第111話 顔役に顔を売ってみた

「ドーレの旦那にお客さんだぜ」


案内されたのは貧民街にしては豪華な一軒家。高い塀に囲われており、鉄の作の前には門番が立つ。

扉をくぐると中には小さいながらも庭があり、そこから出てきた目つきの鋭い執事らしき男性が出てきた。名前を名乗りステータスを少しだけ見せると、しばらく確認に戻った後、取り次いでくれるという。

2階建て、部屋数も結構多そうだ。執事らしき男性も、動きからして対人武術の心得があるかな?


しばらく時間がかかるが、応接間で待たせてくれるというので厄介になる。


「ご主人の名前をうかがっても?」


「イバイヤ・ドーレ様になります」


……ふむ。集合知の情報と合わないな。

個人情報に近くても、クロノスの地区の顔役の名前くらいは分かる。3年弱は差があるはずなので、その間に変わったかな?


しばらく応接間で待っていると、30代後半から40代くらいの人の好さそうなおじさんがやってきた。

……商人だな。動きを一見してそう認識する。身なりが貧民街に居を構えるにしてはいい。……良すぎるかな。


「初めまして、ワタル・リターナーです」


「これはこれはご丁寧に。この地区の顔役をやらせてもらっています、ドーレと申します。噂の超越者殿にお会いできるとは光栄ですな。ささ、まずはおかけください。……ほれ、お客様に飲み物の一つも出さんか」


「いえいえ、突然お邪魔して申し訳ありませんのでお気遣いなく」


イバイヤ・ドーレ……集合知に引っかからない。顔でもダメか。

集合知はプライベートな情報を調べても出てこないが、貴族や領主など公職に近い者、犯罪を犯して指名手配されている者などは顔や名前、特徴などが分かる。ギルドの長や大商人、王都の自治会長などもこの範疇だ。


「それで、今日はどういったご用件で?」


「ええ、私を取り立てて下さっているアインス男爵閣下のご意向もありまして、この地区で事業をと考えておりその御挨拶に」


「……ほほう。貴族様もこの地区に目を向けてくださいましたか。しかし、それはどういった?」


「それをお話する前に、私の目的からお話した方が良いでしょう」


ドーレさんには、中央大陸に渡る際に一緒に行く仲間を探していると伝える。

それも、既存の人物ではなく、特殊な加護を持ち、今の俺のスタイルに合わせて成長してくれる弟子のような存在が欲しいと言うと、合点がいったようだった。


「中央大陸は危険ですからね。途中で投げ出さない程度には胆力のある人物が良い。または投げ出せない事情がある人物ですが……まぁ、中途半端な義務感は不要ですが」


「ふむ。確かにここは裕福な地区ではありませんから、危険と分かって居ても実入りが良いなら考える者もいるでしょう。特に人類最初の超越者殿を師と仰げるならですな。しかしそれと事業とは?」


「本人の希望だけでは意味が無いのです。幸い名前は売れているようで、このようにご挨拶に来ても取り次いでいただけますが……普通の方には良く分からない存在でしょう。なので、名前と顔は別に売る必要があると思っています」


「ほう」


「その方法として、中央広場での食料の配給、それに無料の治療院の開設を考えています。まぁ、半分は国の慈善事業という形になりますかね」


予算は全部俺のポケットマネーだけどな。


「なるほど……それは……」


「こちらの地区は未成年や病人の方が多いと伺っております。食うに困っている方もいるでしょう。その方たちへの、まずは僅かばかりの支援と考えております」


そう聞くとドーレさんの肩の力がわずかに抜ける。その反応は「金にはならなそうだ」と言ったところかな。甘いね。


「食べて、癒して、働けるようになったら次は仕事を作りましょう。こちらをご覧ください」


そう言って取り出したのは宝飾品の入ったケース。

中を見せるとなかなかにこやかになる。


「天然石ではございませんが、それなりの物でしょう?いかがですか、お近づきの印に一つか二つ差し上げますよ」


「ふむ……悪くないですが、しかし話が見えませんな」


「こちらはご迷惑をかける皆様のために用意した物になりますが……ちょっと話は飛びまして、付与魔術師エンチャンターと言う職業についてどこまでご存知でしょう?」


そう聞くと、やはりほとんど知らなかった。

ドーレさんが目を付けたであろうブローチに、封印付与で松明トーチを付与。使ってもらうと、輝きだすブローチに目を丸くした。


「使い切りですが、単なる飾りも持ち主が好きなタイミングで発動できるマジックアイテムになります。制限もありますが、護身用に束縛糸バインドシールドを付与するもよし、魔物と戦うために攻撃魔術を付与するもよし。これで倒した魔物の経験値は、封印を解いた人に入ります。うまくすれば投げるだけで魔物を倒せるアイテムの出来上がりです。そしてこの封印付与は付与魔術師エンチャンターが9レベルで覚えます。お手軽でしょう?」


付与魔術師エンチャンターとはそのような職業でしたか」


「医療と食事、そして仕事。これを与えればこの地区も潤うでしょう。そしてそれに満足せず、私について来たいと言う人材。そう言う人を私は求めているのです」


ドーレさんは合点が行ったと頷いた。


「私はしばらくしたら王都を去りますからね。その後はアインス男爵が引き継いでくれる予定です。もちろん、顔役であるドーレさんにもお力添えをいただきたいと考えております」


「もちろん、お力になれることが有れば協力はいたしますが……差し当たってはどのような?」


「そうですね。まずお願いしたいのは、広場に店を出したいと思っておりますので、建物を持っている方へのつなぎ、もしくは広場を利用されている方への取次になります」


「それくらいならお安い御用ですよ」


「それから、周りの方に周知をいただければと思います。後程こちらでも挨拶に回ろうと考えておりましたが、よそ者が突然うろつき始めては不安を感じる方もいるでしょう」


「リターナー殿は賢明であらせられますな。わかりました」


「ありがとうございます。本日は御挨拶のみを考えておりましたので、店舗に着きましては……そうですね、明後日にでも、またご相談させていただけますか。空き店舗があるようでしたら、見学させていただけるとありがたいのですが……」


「分かりました。予定をつけておきましょう。午後で問題ありませんかな?」


問題ないことを伝えると、2時すぎから空き店舗を見れるように調整してくれるとのこと。


「急なお願い、ありがとうございました」


頭を下げて屋敷を後にする。

ドーレさんに渡したブローチには、希望もあって束縛糸バインドを付与しておいた。


「さて、魔力強化マナ・ブースト魔力探信マナ・サーチ


屋敷を出て30メートルほど離れた所で角を曲がり、サーチを発動。

……ふむ、気づいて動くような人影は無し。ただ……3人か。


「……どう思いました?」


小音を発動させてから、バーバラさんに感想を聞く。


「どうとは?」


「3年くらい前まで、この地区の顔役は別の人物でした。それなりに高齢だったのでお亡くなりになられたのかも知れませんが……家の作りや調度品、結構お金がかかってましたね。わざわざ貧民街に住まなくてもよさそうに感じました。執事の男性、武術の心得があります。貧民街と言われる一地域の顔役の執事に収まるには、ちょっと違和感があります」


武術の心得がある、つまりレベルだけではないという事。

そう言った人物は、ただレベルの高い冒険者よりも貴重なのだ。


「……ワタルさんはそのようなところを見て」


「ここは王都でも治安の悪い地域ですよ。はじめっから警戒はしてます」


その為に、今回タリアは連れてこなかった。


「それに、ちょっと気になる点も出来ました」


「さっき、魔術を使われた件ですか?」


「お、気づきました?」


魔力探信マナ・サーチに気づくとなると、魔力感知のレベルが高いのかな?

俺の魔力感知は3レベルまで上がっているが、魔力探信マナ・サーチを知覚するのは厳しい。攻撃魔術は密度が高いから分かりやすいが、魔力探信マナ・サーチは魔力密度が低く、しかもノイズが少なく放射が一定なため、相当意識しないと感知できない。


「格闘家の前は魔導士でした」


「なるほど。2職目でしたか」


19歳で1次職2つ目の後半はかなり優秀だな。

魔導士は格闘家とのシナジーは薄いが、50まで上げて魔闘士になるのだろう。


「まぁ、そんなところです。尾行を警戒してもありますがね。とりあえず、引き続き調査です。次に行きましょう」


「次はどこへ?」


「広場に戻って、水くみ屋の兄さんがたに挨拶。その後広場の店舗に挨拶。そしたら孤児院ですかね」


まだまだやることは盛りだくさんだ。

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