第102話 作った料理を振舞った

厨房には肉の焼ける良い匂いが立ち込めており、背後ではお腹を空かせた3匹の犬たちが、早くよこせと尻尾を振っている。

ああ、そんなに急かすな。良い匂いなのは分かるが、フライパンのサイズの関係で一気に焼けないのだ。


「そろそろ火が通り切ったかな。よし」


熱可視化サーモグラフィーで内部温度が十分な事を確認。

ブイヨンが煮込み終わったから、カマド二つで計10個のハンバーグを焼いたが、足りるかな。


蒸し野菜を加熱ヒートで温め、さらにパンも温め、テーブルに並べる。

今日はスープは無しだが致し方ない。カマドが二つだとスープまで調理は無理だな。

ソースも作れないから、味付けは多めに降った塩コショウのみだ。胡椒が輸入品で高いから結構贅沢。その分使ってる肉が安い。


後はマヨネーズソースの蒸し野菜のディップとパン。

この世界はまだ生野菜を食べる文化がほぼ無いから、野菜は炒める、煮る、蒸す、茹でるの四択になる。マヨネーズを作ったので今日は蒸し野菜だ。


「それじゃあ、いただきましょうか」


そう言ってタリアがテーブルの上にドンとでかいワイン瓶を置く。


「どっから出した。ってか、いつ買った」


「ワタルが食材を吟味してる間によ」


「ってか、タリア飲むの?」


この世界じゃ一応成人してるけど、成人前に魔物に捕まってなかったっけ?酒など楽しむ余裕はあったのか。


「外で飲む女は少ないけど、家で飲まない女はいないのよぅ」


「またそこかしこからクレームの付きそうなことを」


「そもそも、ワタルが飲まないから私が飲めないんじゃない。いいから飲みなさい。そっちの二人は?」


「酔わない程度に頂こう」


リネックさんが即答。


「……我々は一応仕事中」


「食べられるときに食べ、飲める時に飲むのも仕事の内だ」


後半は違くね!?


「……まあ良いか。それじゃあ、いただきましょう。いただきます」


皆思い思いに神に祈りを捧げ、思い思いに肉に群がる。

ちなみに、使われているのは木の食器で、フォークは木製、ナイフは金属製の刃の無い物だ。この木のフォークを見た時、この世界の木工職人の技量の高さに驚愕したよ。

使いやすいなめらかな曲線を描き、薄く仕上げられているにも関わらず高い耐久度。スプーンもだけど、木工の加工技術は地球より上かも知れん。


「やわらか!うま!なにこの肉!」


「これは素晴らしいな。うむ、すばらしい」


「ああ、うん。美味しいわ。これ硬いすね肉よね。煮込んで煮込んで煮込んで形が無くなってようやく食べられるるようになるのが、こんなふうになるのね」


どうやらハンバーグは好評なようだ。

どれ……うむ。予想してた味。塩コショウだけだからシンプルだけど、肉のうまみと相まってなかなか美味しく出来ている。

胡椒が良いね。アインスでも厚切り肉は食べられたけど、味付けは塩だけだった。

良い肉ならそれでも美味しいんだけど、ちょっと物足りない。


「二つ目に行く前に野菜もどうぞ。頑張って混ぜたマヨネーズソースをつけてどうぞ」


「おお、野菜が美味いですね!」


「なるほど、あれはソースだったのですね。素晴らしい」


「いいわね。ピクルスにしなくてもお酒に合うわ」


「気に行って貰えたようで何より」


取り分けた蒸し野菜も、大皿に盛ったハンバーグもどんどん無くなっていく。ついでに酒も。

これは残りも焼かないとダメかな?


「ワタルも飲みなさい。ちっとも進んでないじゃない」


「……酒は飲んだこと無いんだけど……まぁ良いか」


どうせ日本じゃないし、寄ったら魔術で解毒すればいい。

継がれた木のカップを傾けると、ブドウの香りが鼻孔をくすぐる。口に含むとほんのり甘く、アルコールらしき味はそれなりに感じるが、そこまでくどくない。


……あ、なるほど。酒精が弱いのか。

タリアはワインと言っていたが、地球のワインとはちょっと違うな。アルコール度数が低く、ジュースのように糖度が残っている。発酵期間も短いみたい。保存性は高くなさそうだけど……なるほど、樽に密封すれば収納空間インベントリで運んだり保存したりできるからか。


「ふむ。悪くないですね。冷やすともっと飲みやすいかな?」


試しにグラスを冷却クールで冷やしてみる。

……うん、甘みは薄れるけどこっちのほうが断然飲みやすい。


この世界は冷却技術は未発達だから、アインスは基本的に暖かい飲み物か常温の物しかなかったんだよね。

冬が来れば一気に気温が下がるから需要は無いだろうけど、来年の商談って事で冷たい飲み物も売り込んでみるかな。

南の方から伝わった紅茶に触発されて、いろんなところでお茶モドキが作られているけど、冷たいドリンクはまだないはずだ。


「……私にも」


「……はいよ。冷却クール


錬金術師アルケミストのスキルは便利ですね。お願いします」


「……瓶ごと冷やしましょうか?」


「それは試してみてからで」


「瓶ごと冷やすでいいわよ。はい、お願い」


タリアがどこからともなく二瓶目を取り出した。これ大丈夫か?


「……ああ、これは美味い。冷やした方が飲みやすくていいですね」


「まて、これはダメな奴ではないか?どう考えても飲み過ぎて悪酔いするぞ」


「美味しい肉、おつまみ、それにお酒。最高ね。そうだ、チーズを切りましょう」


……やっぱダメな奴じゃないかなぁ。


「明日は面会なので、飲み過ぎはダメですよ。タリア、一人で動くんだから、二日酔いに成らないように」


今日、冒険者ギルドに寄った際にタリアの冒険者登録を済ませてきた。

公使との面談や、王国官僚への報告には連れて行かない予定。一人で家を任せなければならないのに、寝込まれても困る。


「わかってるわよぅ。ところで、お肉ってまだあったわよね。無くなる前に追加が欲しいのだけど」


「……焼いて来るよ」


やっぱり足らなかったか。相変わらずよく食べる。

そしてその食欲が二人にも伝染している気がする。


「どうせならアレンジしたいけど……小さくしてブイヨンで煮込むか」


スープにした方が酔い覚ましに成るだろう。


ニンニクと生姜を刻み、フライパンで軽く炒める。

最初に作った肉の油に風味付けして、、ハンバーグを一口大の肉団子したものを投入。全体に焦げ目がつくまで焼く。

その間に玉ねぎを刻み、人参に加熱ヒートで熱を加えた後刻む。

野菜を突っ込んで、軽く炒めたら、こしておいたブイヨンを突っ込んで崩れない程度に煮込む。塩コショウで味を調えて出来上がり。


「肉を所望したらスープが出て来たわ」


「肉も入ってますよ。食べ出があって美味いですね」


「……………………」


リネックさんがコメントするのを止めた。


ん~……やはりハンバーグ種を煮込むのはちょっと無理があったか。先に焼いたから何とかなってるけど、ちょっと崩れてるな。味のしみこみも弱い。

それでも、肉なんて欠片しか入っていないギルドの飯よりは格段に美味いな。やはり材料には金を掛けるべきだ。


スープにしたおかげで酒の進みも落ち着いて、4人で二瓶を開けるにとどまった。

料理は好評だったが、どれが良いかの話はしそびれてしまったので、それは明日以降への持ち越しとなった。

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