの構成員ではないな?」


「はい。名前は聞いたことはございますが、所属しているなどという事はございません」


「では、構成員と思われる人物に心当たりはあるか?」


「それは!あり……ます。以前取引をしたことが有る冒険者です。しかしずいぶん前のことで今はそのようなつながりは……」


「ええ、ずいぶん前の事など語っていただく必要ない。数日前まで執事風の目つきの鋭い細身の男はどうかな?」


「なっ!?」


昨日から見かけないのが気になっていた。

執事は通常、主をサポートするものであり、この場に居ないのはおかしい。何か要件があり出ていたとしても、呼び戻すのが普通だ。


「私の執事が、ミラージュの構成員だと?そんなことありえません」


真偽官は反応しない。これは予想の範疇。


「ええ、そうだろうな。執事として雇っていたという事実も、執事だと名乗られた覚えもない。でも、私をこの屋敷に通した時、確かにそいつはこの屋敷に居ましたよね?」


「ワタル・リターナー!?」


「どういうことだ!?」


覆面を外すと、ドーレさんは驚いて後ずさる。

そして男爵、貴方が慌てて聞いてどうするのですか。黙ってどっしり構えていてくれればいいのですよ。


「すいませんね、ドーレさん。孤児院の事が気になって、ちょっと無理して同行させていただきました」


「……ギルティ」


「……そこは黙っていても良くないです?」


「……貴殿は一応部外者なのでな」


流石は真偽官殿。頭が固い。


「昨日は黙っておりましたが、実はグレイビアードの孤児と話すことが出来ましてね。院長が亡くなった後、養子として出された二人が、実は奴隷として売られたと話していたの証言が得られました」


「っ!……私は知らんっ!」


「ええ、貴方は何も聞いていないでしょう。ミラージュのやり方は、貴方のような立場の人に情報共有はしないでしょうし、貴方が組織を裏切っても致し方ないと考えて行動しているでしょうからね。さて、もう一度聞きましょう。3日前、私がこの屋敷を訪れた際に応対した男は、ミラージュの構成員ではありませんか?」


「私の部下に犯罪組織の構成員など居ないっ!」


「ええ、そうでしょう。彼はあなたの部下では無いのでしょうからね」


「ちょっと待ってくれ。どういうことだ?真偽官は何も言わないが?」


「言わないでしょう。さっきからドーレさん、微妙に文脈を変えて返答していますからね。それは嘘ではないのでしょう。真偽官の方は、基本的には嘘しか見抜けませんから。私が問うてる執事風の男は、ドーレさんの部下では無く、執事でも無いでしょう」


「っ!?」


全く持って手の込んだことをする。

あの立ち位置で執事服に身を包み、そのように振舞っていれば誰もが執事だと思い、ドーレさんが雇っていると思うだろう。


実際には彼は執事では無く、雇っても居ない。

だから執事が犯罪者ではないか?と問われた時に、ドーレさんがNoと答えても、真偽官はその解答を真実だと認識する。

こういうめんどくさい手を取る輩なので、わざわざワンクッション置て行動しているのだ。


「私とあなたには共通の認識が存在する。そうそうごまかしは聞きませんよ?」


あの男は名前を名乗らなかった。

だから概念で聞くしかないのだ。まあ名前を名乗っていたとしても偽名だろう。ナニガシが犯人か?と問うても、それが偽名なら真偽官のスキルには引っかからない場合があるのだ。


「……確かにあやつは、ミラージュの構成員だ。だが、それ以上の事は知らん!」


「今どこにいるかは?」


「知らん」


「彼や彼の紹介があった相手に使用を許可した物件、または、しばらく誰かに貸すのを控えた物件はありませんかね?『ある』か『ない』で応えてください」


「っ!」


「申し訳ないのですが、始めてしまった以上さくっと終わらせる必要がありますので早急に。ああ、念話チャットでやり取りをしているのであれば、子供たち無事に置いて行けば、私は追わないと伝えてもらっても良いですよ」


「なっ!」


「真偽官殿が言われた通り私は部外者なので、犯罪者を捕らえることは別に目的じゃあないんですよ。今回は運が悪かったと思って手を引いてもらえれば、とりあえずは良いです」


「騎士の前でその発言はいかがなものか?」


「犯罪ほう助にもならないでしょう?出来れば売られた子供も助けたいですが、まずは捕まっている子優先ですね。子供に危害が及ぶリスクは避けたいので。どうですかね?」


「……わかった。思い当たる物件を教えよう。だがそこに子供が居るとは限らんぞ」


「その場合は犯人を捕まえるしかないですね。騎士団の頑張りに期待です」


ドーレさんの証言をもとに、騎士団が調査に動き出す。

昨日俺が気になった建物も入っているな。運が良ければ3人は見つかるだろう。


「リターナー殿、詳細な説明をして貰いたいのですが……」


行政官殿は話の流れがつかめていない様子。

自国の事なのだからもう少し理解を深めておいてほしい。まぁ、俺も集合知チートが無ければ予測も出来ないけど。


「ミラージュが起こす時事件には、その国の法律と真偽官のスキルをすり抜ける手立てが良く使われます。ドーレさんがミラージュと接触したのは、多分顔役になる前でしょう。その際に、目的を問わず場所を貸す事、紹介に基づいて人を採用すること、平時は構成員を部下として雇っているようにふるまう事、くらいの条件で、金銭の授受が行われたって所ですかね。これらは王国法に直接は触れません」


「……概ねその通りだよ」


後はドーレさんを隠れ蓑に、構成員の男が犯行を考えると。

ミラージュの特徴は目的のために犯罪を犯すのではなく、環境を整えたうえで、実行しやすい犯罪行為に手を染めることだ。


今回のケースだと、孤児院の院長が亡くなったことを継起に、孤児院に構成員を送り込み、人身売買の計画を立て実行に移した。

ドーレさんへの要請は、孤児院の管理者に紹介した構成員を当てることと、行政が動くのが遅れるように、報告を先延ばしにすることだろう。


「なんというか、あまりに効率が悪くありませんか?」


「ミラージュの目的が、真偽官、つまり神の力を欺いて犯罪を犯す事、なので効率が悪くて当然です」


そもそも、この世界は地球のような営利目的犯罪は起こり辛い。

真偽官もそうだし、どこの誰が高レベル実力者かも不明で、安易に犯罪に走る位なら魔物を狩ったほうがマシ。そしてそれが分からないほどの馬鹿は成人時の矯正対象ときてる。


七めんどく臭い組織犯罪を計画するのにも理念がある。

ミラージュの理念は『神の力に慢心した世界を嘲る』だったかな。


「……貴殿はなぜそこまで詳しい」


「冒険者ですから。人に言えない情報源の一つや二つありますよ」


「……ギルティ?」


「冒険者は関係なかったですかね」


真偽官こえぇな。


「ちなみに、ここまで話して察しの言い方は気づくと思いますが、ドーレさんがさっきから神妙にしつつも余裕があり協力的なのは、彼を捌くための王国法が無いためです」


「……は?」


「ミラージュが何を計画し、何を実行していたか、ドーレさんは全く知らなかった。違いますか?」


「その通りです」


「真偽官殿?」


「……嘘はない」


「と、いう事で、ほう助罪はこの場合適用されません。王国法は東大陸随一、多様な種族の人権に配慮している素晴らしい条文ですよね。故意では無く、知らなかった事については責任は問えない内容になっている。事故では無く犯罪なので過失も問えない。まぁ、これは規定がないだけですけど」


「犯罪組織なのだろっ」


「王国で認知されていませんから。指定もされていないですし、これから上がった所で、過去にさかのぼって捌けないのが法です。この原則を守らないとミラージュからアヴァランチに情報が流れて、国内が有れますね。ここ数十年でも、東大陸でいくつかの国が内乱でえらいことに成ったのは御存じかと」


「……リターナー殿は人が悪いですなぁ。そこまで見越してですか」


こっちを見てニタニタ笑うんじゃないよ。

言っとくけど、俺はお前の見方でもないからな。


「まあ、刑事罰に問えないだけですけどねぇ。ね、行政官殿?」


「……ああ、そうだな。本事件は軽く済ませられる内容ではない。イバイヤ・ドーレ、現時点をもって7-2地区の顔役を解任する。また、管理商会の不動産管理許可を取り消すとともに、追って管理不適切として相応の反則金聴取も行う!……商会の王都での営業禁止も行けますかね?」


「ギルドとの調整をすれば大丈夫だと思いますよ。商人ギルトからは除名処分でしょうし」


「リターナー殿!?」


ドーレさんの悲鳴はきこえなーい。自業自得だろう。

両手両膝地面についてうなだれた所で、被害にあった子供が返ってくるわけではないのだ。


「そうか。、行政処分と刑事罰は別か」


男爵が頷いている。


「混同しやすいですから、今回の件は良い勉強に成りましたね」


良い勉強で済まされても困るんだけどな。

さて、子供の捜索は騎士団に任せるとして、まだ聞いておかなきゃいけないことが有る。


「うなだれる前に、ミラージュの関係者の名前、知ってるだけ吐いてもらいましょうか。売られた子を探さなきゃならんのですから」


真偽官に確認してもらいながら、事件の関係者でドーレさんがステータスで名前を確認した人物を聞き出した。

該当する名前の人物は、国内で指名手配されることに成るだろう。

しばらくは検問でミラージュの構成員であるかの調査がされる手立てだが、さて引っかかるかどうか……。

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