第105話 大量生産を提案した
「貧民街?」
「ええ、存在はご存知ですよね。第7層の一角に、そう呼ばれている地域があります。まあ、名前は悪いですが、親を亡くした未成年と、病人・けが人の吹き溜まりみたいな地区ですよ」
「働けない者たちの。孤児院がある地域だな。あまり褒められた呼び方ではないぞ」
「とはいえ、俗称ではそう呼ばれているのも事実です」
出ていくものがいれば入って来る者もいる。あそこが貧民街なのは、そう言う人が集まったがゆえに地価が安く、地価が安いゆえにそう言う人が集まるのだ。
「成人すれば
「それが未成年と病人だと」
「はい。実際、運悪く怪我や病気で働けなくなる人は出ますから。教会で治療はしてくれますが、完ぺきではありません。この王都周辺は価値の高い魔物は出ませんから、魔物で稼ごうとすると、一日二日の遠征はこなせないと生活できない。貧民街に居るのはそう言う人で、さらに言えば、そう言う人に一般職の需要はありません」
手に職、とは言うものの誰もが皆、個人経営者としてうまくやって行けるわけではない。
体調が悪い病人や、けが人なんかはなおのことだ。
「何を始めるつもりだ?」
「偽善事業ですかね。とりあえず、無料で炊き出しと治療院を開きます」
慈善事業では無く偽善事業。よくないかな?
最終目標である魔王討伐のため、人類戦力の底上げをするのが目的だ。ただの人助けではない。
「協力者を集めるなら胃袋を掴むのが手っ取り早いです。王都は食料品は安いですからね。それで貧しい家庭と孤児院を支援します。それから、教会で治療しても治らない病人の治療。アース式治療術って噂は伝わってませんか?」
「……アインスで最近新しい治療術が流行していると聞いたが」
「それですね。1次職の回復魔術でも神の奇跡ですから、治らない病気なんてそうありません。治らないのはINT不足か、治療の選択が悪いからです。なので治せる人は治します」
部位欠損などは1次職では無理なので、さらに
「癒したものたちに働かせるのか?」
「それでも良いですが、手っ取り早いのは封魔弾の作成ですかね」
「封魔弾の?」
「復唱法の話は伝わっていますか?
戦いは数だよ。
封魔弾じゃなくても、MPタンクにしても良い。MPを持ち寄って一番INTの高い人が付与するだけで価値が上がるのだ。
「……恐ろしいことを思いつくな」
封魔弾が爆発的に広まれば、魔物を狩る動きは加速する。
王都周辺で全く魔物が出なくなるまで、そう時間はかからないだろう。そうしたら、次は周囲の村に封魔弾を輸出すればいい。
「封魔弾は価格が安いほうが良い。その方が“安全”です。それに、威力の高いものはそれはそれで需要があるので、私がギルドに売ってるものとは競合しない」
「混乱を招きそうだし、危険ではないか?」
「封魔弾が人に使われるリスクは考えられます。ですが、INTの低い1次職の魔術など、実際には脅威に成らないでしょう?困るのは魔物だけです」
この場合、暗に貴族たちの、と言う意味がある。
一般職には脅威でも、1次職でもレベルの高く、2次職が多い貴族たちには、さしたる脅威に成らない。
「もともと封魔弾の作成方法も、復唱法も、アインスから各地に広まり始めています。なのでちょうど職にあぶれている貧民街の民を使って、ちょっと後押しをしようと言うだけです。そこに貴族様の名前を借りられれば更に良い。私が王都を発った後、事業を引き継いでくれると安泰です」
バックに貴族が居れば、大概の平民は黙らせることができる。
無料の治療院は教会からの圧力が考えられるからな。別にこっそりやるのでも良いのだけど、あるなら後ろ盾が欲しい。
王都の教会はアインスと違って、まぁまぁ腐敗してるからな。魔術師ギルドともども、あまりお近づきになりたくない。
「封魔弾のギルドへの売却益で供給量を増やし、魔物を退治を容易にすることで価値を下げ、弱体化を図ります。レベルが上げやすくなれば、冒険者も増えます。その増えた冒険者たちはさらなる稼ぎを求めて魔物を駆逐しながら過疎地へ、国外へと移動していくでしょう。中には中央へと考える者も増えるかもしれません」
「それが貴殿の仲間となるかもしれないか」
「空絵事ですよ。実際には、貧民街が困窮から多少脱すれば、恩を感じて俺に着いて行こうなんて酔狂なのが現れるかもしれません。幸い、育成は自分の封魔弾で出来ますからね。パワーレベリングして、見込みが在りそうなのを連れて行く、くらいの考えで居ます」
今のところ魔王討伐に誘ったのはタリアを除けば、バノッサさん、グローブさん、エトさんの三人。
彼らは国やギルドのように大きなしがらみが無いと考えられた人だ。貧民街の民も同じだろう。
直接では無くても、恩を感じて手助けをしてくれる人が増えれば、取れる手は増えるし、討伐に近づくかもしれん。
「考えは分かったが、その考えは市中に捨て置くには惜しい。なおの事、国に仕えてもらいたいのだがな」
「根無し草の冒険者ですよ。ここでダメなら、ふらっとどこかへ消えるかもしれません。それをせず、こうして伺いに来ているのが、この国への何よりの忠義とお考え下さい。なに、怪しいと思うなら後で訊いてみればいい話でしょう。どうせ真偽官が聞き耳を立てているのでしょうから」
この世界の人間が人を容易く超える力を持つようになったのち、神はそう言う者たちを抑止するための職業も作った。真偽官はそのうちの一つであり、ウソを見抜く能力を備えている。
「……気づいていたのか」
「知っているだけです。どこにいるかなんてわかりゃしませんよ。私はあくまで1次職の
「そうであったな。……あいわかった。褒美は何か別の物も考えることに成るだろうが、事業に名は貸せるか検討をしよう。正式な召喚は半月後で調整中だ。その時に気が変わっていれば、おとなしく受勲されるが良い」
「ありがたき心遣い、感謝いたします」
「差し当たって、私の方から力に成れる人を充てよう。屋敷への滞在は袖にされてしまったからな。こちらと連絡を取りたい場合も、その者たちを使うと良い」
体のいい監視と言ったところかな。まあ、そんな面倒な事には成らんだろう。
「それではありがたく。ご配慮いただく代わりと言っては何ですが、公使様にもこちらを贈らせていただこうと思います」
取り出したのは木箱に入れた封魔矢。ランス系が付与された10本セットだ。
「封魔弾の矢か」
「名前が定まっておりませんので、封魔矢とか属性矢とか呼ばれているものです。もしお気に召しましたら、お引き立ていただければ幸いです」
「ふむ……ちなみに兄はいくら出した?」
「さすがにそれをお答えするのは……」
「まあそうか。試させてもらおう。また、そう言う話であればそちらの腕輪にも興味があるが……」
そうだよね。一通り説明終えた後から気に成ってる風だったし。
「では、詳しくご説明いたしましょう」
永続付与について説明を行い、こちらも少し物を納めることに成った。
ギルドよりいいお金を出してくれる。一部は王国の研究機関に流れるかな?
なんにせよ、魔物を積極的に倒してくれれば万々歳だ。
………………
…………
……
「それで、どう思う?」
ワタルが帰った後、執務室に戻ったウル・アインスはそばに控えた男にそう問いかけた。
「……少なくとも、ウソは言っておりませんでした」
「だろうな。真偽官が居る想定で嘘をつくものなどそうはいない。それを踏まえてどう思った?」
「あれは狂人の類ですね。王国貴族には向きません」
「私も話していてそう思った。自分の持っている技術を惜しげも無く公開する。どれもひと財産築けるレベルのものだ。少なくとも、金と地位は不要と見える」
「進言しているのが何よりの忠義、でしたか。あの言葉にも嘘はありませんでした。本気でそう思っています」
「中央に行くという話もか」
「はい。本気で中央大陸へ渡るつもりのようです」
「こちらから向うへなど、本当に狂人の類なのだがな。我々も遠征では少なくない犠牲を払っている。……まあ、説くだけ無駄か。しかし他の貴族や隣国に取り込まれるのも癪だな。何か考えて進言しておくか。報告書をまとめるので、後程確認したらサインを頼む」
「かしこまりました。それでは私はこれにて失礼いたします」
男が出ていくと、ウル・アインスため息をついた。
「さて、兄上にはなんと報告した物かな」
そうぼやきながら、報告用の羊皮紙にペンを走らせるのだった。
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