第122話 聴取が始まった

『明日の8時にイバイヤ・ドーレに対する監査が入る』


ウル・アインス男爵から念話チャットがあったのは、グレイビアード孤児院で子供たちに夕飯を振舞っているときだった。


『まさか閣下から直接念話チャットが来るとは思いませんでした』


貴族って、そんな気やすく平民に連絡とるものなのか。


『わざわざ伝令を立てるのも時間の無駄だと思ったのでな。ちなみにマジックアイテムで距離を伸ばしている。普通は届かぬだろう』


俺の今のINTだと6キロは余裕なので普通に届きそうだが、きっと気づいていないのだろう。


『私も出ることに成った。貴殿も来られよ。7時にはそちらに着くよう馬車を手配してある』


『監査に立ち会えという事ですかね』


『ドーレと話して違和感を感じることが有れば口を挟んでもらいたい』


『……わかりました。リークしますか?』


『どういうことだ?』


『あらかじめ監査があると伝えれば、動くかもしれませんよ?』


『……いや、やめておこう。行方不明の子供に危険が及ぶかもしれぬ』


一瞬迷った男爵は、一呼吸の後、その提案を断った。

真偽官を動員しているのだから、イレギュラーを起こさないほうが良いと言うのが男爵の考えらしい。

朝、馬車に合流して後は成り行きに任せることを伝える。


「なにかあったのか?」


しばらく黙り込んでいたためか、アンナは何かを察したようだ。


「明日、犯人グループと思しき人物の家に捜査が入る」


「っ!ほんとかっ!それじゃあ!」


「まだどうなるか分からんよ。少なくとも捕まってる3人の安全が確保されるまでは動かないほうが良い」


「……分かってるよ。あんたが信用できるかは分かんないけど、こいつらをほっぽり出して危ない真似は出来ない」


口いっぱいにハンバーグを頬張る子供たちを見ながら、しかし彼女の表情が晴れることは無い。

捕まっている三人も、その前に売られたと思しき二人も、彼女にとっては大切な家族なのだろう。


「成人しているやつが居れば、場所を聞き出せたかもしれないんだけど、それが悔やまれるな」


俺は捕まっている子も、売られた子も知らないから、囁きウィスパー念話チャットで話しかけることもできない。

双方がスキルを持たないと通話ができないので、向こうからアンナや他の子どもたちへメッセージを送ることもできない。

俺自身もこの孤児院に居る子供たちとの会話もできないから、わざわざ魔術師の耳ウィザード・イヤー魔術師の声ウィザード・ボイスで会話できるようにしている。


アンナが成人していれば、魔術師系職に転職させて、INTを上げて念話チャットの範囲を強制的に広げて呼びかける、という荒業が使えたのだが……残念ながら彼女の誕生日はもう少し先らしい。

無い物ねだりしても仕方ない。真偽官が出てくれるなら、やるべきことをやろう。


………………


…………


……


「これはこれは行政官殿。いかがされましたでしょう?」


翌日。騎士団を伴った行政官のがさ入れが行われても、ドーレさんは表情を崩さない。


「孤児院が閉鎖されていた件での聞き取り調査である。急で申し訳ないが、しばらくお時間をいただくことになる」


「ふむ。わかりました。こちらへどうぞ。そちらの方々は?」


「閉鎖された孤児院の子供たちを捜索している騎士団の調査員だ。今日の聴取にも立ち会ってもらうことに成る。場合によっては屋敷の中も見せてもらうことに成るかもしれない。理由は分かるな」


「……ふむ。いたし方ありませんね。まずは応接間へどうぞ」


いつものように屋敷の応接間に通される。

屋敷の中の魔力反応は5名。全員成人していると思しき魔力量。ドーレさんと、昨日広場で店を見た時に居た従僕二人。もう一人は門番で、残りはハウスキーパーのメイドかな?

……最初に来た時に会った執事を見ていないな。


こちらは6名。行政官は聴取官を兼ね、書記、審議官の3人が文官。そこにアインス男爵ともう一人の騎士が真偽官の護衛。それに俺が入る。

行政官と書記以外は全員覆面で顔を隠しており、怪しいことこの上ないが、ドーレさんは気にしないらしい。俺も覆面とローブで姿を変えているので、気づいてはいないだろう。


「それで、どのようなお話をすればよろしいでしょう?」


「まずは……孤児院だが、閉鎖されている理由と、報告が遅れた理由について弁明を聞こう」


「弁明と言われましても、私も孤児院の管理者ではありませんからな。院長の体調がすぐれない事は、ずいぶん前に報告していたと思いますが?」


「……うむ。確認したところ6か月前に一度上がっていたな。確認した担当は、緊急性は無いと判断したと記録に残っている」


「はい。私も急に容体が悪くなったらしいとしか知りませんが、亡くなったのが二カ月半ほど前でしょうか。成人を迎えた者もおりましたが、初心者ノービスでは厳しいだろうと思いまして、一人手伝いを当てました。そちらから連絡が無かったとして、確認は担当者の業務と思われますが」


顔役は地域の取りまとめであって、行政の小間使いではないと言うのがドーレさんの言い分だ。


「閉鎖した理由は?」


「先日の魔物の襲撃で、この地区も襲われております。その後始末でバタバタとしている最中に、手伝いに出した者が地元に帰ると仕事を止めたのですが、その後気づいた時には、子供たちが居りませんでした。街中で見かけたという話も聞いているのですが、私は確認できておりません。空き家を開けておくと浮浪者が侵入することも多いので、張り紙をして、建物自体は封鎖しました。子供たちの捜索についても、先日陳情を上げております」


真偽官の方に視線を送ると、ここまで嘘は無いと視線で伝えてきた。


「行方が分からなくなってから陳情までが遅くは無いか?」


「それについては申し訳ございません」


「行方は全く知らないと?」


「はい。残念ながら」


この返答も真実。ドーレさんは子供たちの事を知らない、というのは事実らしい。

まあ、そうだろうな。嘘が見抜ける職業がある時点で、表立って仕事をする顔役が、直接犯罪に手を貸すとは思えない。


「ほかの屋敷の者に聞いても?」


「構いませんよ」


使用人たちを呼んで話を聞く者の、誰も真偽官のスキルに引っかかる者はいない。徹底してるな。


「ふむ。今回の件は情報の伝達に不備はあったものの、王国法に触れるようなことは無く、顔役としての仕事はしているという事かな?」


「はい、私としてはそう考えております」


ある意味ここまでは予想通り。

胡散臭くは在るけど、黒ではない。それは真偽官が証明してくれる。

さて、ここから切り崩していかなければいけないわけだけど……集合知先生にお仕事をしていただくことにしましょうか。


「……大きな問題は無いように思えるが、何かあるかな?」


「えほんっ!では、僭越ながらわたくしが」


芝居がかった声を作ってみるけど、気づかれるかな?


「……アヴァランチ、もしくは……ミラージュという組織は御存じかな?」


その名前を出した瞬間、ドーレさんは息を飲んで、この会合が始まって初めて表情を崩した。

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