第110話 賄賂の準備をした
二人を見送った後、本格的に計画を始動させる。貧民街へのテコ入れだ。
「支援者として、アインス子爵の名前をお借りできることに成りました。男爵様の物と合わせて、こちらをお使いください」
このやり取りは前日にさかのぼる。バーバラさんが持ってきたのは、2つの記章と旗。
記章はそれぞれ子爵家、男爵家の物で、これは後援を表すものだな。旗も同じく。
クロノスでは貴族と関係の組織は、その貴族の旗を掲げることが多い。種類も豊富で、『組織側から貴族を支持』『貴族から組織を支持』『貴族が運営する組織』『貴族の権利を代行する組織』など、旗の色や紋様によってさまざまの無い実がある。
今回のは『貴族から組織を支持』、つまり『後ろ盾がありますよ』の旗だ。知る限りはどちらも本物。
この旗は割とお手軽に配られるのだが、それでも領主の許可も取り付けたのは中々に動きが早い。
「やらなければいけない事は三つですかね」
一つは孤児院への支援表明。貧民街に属する孤児院は二つあり、共にほぼ個人経営に近いはずだ。
ここへの支援は、差し当たっては食糧支援。それから素質のある子供には復唱法で魔術を教える。
いきなりの金銭支援は警戒されるし、結構な金額を出す必要があるとなると、持ち逃げの可能性も出る。この世はきれいごとばかりで無いので、悲しい結果に成らないよう注意しなければならない。
二つ目は、貧民街広場で商売を始めるためのあいさつ回りだ。
王都は広すぎてアインスのように管理が行き届いていない。自衛の地区ごとに自治組織のようなものが構成されており、ギルド管理に成っていない所での商売は、ここと揉める可能性がある。
俺がやろうとしている内容はダンピングに近いので、教会はともかく、屋台関係者とはもめないように調整しなければならない。
また、貧民街は治安がよろしくないからな。あらかじめ顔通しをしておく必要もある。
三つめは機材の確保だ。この世界は便利なガスコンロも水道も無いので、炊き出しをするにも必要な道具も多い。
錬金術とエンチャントを使って便利な道具を作り始めているが、逆にそちらは大っぴらに利用できない。
エンチャントが普及して居なかった所為で、錬金術と合わせると思いのほか色々なものが新しく生み出せてしまった。
後で男爵に押し付けるにしても、魔物を生み出したらシャレに成らないので、無作為に広まるのはさすがにまずい。
まず手を付けるのは二つ目、関係者の取り込みかな。
「バーバラさん、貧民街にばらまく賄賂で嫌味にならず、でも喜ばれる贈り物って思い当たるものありますか?」
「賄賂言いました?」
「それ以外に何が?」
めんどくさい交渉はする気は無いのだ。こっちは稼ぎが目的じゃないのだから、小金撒いて気分良くなってくれるならそれに越したことは無い。
「……貴族でも庶民でも、現金は生々しすぎてあまり好まれないと思いますが、それ以外は……」
「んじゃ、有り余ってる貴金属にするか。皆とも少しデザインを考えるの手伝ってくださいね」
トレーニングを終えてくつろいでいたロバートさん、リネックさんの二人も工房に呼んで、四人で貴金属のデザインを考える。
石はこっちで加工するとして、4人には粘土板を渡してデザインを考えてもらう。
「まずは宝石。ケイ素が余っているので、クオーツ化して、そこに少量の元素を混ぜて人口宝石化します」
透明のな水晶。鉄を混ぜたアメジスト。チタンとマンガンを調整してローズ・クォーツ。
この辺は比較的簡単で、作り方もメジャーだ。錬金術師系2次職である
後は適当に混ぜるか。使えるのはアルミ、鉄、カルシウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウムあたり。ケイ素とうまく反応してくれる奴じゃないと難しい。チタンは領が少ないから勿体ない。
上手く透明度を維持したまま色づいたものだけを使っていこう。
「今、ほんとに錬金術を見ている気がするわ」
タリアはこめかみを揉みながら、脳内で金策をしているのだろう。
「人口宝石は安いぞ」
魔素同位体であればともかく、単なる宝石の価値は地球と比べてもゴミみたいなもの。
INTとMPがあれば、構造変換のスキルを使って1次職でも木炭から人工ダイヤモンドが作れる。大きな結晶を作るのは大変だが、やってやれない事は無い。
「カットの仕方は全部同じでいいかな。仕事しろDEXぅ~」
小指の先位のじゃらじゃら作る。一個作るのに1分ぐらい。変成で形を変えているだけだけど、多面カットは結構めんどい。
「ん~……指輪?ペンダントが良いかしら?」
「ブローチなどどうですかね。あとは髪留めなどですかね」
「男も対象なのだろう?ロバートの言う通り、ブローチを多めに作っておいた方が無難だろう。指輪よりはペンダントやネックレスの方が良いと思う。賄賂で指輪貰っても嬉しくは無いだろう」
「リネックさんは的確ね」
3人は相談しながら、幾つかのモチーフでデザインを考えてくれた。
「……いや、皆さんおかしくありません?」
バーバラさんは困惑気味だったが、
小一時間で50個ほどのクオーツを加工して、さらに2時間ぐらいかけてアルミでフレームを作る。
一番豪華なものは宝石三つを使ったブローチ。ディアドロップ型にカットしたペンダントなども作ってみた。
ロバートさんデザインは、剣をモチーフにしたブローチ。男性向けだ。
なんか温泉街のお土産とかでありそうだなぁと思ったけど、それは口には出さなかった。
リネックさんデザインは、花をモチーフにしたブローチ。
要求が細かいのは斥候の性なのか。パーツが多くて結構作るのに時間がかかった逸品だ。
ちなみにタリアは、月をモチーフにしたペンダントトップをデザイン。
バーバラさんは、悩んで悩んで悩んで力尽きた。貴族の館で働いていたようなので一般教養は在りそうなのだけど……あるからセンスと画力の齟齬に絶望したかな?
「なんなら一つくらい持って行きます?」
二人にそう聞くと、顔を見合わせた後、首を振った。
「自分で着けることは無いですし、作る工程を見ていると、誰かにあげるのもはばかられます」
「プレゼントは自分で金を出して買うので大丈夫だ」
まぁ、二人の給与でも十分買えるし、なんなら休日魔物狩りにでも出れば余裕だろう。
その為に使える個人的な武器もプレゼントしたしな。
と、そんなやり取りをしながら贈答品を量産したのが昨日の午後。
それを商人ギルドで買った適当な宝飾品ケースに入れて、冒険者の正装である鎧にマントを羽織って、
クロノスの王都は雪国となる地域にあるので、貧民街と言っても並ぶ家々は石造り、レンガ造りだ。
しかし古い建物が多く、壁や窓が壊れて応急処置されただけの建物もちらほら見える。道を行きかう人は少なく、たまにすれ違う人の顔も暗い。
「もともとは普通の街だったからか、名前ほど悪くは見えませんが……やっぱり空気は悪いですね」
路地から顔を出した子供が、こちらを見て慌てて引っ込んでいった。
窓からこちらをうかがう視線も感じ、あまり歓迎されていない様子だ。
「私はこちらに来ることはありませんでしたが……なんでしょう、この……」
「臭いですね」
バーバラさんは顔をしかめる。
大通りはそれなりに清掃されているようだが、風に交じって漂ってくる臭いはあまり気持ちのいいものではない。
今日のあいさつ回りは、集合知で得た情報から諸事情によりタリアはお留守番。
俺は簡易的に装備した防具の上から、アインス教会のタバードを羽織り、貰った記章をつけている。
バーバラさんは格闘家らしくなめし皮のピッタリした鎧を着こみ、記章付きのジャケットを着て、膝や肘のみ金属製のガードを付けている。
一見すると教会関係者のようだが、注意してみれば貴族絡みの冒険者風に見えるだろう。
「さて、ここが中央広場ですかね」
広場の中央には井戸があり、水くみ屋が陣取っている。
並ぶ家々は大体が2階建てのアパートメントタイプで、1階は店舗だったであろう建物が多い。
営業している店舗は雑貨屋、パン屋、それに食堂兼宿屋。宿屋は多分売春宿だろう。まだ日も高いのでそう言うお姉さん方はお休み中だろうが、金のにおいをかぎつけられても面倒だ。
そう言う意味ではバーバラさんを小間使いに選んだアインス男爵は先見の明がある。
「それで、どうするんですか?」
「適当に話しかけますよ。お兄さん方、ちょっと良いかな」
井戸にたむろしているガラの悪い3人組の兄さんたちに話しかけると、問答無用で手を取って100G銀貨を握らせる。
「なんでぇ?水くみにしちゃ多いぜ」
「いやなに、ちょっとこの辺で事業を始めようと考えていてね。まとめ役に取り次ぎを願いたいのだけれど、知り合いでは無いかな?」
そう言うと三人は顔を見合わせて、奇怪な生き物でも見たような表情でこちらを見返した。
そうして上から下まで俺たち二人をなめるように見た後、記章に目を止めてから躊躇した後、「ついて来な」と一人が歩き出した。
さて、鬼が出るかな?蛇が出るかな?
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