第116話 健康を強要した

『今は寝ているので静かにお願いします』と、そう言われて置くの部屋に入ると、病室独特の薬剤の香りに、カビと糞尿のにおいが混ざった、なんとも言えない空気が漂っていた。


「とりあえず、清潔クリーン


部屋全体に掛けて空気を改善する。よし、これでマシになった。


「!?」


「え?なにそれ?」


バルバスさんの戸惑いのつぶやきが聞こえる。


「さて……こちらがコーウェンさんですかね。顔のむくみが酷いな。普段はどんな治療を?」


浅い呼吸で眠る男性を起こさない様に、声を小さくしてリタさんに話しかける。


「……4日に1度ほど、教会で解毒キュア・ポイズンをしていただいています。治療キュア・シックは効果がありませんでした。明日が教会に行く予定の日です」


なるほど。ステータスを見れば一目瞭然かもしれんが、この状態で何の病かは分からない。

治療キュア・シックが効果が無いなら感染症では無さ気だけど、一応いつものルーティーンかな。


解毒キュア・ポイズン治療キュア・シック解毒キュア・ポイズン治療キュア・シック治癒ヒール


病気の原因が分からないので、とりあえず全身に解毒と治療を掛けて、最後に治癒ヒールで傷ついた細胞を修復する。

2回掛けると目に見えて顔色が良くなり、むくみが取れた。よしよし、とりあえずはよし。


治癒ヒールは対象者の体力を使うから、何回も掛けるのは良くない。

生命力バイタル・活性化アクティベートも掛けたいが、こっちは治癒ヒール以上に体力を使うのでやめておいた方が良いだろう。


「うそ……教会で解毒してもらってもこんなに顔色が改善したりしないのに」


「さて、目を覚ますまで少し待ちましょう。普段食事はとれています?胃が弱っているかもしれないなら、スープが良いですかね。キャベツ、人参、玉ねぎ、セロリ、にんにく、じゃが芋。こんなもんかな」


隣の部屋のテーブルに、勝手に食材を並べる。

収納空間インベントリには支援用と自分用に食料が入っている。ハンバーグサンドとかもあるが、ちょっと病人に食べさせるのは辛いだろう。

収納空間インベントリにスープがしまえればいいのだけれど、出来ないのだから仕方ない。


「人の家に上がり込んで突然料理を始めるってどういう事!?」


「無理やり起こすのもなんですし、もうすぐ日も落ちますから。病人なら精力着くもの食べたほうが良いですよ」


食材を全部5ミリ角ぐらいに切って鍋にぶち込み、水を灌いだら1階の共同カマドで火にかける。

後はひたすら煮込んで、食材が柔らかくなったら粉末コンソメを入れて味付ければ完成だ。


粉末コンソメは作ったコンソメスープを錬金術師アルケミストのスキルで乾燥させて作成した物。

このコンソメスープの素を作りたくて、ブイヨンやコンソメスープを作っていた。

便利だし、手軽にぼちぼちの味になるのでタリアにも好評だ。


「……なあ、リターナーさんよ。突っ込みが追い付かないんだが、そもそも俺は居なきゃダメなのか?」


「え?俺と二人きりにされてもリタさん不安でしょう?」


「いや、コーウェンの旦那が居る……言ってることは真っ当なのになぜか腑に落ちない」


「世の中そんなこともあります」


「自分で言うんじゃねぇよ」


そんな感じで、鍋を火にかけていると、リタさんが『父が目を覚ました』と呼びに来た。

心なしか雰囲気が柔らかくなっている気がする。気の所為かな?

とりあえず、スープがグズグズに煮込み切った所で部屋に戻る。


「え、ナニコレめちゃくちゃ美味いぞ」


「秘伝の調味料のおかげです。うん、ほとんど噛まなくても大丈夫なくらいは柔らかいですね」


リタさんも色々と言いたいことが有りそうだったが、長くなりそうなので後にしてもらった。

そろそろ日も暮れる時間だし、バーバラさんを回収して帰らないと、タリアから囁きウィスパーが飛んできそうだ。


「……あんたが魔術を掛けてくれた先生か。こんな晴れやかな気分は久々だ。感謝する。ここのところ症状が悪化して辛かった」


ベッドの上で身体を起こしたコーウェンさんが、そう言って頭を下げた。

人間族で年齢的には40台後半くらいのはずだが、もっと老けて見えるな。身だしなみもそうだし、何本か歯が抜けたり掛けたりしているのも原因だろう。歯は再生治癒じゃないと治せないからなぁ。


「こちらの都合ですから、まぁ、ぼちぼちに感謝してください。あ、軽い食事も作りましたからどうぞ」


「……すまん。それで……リターナーさんだっけか?」


「ワタルと呼んでいただいても構いません。2~3年前までこの地区の顔役でしたよね。少し話を伺えればと思って、勝手に癒させていただきました」


「俺がこんなだから大した礼は出来んが、話くらいならな。何の用だい?」


簡単に順を追って、この地区での事業と孤児院への支援の話をし、そこからグレイビアード孤児院の件を話す。


「なるほど。その件に着いちゃあ、俺も気にしていた。あっこの婆さんは俺よりずっと上だったからな。足悪くしてぽっくり逝ったのはなんも不思議じゃねぇんだが……その後の子供の話は聞かねえな。むしろ、孤児院が閉鎖されるのはおかしい。……ドーレの野郎が噛んでるとしか思えない」


「ドーレさんですか?」


「あいつはこの街の生まれじゃないからな。どうにもきな臭い雰囲気はあるが……貧民街じゃ金がある。っというか、金貸しだからな。顔が広い。それで後釜になった」


「ふむ……きな臭いって言っても、顔役は真偽官の査察も受けるでしょう?」


「ああ、だからそこまでおかしな事はしちゃいないはずだが……評判は良くないな。あいつが顔役になってからよそ者も増えた。それ自体は悪い事じゃねぇし、あいつももとは外の人間で、この街自体そう言うやつは多い。だけどトラブルも増えた。宿屋や一部の商店は儲けが増えて喜んでるがな」


「中央広場のパン屋の女将さんとはもめてますかね?」


「んだな。あそこの女将はもともとこの地区の人間だ。よそから来た人間が、喧嘩だの傷害だの起こして迷惑していると嘆いとった。まあ……元からそんなもんだという気はしなくもない。人間、金がねぇと気が立つもんだ」


「ふむ。孤児院閉鎖と直接の因果関係は見えないと」


「少なくとも、何かやってても俺にバレる様じゃあすぐ捕まるからな。……この地区の憲兵を抱き込むくらいはしてるかもしれんが、真偽官を買収するのは無理だから、少なくとも王国法に直接触れているようなことはしていないはずだ。すまんが、それくらいしか言えん」


「いえ、まだ事件性があると決まったわけではないですから」


孤児院に会った魔力反応、それにドーレ宅のにあった魔力反応を考えると、きな臭い何かが在りそうなのは事実なんだけど。

後は、闇夜に紛れて孤児院を調べてみるか。


コーウェンさん――フルネームはジョナサン・コーウェンさんで、娘さんはリタさん。ほかに冒険者をしている息子さんがいるらしい――との話して分かったのはそんなところ。


彼の病気は本日二人目の腎臓系。ほかにも悪い所があったかもしれんが、治療キュア・シックで治ってしまっていたら分からない。

再生治癒が使える術師が捕まったら、根治目指して治療しようと伝えておいた。ついでに歯も生やしてもらおう。


「……あんた、なんでそんなことまで?」


「私の前で健康は義務です。あと50年ほど働くつもりで居てください」


40過ぎで人生からリタイアとか早すぎる。

便利な超常現象魔術があるんだから、さっさと元気になって魔王討伐のために働いてくれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る