第118話 孤児院少女の話を聞いた
「とりあえず
顔色が悪く見えるのは、薄汚れているからだろう。
女性に対して失礼な話ではあるが、それで体臭が消えるわけでもない。
「てめぇ!なにしやがった!」
「ちょっと綺麗に」
「やっぱり殺す!」
おお、血の気が多いねぇ。
赤毛の少女は、身長は140センチあるかないか。継ぎ接ぎだらけの服を着ており、くせっけがはねている。
人間族?……いや、よく見るとふさふさした尻尾が生えている。
「くせっけかと思ったら耳か。人の形態が強いタイプの獣人?」
「頭撫でんな。畜生!全然取れなぇ!」
「ああ、まだしばらくかかるんじゃない?まあ、あんまり騒ぐと他の人が聞かれるかもよ?地下に居る子供も含めて、隠れてるんじゃないの?」
そう言うと少女はハッとして、再度こちらを睨みつける。
「……てめぇ、何もんだよ」
「ワタル・リターナー。世間では超越者だの限界突破者だの言われている、しがない冒険者かな」
「……人さらい共の仲間じゃねぇのか?」
「後援してくれてる男爵様が関係者じゃ無けりゃ違うかな。とりあえず、落ち着いて話がしたいんだけどダイニングにでも行こうか」
「……こうグルグル巻きじゃ動けねぇよ」
「ふむ。万物の根源たる
打消しの魔術で、彼女を縛り上げていた光の帯をほどく。
「おっと」
即座に飛びのくと、やはり警戒した視線をこちらに向ける。
「一応言っておくと、多分抵抗は無駄よ。ほれ」
表示したステータスを彼女の前へと滑らせる。
怪訝な顔をしてそれに視線を送り、こちらを見て二度見。あ、三度見。
「……お前ほんとになんなんだよ」
「まぁ、俺の事はさておき下に行こう。どこか明かりが漏れない部屋が良いんだけどある?」
どの部屋も換気用の小さな窓が付いていて、
「……あんた、地下を知ってるのか?」
「7人居るね。場所は知らないけど、スキルで分かる」
「……ちっ、なら地下だ。あそこは限られた人しか知らねえ」
「んじゃ、レディファーストでどうぞ」
「……ちっ」
彼女に続いて1階に降りる。
調理場の床下収納を開き、収納棚を持ち上げると、梯子が現れた。
「なんで孤児院に地下室が?」
「院長が酒好きで、ワインやチーズを保管するのに自力で作ったんだとさ。あたしも詳しくは知らねぇ」
ふむ。……壁の感じからすると魔術で作ってあるな。
この孤児院、そんなに歴史があるわけじゃ無いはずなんだが……だいぶアグレッシブな院長だったんだな。
1メートル四方ほどの穴を下りると、幅5メートル、奥行き10メートルくらいの空間に、小さな子供たちが7人。毛布でくるまって身をよせていた。
「アーニャ姉ちゃん。その人は?」
「知らねぇ。ただ、くそ共の仲間じゃなさそうだから連れてきた」
アーニャと呼ばれた少女は、俺が梯子から降りると、棒で天井をつつく。これで出入口が閉じるのだとか。
……ほとんど物は無いけど、大きな棚が二つ置かれている。何だろう、犯罪臭しかしない。
地下室と言えば、密造酒でも作ってたんじゃねえか?
「初めまして、ワタル・リターナーです。とりあえず、暗いからもう少し明るくして、それから空気も悪いからキレイにするね」
「
地下室だからか、かなり寒い。毛布に包まっているとは言え、かなり辛いだろう。
「っ!あったかい!」
「……あんたそれ」
「今のスキルじゃ部屋全体をあっためることは出来ないから、気休めだけどね」
何枚かの毛布に
これで落ち着いて話ができるかな。
「さて、アーニャさん?」
「アンナだ。アーニャは愛称だよ。外人か?」
「そりゃ失礼。こっちの話は……しても信用に足る話が出来んので、ココの事情を教えてほしいんだけどいいかな?」
「なんだよそれ」
「深夜に裏口ぶち壊して入ってきた人間の信用は可能か?」
「自分で言うんじゃねぇ!」
しー、子供たちびっくりして起きちゃうからね。
「このグレイビアード孤児院はちょっと前に院長が亡くなった。ご愁傷様です。聞いた話だとご高齢だったらしいし、それ自体は特に事件性は無いんじゃないかって話だけど、その後閉鎖されたのが良く分からないんだ」
「……そんなのあたしが知るかよ」
「この孤児院は国営でね。亡くなる前に連絡が行っていれば、新たな院長が雇われるはずだし、何らかの理由で閉鎖するにしても、君たちが残っているのはおかしい」
子供の浮浪者なんて魔物にとっていいターゲットだ。
職に付けず、大した能力も無い。けれど魔物化すれば一万G級の価値になる。
一万G級の魔物なら、スキルの取り方やステータスの割り当てを誤らなければ、村の一つや二つは余裕で潰せるからな。
だから各国は必死になって人の管理をしているんだ。
「そんな事言ったって、分からねぇよ。院長の葬儀は顔役だっておっさんがやってくれた。その後、別の男がやって来て孤児院は閉鎖されるから、君たちは養子になるんだって言って、最初に2人連れて行った」
「養子?……無くは無いけど、手続き上問題ありそうだな」
孤児院から子供を引き取る場合、本人の意思がかなり重視される。
かつて、まだそう言う取り決めが無かった時代、本人の意思を無視した孤児の扱いや養子縁組で、成人後に育ての親を放り出したり、孤児院に報復する事件が多発したからだ。
成人と同時に強制的に健常者にされるこの世界では、幼少期からの洗脳教育が効果を発揮しない。それによって奪われた判断能力や、精神的トラウマなのども脳の機能障害と診なされて回復する。
恨みを原動力にレベルを上げまくった冒険者に報復され、血祭りにあげられた、なんて話は数えきれない。因果応報だね。
「でも実際には養子じゃなくて借金奴隷だって、男たちが話しているのを聞いたんだ」
「個人の奴隷売買は王国法で禁止されているはずだけど……知らないか?」
「……知らねぇ」
この辺は成人してギルドに所属すると教えてくれるのだが……ギルド未所属か、未成年?
「あいつら地下室を知らなかったから、小さな子供らを隠して問い詰めたら簡単にゲロったよ。だけどリーダーっぽい腕の立つやつが居て、あたしらを逃がすのに捕まった。その後は街中を逃げ回ってた」
「それ、いつくらいの話?」
「ひと月位前さ。このひと月でもう2人捕まった。飯を食わなきゃ死んじまうから、昼間はこいつら残して外に出てる。あいつら暇なのか、このひと月街中を探しまわってるんだ」
「憲兵は?」
「訴えに行った先で一人捕まった」
「憲兵抱き込んでるって事は、ドーレさん黒だな」
しかしガバいな。審議官の年次審査の際に、『王国法に触れる犯罪行為またはそれに類する行為を犯していないか』は確実に聞かれる項目だぞ。
たかだか子供十数人、借金奴隷にするために顔役捨てて逃げるのは割に合わない。
……魔人かな?
魔人は人類の街で活動することに重きを置いた魔物だ。
冒険者の各種スキルや村長や領主などのスキルに捕捉されない隠密性、人間としておかしくない知能と外見にコストを割いている魔人は、それなりに厄介な相手だ。
経験値も稼げないから、武力的には
しかし、顔役に成れるほどの魔人なら下手を打たないのではないだろうか。
世論操作を行うにはいい立場だし、それを捨ててこの程度の価値を稼ぐのは、魔物からすると割に合わない気がする。あいつら価値に関して合理的だからな。
「顔役の家の地下に、3人分の魔力反応があった。反応の大きさから言って未成年っぽかったから、多分捕まった3人だと思うけど」
「ほんとか!野郎!どうにかして助けないと」
「違った場合に大問題になるから、今回みたいにいきなりは踏み込めない」
空き家とされている孤児院に侵入するのと、顔役の家に強盗に入るのはちょっとわけが違う。
王都で指名手配されるのはめんどうだし、アインス男爵、子爵に恨まれて敵を増やすのも好ましくない。
「捕まった3人から地下室バレないの?」
「あいつら知らないから」
「アンナさんは何で知って?」
「……うるせぇ」
……悪さでもして、お仕置きに閉じ込められたかな?
「あたししか子供たちの居場所を知らなかったから、皆あたしを逃がすために捕まった」
「また頭のキレるのが居るなぁ」
小さい子供の居場所を知る人間を絞れば、捕まっても盛れることは無い。
十代前半でそこまで頭が回るってのもなかなかだぞ。
実際の所、彼女の言い分が真実かどうかは分からない。
ドーレさんがどこまで噛んでるかも不明だし、別に黒幕が居る可能性もある。コーウェンさんは大丈夫そうだけど、誰が何を企んでいるかは知り様だないからなぁ。
「ん~……とりあえず、孤児院が閉鎖されているのは後援の貴族に報告してあるから、そこの動きを見る必要があるね。それまでは地下に籠ってもらっていた方が安全かな」
この世界の組織犯罪はややこしい場合がある。
ドーレさんが関わって居たとして、全容を知らない可能性がある。審議官のチェックを受ける可能性がある人物は、犯罪行為の全容を知らない協力者にとどめておく、みたいなことを良くするのだ。
「幸いここは広いから、上からベッドなんかの必要な物を運ぼう」
「いや、梯子を通らないから」
「俺は
そう言ってバスケットを取り出す。
「水と食料はこっちで準備ができるから、出来る限りここにいてもらえると言い。
「詠唱でなら」
「素晴らしい。院長?先見の明があるね」
成人前はステータスは見れ経験値も溜まるが、レベルは上がらない。彼女はまだ未成年のようだ。
必要な物は地下室に運び、
寝ている子供たち全員に
退屈だろうから、息抜きに作ったリバーシとジェンガ、それにドミノ倒しも置いて行こう。タリアに説明するように、簡単な言葉で書いた説明書もある。
「……なんでそこまでしてくれるんだよ」
「情けは人のためならず。困っている誰かを助けていれば、誰かが俺を助けてくれるかもしれんからね」
誰か魔王倒してくれないかなぁ。
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