第98話 王都の拠点を探してみた
「とりあえず、家を借りようと思う」
翌日、宿の食堂で朝食を取りながら、タリアにそう切り出した。
「突然どうして?」
「一言で言うと手狭だから。もっと言うなら、時間がもったいないからかな」
とりあえず公使との面会が明後日。
それは前哨戦みたいなもので、そっから王国の関係者への謁見を取り付けることになる。
これにどれだけ時間がかかるか分からない以上、何日王都に滞在することに成るか分からない。
「アインスでは宿だったじゃない」
「アインスは言っても小さい街だから、家を借りるメリットは薄かった。王都は大きな街で物流が強い。アインスで手に入らなかった素材が手に入る。それなら、拘束されている間に生産系職を試してみるのもありかなと。そうなるとギルドの作業スペースより広い作業場が欲しい」
今止まっている宿はアインス領主持ちで、それなりに良い宿だ。
それでも部屋は八畳ほどで広いとは言えない。
とばりの杖で一次職や一般職の50レベルまではたやすくあげられる。それなら、試してみるための場所を確保するのはアリだろう。
「精錬用の炉、錬金用の窯が置ける居住スペース込みの1軒屋。できれば作ったものを試すための庭があると尚よい。とりあえず一か月ぐらいで借りれるところを探す」
後はトイレもきれいなところが良いね。
アインスも道中の街も、それにこの宿も掃除はされているけど綺麗かと言われると微妙だ。
「家ってそんなに簡単に借りれるものなの?」
「お金しだい。流動人口が多いから、選ばなければ空き家はすぐ見つかるらしい」
この世界は自然発生する疫病を神の奇跡で克服したため、人の流動が地球の同じ文化レベルの時代に比べると飛躍的に多い。
人やモノの移動は価値を生む行為だが、物流が発展すれば物の入手は容易になり、価格は下がる。
食料や塩などの必需品の価格が比較的安いのはこのためだ。
「お金かぁ」
「昨日の腕輪の売却と、ブギーマンのドロップも含めてそれなりの金額があるから、多分商店も借りられる。立地が悪くて人気が無い所、治安が良ければなおよし。この辺りはギルドに聞いてみるのが良いかな」
ギルドは相互扶助協会だ。困った時には相談してみるのが良い。
冒険者ギルドや商人ギルドも住居を斡旋しているだろうけど、今回は職人ギルドか建築ギルドかな。
職人ギルドは生産系職向けのギルド。鍛冶屋や木工職人、陶芸家などの一般職が所属する。たまに錬金術師が所属していることもある。
建築ギルドは大工や土木建築士などが所属する。日本の不動産屋さんのくくりを大きくした感じで、新築を求めるならここに頼むことに成る。
各ギルドは会員じゃなくても相談や商談に応じてくれるから、まずは訊ねてみるのが良い。
そんな話を護衛の二人にすると、難しい顔をされた。
「なにか問題でも?」
「いや、住居を構えるのは問題ない。ただ……公使様がお屋敷を用意しているのではと考えている」
「どういうことです?」
「ワタルさんは一応、アインス領主の客人という扱いだからな。この場合滞在先も、公使様が用意するのが普通なので、今頃屋敷では大慌てで準備を進めている可能性がある。昨晩の宿は臨時のつもりなのだろう。そう言う話を詰める余裕も無かったのだが……」
リネックさんが言うには、俺たちは早く着き過ぎたのだそうだ。
アインスからの出発日は当然こちらに連絡が来ていて、通常であれば9日。早くても1日短縮できるか、何かあれば2週間くらいかかってもおかしくない。
そう言う日程を5日目の夕方に着いた。いくらなんでも早すぎると。
「ん~……そのスケジュールだと9日目の午後に面会予定だった?」
「いや、これでも一日二日は早めていると思う。屋敷でもてなすつもりでも、最終確認は公使様が行うだろうから、多分その予定時間を面会に当てたのだろう。推測だが、王城の謁見の方も議論中だと思われる。公式の謁見は審議官が立ち会うから、スケジュールの組みなおしが難しい。だがあまり時間を空けたくはない、と言うのは在るはずだ」
「……呼びつけておいてこちらの心証が悪くなるのを防ぐため?」
「それ以外に何がある?」
「いやぁ、たかが一介の冒険者相手に大層な話だなぁと」
クロノスは貴族だから、官僚、つまり役人はみんな貴族であるのが普通だ。
だけど職業とレベルがモノを言う世界、実力主義的な面も強いという話も合ったが、思っていた以上にそう言う風土があるらしい。
「一介の冒険者は単独で四魔将を撃破したり、レベル99になったりしないのでは?」
そんなこと言われても、それは偶然の産物なのだ。
「今日も屋敷には伺うように言われているからな。できれば待っていてほしい所なのだが……」
「どちらにせよ、貴族様のお屋敷にお世話になるつもりはありませんよ。自由に動けないのは困ります」
「だろうな。報告だけは上げておくか。ロバート、我々の宿も探しておいてくれ」
「ああ、わかったよ」
二人は一応俺たちの近くに居ないといけないらしい。
王都は広いからな。互いの場所によっては
後で聞いた話だが、やはり公使は王都滞在中、自分の館に我々を招くつもりだったそうだ。
こう言っては何だが、貴族の監視下に置かれるのは面倒だ。そちらは丁重にお断りすることにした。
「まあ、良い物件があるとも限りませんし」
とりあえず探してみて、見つからなければこの宿に居ることに成るだろう。
そう告げてリネックさんと別れ、街へ繰り出したのだった。
………………
…………
……
「こちらの物件などいかがでしょう」
「いや、そんなピッタリな物件が見つかるなんてある?」
王都ヒンメルの城壁を一つ奥に入った側のエリア。
2階建ての年季の入った建物を紹介された。1回はそれなりの広さの有る工房。金属精錬用の炉がそのままになっており、石造りの厚い床は錬金窯などを置いても問題ない。
それから申し訳程度の商店スペースと厨房、ダイニング、トイレが1階にあり、2回は居住スペースが2部屋。
裏にはそれなりの広さの庭があり、倉庫として使われていたであろう納屋もある。
「古いのはちょっと気に張りますが、きれいですね」
「ええ、建物自体は悪くないかと。まだこの6層目が最外層だった頃の初期に建てられた工房になりますので、おっしゃられる通りちょっと古くは在りますが、ご要望にはお答えできるでしょう」
ヒンメルの城壁は現在7層になっており、一部で8層目の拡張を計画している。
集合知の情報だと、7層目の完成が十数年前、6層目の完成が35年前だから、少なく見積もっても築30年と言うところか。
「いい物件だと思いますけど、なんで空き物件に?」
建物の状態が悪くない事は集合知で分かる。借りてはすぐに見つかりそうなものだが。
「まず商業地から遠いです。周りは見ての通りの城内耕作地なので、商売をするには向きません。道もそう良くない。今計画中の8層目の開発エリアは真逆ですし、一番近い7層目は貧民街に成ります。こちらも商売には向きませんし、一般職の方々は治安も気になされます。まぁ、そちらは家を借りられる冒険者の方が気にするような話では無いと思われます」
5階層くらいまでの移動は特に制約が無いらしく、貧民街に近いのは倦厭されがちだとか。
王都の貧民街は基本的に未成年孤児やけが人の寄合いだ。
各種職業組合のサポートが厚く、わざわざ王都に居座り続ける理由も無いこの世界で、貧民街が形成されるにはそれなりの理由がある。
「まあ、それはそうですね」
おそらく物理的な脅威はほぼ無い。タリア相手ですら、身の危険が及ぶような能力があるなら、貧民街に住む理由はないからな。
犯罪の取り締まりはかなり厳しいから、窃盗程度ならともかく、凶悪犯罪者が潜んでいるというのもそう考えなくていい。そう言うのはむしろ地方都市や農村の方が多い。
むしろ、この立地は有りだな。
困っている人に恩を売る形の方が、魔王討伐の流れは作りやすいかもしれん。
「備え付けの家具は利用いただいて問題ありません。ただ、入れ替えは返却時に原状復帰でお願いしております。家賃はひと月単位で2800G、保証料は1000Gになります。お安くはありませんが、いかがでしょう?」
結構いい値段がするが、王都の商店では安い方だな。一般職で生産をメインにやるとまた違うのだろうけど、俺は冒険者感覚ならアリだ。
今の宿は1泊50Gくらいかな。二人で1ヵ月泊まったら似たような金額に成るので、そう言う意味でも問題ない。
「タリア、ここでいい?」
「私はいいわよぅ。昔済んでた家と広さは同じくらいで、住み心地も悪くなさそうだわ。ガラス窓は明るくていいわね」
「それじゃあ、ここをお借りします。必要な家財は準備をお願いして良いですか。寝具、調理器具、あとは鍛冶師と錬金術師の基本セット」
「錬金窯などですね。はい、可能です。大物だとそれとベッドになると思いますが……」
「二つ、二階の……」
「東側の部屋に並べては搬入して頂戴。新品でね」
「かしこまりました」
「……二部屋あるのに」
「それ以上何か言うなら強硬手段に出るわよ」
……まあ、いいか。
この辺が俺とタリアのスタンスの違いだけれど、気持ちは分からなくは無いので触れないのが一番。
代金として9000Gを払って、足りなければ別途請求してもらうことにする。寝具も工具もそれなりにするから、初動5000Gはまぁ妥当なところだろう。
「……この近くで宿ってありますかね?」
「いやぁ……7層目に行けば教会に泊まれますが……」
ロバートさんは困っていたが、その辺はどうにかしてくれるだろう。
一応空き部屋に住みます?と聞いたが、全力で首を振られた。なにがそんなに恐ろしいやら。
さて、午前中で拠点が決まったし、午後は何をしようかな。
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