第104話 受勲は断った
「ありがたきお言葉ではありますが、無名の冒険者に対して大仰なお話ですね。まだ発端からひと月足らずで、検証も進んでいないのでは?」
騎士爵授与、つまりこの国で貴族――実際には準貴族だが――に成らないかとの誘いに、言葉を濁しつつそう答えた。
貴族に成らないは確定事項。クロノスの貴族になったら、自由に国から出られなくなる。
魔王を倒さなきゃいけないのに、この国に縛り付けられるのは意味がない。
「限界突破だけなら議論の余地もあったのだが、それがオーク将軍の討伐となると話は変わって来る」
「それも懐疑的な方が居られるのでは?」
エリュマントスを倒した際、近くにそれを証言できる人はいなかった。
討伐の証明として一度大剣を預けはしたが、証拠がないのではと言ってくる貴族は居ると想像している。
「アインス襲撃の際、複数の領兵がエリュマントスの消失を確認している。あやつはどこぞの不死者やゴブリン王と違って、撤退することも分かって居るからな。倒されたのは間違いないだろうと報告が上がっている。貴殿がレベル99になったタイミングとも一致するしな」
なるほど。城壁からこちらを監視していた兵が居たか。
「王国騎士団でも1名、レベル51を目指してレベル上げを強行しているが、まだなされていない。99まで上がるには相当な魔物を倒さねばならぬのだろう。それこそ、四魔将のような強敵をな。なので99の功績も疑う余地はない。ただ、実力が見合うのか、と言う声はある。エリュマントスは1次職が倒せるような相手ではないからな」
そうだろうな。俺が爵位を拒否する理由も、そこに結びつけるべきだろう。
「報告ではエリュマントスの武器を奪って倒したと上がっている。実際に貴殿の口からききたい」
たぶん、これまでに無かった技術なので実感がわかないのだ。
俺は目の前の空になったティーカップを手に取って、それを掌に載せる。
「私が
右手に載せたティーカップを、収納して左手から出して見せる。
「うむ。聞いている。申し訳ないが、ここに来るまでに中身も確認もさせてもらった」
……気づかなかった。いつだろう。
とばりの杖やエリュマントスの大剣をタリアに預けていて正解だったな。
「なるほど。帯剣を気にされないので少し不思議に思っていましたが、スキル持ちの方が居られましたか」
今日は鎧を一通り装備して、腰に剣を刺している状態だ。
盾は
「そこらの冒険者に負ける程度では王国貴族は務まらぬのでな。して?」
「はい、この
料理を乗せていた木製のトレイを借りる。
「一般にスキルと呼ばれている
トレイに
「この状態で、トレイに触れた物は私の
そうお願いすると、男爵はスプーンを一つ、トレイの上に置く。
即座に収納されたスプーンを、トレイを持たない手から取り出す。
「ここで、例えば、収納前にこいつに速度を与えます」
今度はスプーンを真上に放り投げ、落ちてきたところをトレイで受ける。
「
左手からに出現したスプーンは、これまで持っていた速度の通り天井に向かって跳ね上がる。
そして再度落ちてきて、木のトレイに吸い込まれた。
繰り返し行うと、だんだん空気抵抗で到達点が低くなっていく。
「と、まぁ、飛んできたものを収納することが可能です」
「なるほど。思いのほか応用の効く面白いスキルなのだな」
「はい。この
「ああ、それは事前に調べて知っている」
「はい。
そう言えば、この知識は誰の物なんだろう。
かなり限定的な情報なのだが、研究者が居るのか、それとも実用している超人が居るのか。
「エリュマントスの武器は、ものはともかく通常武器でした。なので、奴を挑発して高威力のスキルの乗った攻撃を、
「……奴の剣は収納された。高威力のスキルが乗った状態で、という事だな」
「はい。それを逆向きにして取り出して、あいつにぶつけました。その一撃だけでは倒せませんでしたが、怒り狂って飛び込んできた奴の頭の前に、再度奴の大剣を設置しました。自重で自分の剣に串刺しにされたのが決め手となって、倒すことができました」
「……見事だな」
「幸運が重なっただけです」
「それは自らつかみ取ったものだ。なるほど、確かに正攻法の強さでは無いが……私は評価する」
「ありがとうございます」
「授与に関しては問題もなさそうだが」
「それについてですが、爵位は辞退させていただきたく」
「ふむ。そう言う冒険者も居るのは知っている。が、理由は聞いても?」
「私には過ぎたる褒賞と思いますので」
「謙遜も過ぎると傲慢と取られるぞ」
「……中央でより高みを目指そうと考えております」
「……なるほど」
何かを思案しているようだったが、それ以上は聞いて来なかった。
「代わりと言っては何ですが、後ろ立ていただきたいことがございます」
「……ほう。なんだ」
「私はこの世界のどこの生まれか分かりません。サンワサ村のシスターにお世話に成りましたが、それより前、この国に居たのか、別の国に居たのかも不明なのです」
「ふむ。両親も分からぬとの話だったか」
「魔物の被害がもっと減れば良いと思っておりました。縁あって竜殺しの賢者に教えを受け、封魔弾を生み出しました。これが広まれば、わずかばかりかは魔物の被害を減らすことができるでしょう」
「うむ。子爵からもそのように聞いている」
「はい。しかし、まだまだ足りません。中央を目指すにあたって、ともに歩んでくれる仲間も不足しております。まあ、中央に行こうなんて狂人の類ですからね。そう居ません。なので、今は有効に動いていない労力を活用して、この国の対魔物能力を高められないかと」
「……また大きく出たな」
「はい。私以外が魔物からの富の回収を進められれば可能です。具体的には冒険者人口と、冒険者の平均レベルの底上げをしたい。平均レベルの底上げは封魔弾の量産でされていくでしょう。技術的な話はこちら」
テーブルに乗せたのは修練理解のスキルを付与したバックルだ。
「戦士のパッシブスキル、修練理解を永続付与でエンチャントしたマジックアイテムです。身に着けた物に修練理解が発動します。これと同じ要領で、MP回復向上や魔物特攻なども付与可能です。これが量産されれば、ギルドが技術的な向上に努めてくれるでしょう」
そう言うと驚いた顔をして腕輪を手に取る。
「
「すばらしいな。言う通りなら貴殿の価値はますます上がるが?」
「しかしその先も見たくはありませんか?」
「……興味はある」
「何事にも実験は必要で、個人で勝手にやるのが理想的だと思っています。最終的に中央に行くのが目的なので、利益は誰かが引き継いでくれる方が手間が無くていい」
「具体的に何を始めるつもりだ?」
「貧民街のテコ入れをします」
さて、ここからが交渉だ。
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