第103話 アインス公使と面会した

公使との面会日の朝、パンとスープの簡単な朝食を済ませて、錬金術師アルケミストのスキルを試そうかと思っていたら、護衛の二人がやってきた。


「10時になったら迎えの馬車が来ますよ?」


「あれ?午後からじゃなかったでしたか?お昼食べてから出ればいいとばかり」


「いや、第三層は関係者が一緒じゃないと入れないし、そもそも軽食が……そう言えば伝えてなかったな」


どうやら13時から会食を兼ねての面会のつもりだったらしい。


「それ、ランチって言いません?午後からって言われたらお昼食べちゃいますよ」


「問題はそこでは無いでしょう。あと、三食食べるのは一般的ではないです」


そういやそうだ。

休憩は取るものの、ちゃんとした食事を三食取る文化は冒険者くらいだったな。

普通は細かく休憩を取って、その際にスコーンや甘くないクッキーのようなものを摘まむのが一般的。

ギルドはいつでも飯が食えるし、昼は屋台も多かったからすっかり忘れていた。


「王都に詳しいから確認し忘れたな。もしかして、面会の屋敷まで走っていくつもりだったか?」


「そうですね。30分もあれば着くかと」


「呼び出した相手に徒歩で来させる貴族は居ないな」


それもそうだ。


正装はすぐ準備できるとして……ああ、転職しないと。今は錬金術師アルケミストなんですよ」


「ええ。それに気づいて、もしかしたらと思い早めに来ました」


「すまない。王都に詳しいから基本的な流れは知っているものとばかり思っていた」


「タリア!神殿までダッシュしてくるからあとよろしく!」


慌てて飛び出して、転職神殿からとんぼ返りしたところで馬車が来た。

執事だという男性に案内されて、ロバートさんは御者の隣に、リネックさんは中に乗るらしい。なるほど、扉側に護衛が座るのか。


王都内の道は石畳のような形で整備されているが、馬車での移動はそれなりに揺れるな。

クロノスの一般的な馬車は板バネ式だっけ。衝撃波吸収できるが、そもそも車体が傾くのはどうにもならない。

吊り篭式も作られているな。魔導工学が発展している国だと浮遊式なんてものもある。

クロノスは農業国家だから、この辺の技術はあまり発達していないようだ。独立式の簡単なサスペンションなら錬金術で作れるかな?


「馬車は乗りなれませんか?」


「ああ、いえ……そうですね。走った方が速いので」


「さすが、冒険者の方は体力が有りだ」


さすがに新しいサスペンションを作れるか考えていたとは言えない。

1時間半ほど馬車に揺られると、3層の門までやって来る。


「お手数おかけいたしますが、ここではステータス開示は必須となります」


一度馬車を下り、名前、年齢、職業にステータス値を開示する、

特に何も言われること無く、署名だけ求められて第三層、貴族たちの住まうエリアに入ることができた。

ちなみに第1層は王家の住まう宮殿で、第2層が実質的な王城である。


「こちらは3層と4層は防衛を兼ねてかなり複雑な道に成っております」


もともと市民の住む場所だった3層目は、4層目を作る際に一括で買い取られ、防衛を兼ねた街に再度設計されなおした。4層は初めからその思想で作られている。どちらも馬車が通るにはかなり大回りをしなければならない。

やっぱ走ったほうが早いな。


「貴族の人は大変ですね。王城までたどり着くのも時間がかかるでしょう?」


「いえ、普通は歩きますので。3層で馬車で移動するのは、4層以下から入ってきた人がほとんどです」


……なんてこった。

どうもこの馬車移動は、街の構造を把握させない目的もあるらしい。

馬車の窓は曇りガラスで、採光はあるが外の様子は分からない。なるほど、理にかなっている。

やっぱり屋敷にお世話に成らなくて正解だな。


貴族と言っても、国内は年中戦時下みたいな情勢のこの世界では、悠長に文官だけをやってるなんてことは無いらしい。

地位や金にモノを言わせてパワーレベリングはするものの、一度超人的な力を得てしまえば、前の感覚には戻れないとかなんとか。

たしかに2次職に成っていれば、自分が歩くより遅い乗り物に金と時間を費やす意味を見出せないのは頷ける。


それから小一時間掛けて、アインス公使の館までたどり着く。

壁で囲まれた屋敷の前には厩舎と乗り降りのためのロータリーがあり、結構広い。


「公使のウル・アインス様は騎士団所属の魔槍兵でもあり、アインス領領主であらせられるトフリ・アインス様の弟君に当られます」


おっと、複合2次職。2つ以上の1次職を50以上にしないと転職できない職業だ。

貴族のレベリングでも複合までやる人は少ない。という事は武官としても優秀な人なのだろう。


屋敷の中は比較的質素だが手入れが行き届いており、作りは良質で実用的。

兄弟どちらの趣味かは分からないけど、ゴテゴテした成金調じゃないのは好感が持てる。

窓の外にテラスの見える貴賓室でお茶を出されながら――紅茶で、しかも砂糖とミルクが付いてきた――しばらく待つと、ノックがあって40代前半くらいの男性が入ってきた。


少し白髪の交じったグレーの髪をオールバックにしたナイスミドル。胸板が厚いな。きっと戦士系だ。

この世界、年齢が上がると老け込むのが早いから、実年齢は30代半ばかな?白髪が心労の所為じゃないと祈ろう。


「初めまして。ウル・アインスだ。名はワタル・リターナー殿であっているかな」


「お初にお目にかかります。ウル・アインス男爵閣下」


にこやかに手を差し出す男爵様に頭を下げる。


「ああ、そんなにかしこまらなくていい。冒険者と寝食を共にすることも多いのだ。こちらも、呼びつける形に成っている以上それくらいの礼儀はわきまえる」


「……ありがとうございます」


お礼を伝えてから握手を返す。

クロノスでの貴族とのやり取りとちょっと流れが違うが、まあ良いというなら良いか。

集合知の知識でしか知らないから、応用なんて器用な真似は出来ない。


「簡単な食事を用意させた。話には聞いていると思うが、今日は本番じゃない事だし食べながら話そう」


そう言うとテーブルの上にカナッペ的な軽食が並べられた。

チーズと生ハム?緑のはアボガドっぽいな。紅茶と言い、南の方の食材を簡単に提供できるとは、さすが貴族。


「早速だが、まずはステータスを見せてもらえるかな?」


再度座り、紅茶を飲んで一息、ウル男爵はそう切り出した。

予定通りなので、適性などを秘匿したステータスを提示する。


「うむ、すばらしいね。レベル99もそうだが、他も高い。どのような遍歴か気になるが……」


「ステータスの上昇については、私も詳しいことは分かって居ません。ただ、ステータスを使わないトレーニングはしてます」


「ふむ。気に成るが、順番に話そうか。まずは人類初の限界レベル突破、そして我が国の宿敵でもあるオーク将軍の討伐、大儀であった。アインス子爵からも効いていると思うが、王国からもそれなりに褒美が出よう」


アインス子爵、この場合は兄であるトフリ・アインス領主のことね。

爵位から言って、ウル男爵はアインス家からは独立しているのか。複合2次職だから武勲を建てて男爵家を建てたかな。


「ありがとうございます。領主様からも私の商品を装備に取り立てていただきましたので、すでに褒章は頂いたとの認識です」


「封魔弾であったか。それは正当な取引であろう。王家としても、功績を上げた物に褒美を出さないのは外聞が悪い」


支払いが軍票に成らなかっただけでも感謝なんだけどな。


「端的に行ってしまえば、貴殿に騎士爵を授与しようという話が出ている」


さて、面倒な話が出てきたぞ。

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