第97話 王都ヒンメル

ブギーマンの襲撃から1日半が過ぎ、夕暮れも近づいたところで王都の城壁が見えてきた。

昨日、明日も走ると伝えた時にはアホを見るような目で見られたが、移動は予定通りだ。


「……大きな街ね」


森を抜けると丘があり、そこを超えると長い柵で囲われた農地の先に王都の城壁が見える。

拡張に拡張を繰り返した大外の城壁はまだ新しく、城壁から伸びる尖塔の奥に、クロノス王国のシンボルでもある時計塔が見えた。


「たしか固定人口でも30万人くらいは居るんだっけ。アインスの100倍近いね」


かなり大きな街に見えるが、300年続く王国の王都が江戸末期の半分以下の人口だ。

流動人口が多く、文化的に発展していないのもあるが、この世界が危機的状況なのが良くわかる。


「ワタルさんは博識ですね」


「ギルドで教えてもらえますからね」


この手の情報は商人ギルドが主に収集しているが、冒険者ギルドにも回って来る。

人口やそこに占める冒険者の割合、周囲の魔物の数、農村の数、さらには特産品の種類など。これらの情報は、商人や冒険者が活動していく上で必須の情報だ。ギルドランクが2以上になれば、徐々に提供してもらえるようになる。


農地の中を伸びる街道を進み城壁へ至る。

アインス領主の使いで来ているため、検査も簡単な物。今回は収納空間インベントリの確認も無い。

二人も特に触れないことにしたらしい。


「当初の予定だと、領主様の使い経由で報告、と言う話だったと思いますけどどうすればいいです?」


俺がやらなければいけない事と言えば、ブギーマンの襲撃をギルドに報告するくらいだ。

後は王都のギルドにエンチャントアイテムを売り込んで金策をするかな。


「私がこれから公使につないでくる。そこから日程調整のはずだ」


クロノス王国は名前の通り王政貴族政治である。

職業が劇的な効果を持ち、それが領地を守ることに直結するこの世界では、領地持ちの貴族は領地に居る。

このため王都で政治を行うのは、領主の部下である公使や大使の役割となっている。どちらも地球だと外交官の役職として使われる言葉だけど、この世界だと国内の代理人もこの呼称らしい。


「予定より早く着き過ぎているから難儀するかもしれないが……合流場所だけは決めておきたい」


「それなら冒険者ギルドにしましょう。何かあったら伝言を残します」


「分かった。ロバート、頼んだぞ」


「ああ、任せろ」


何を頼んだというのだろう?

リネックさんと別れてギルドへ向かう……前に転職神殿。


「なんでまた?」


「付与魔術師になっておいた方がネームバリューがね。戦士はレベル50になっちゃったし、アイテム作るときだけでいい」


ブギーマンとの戦いで、戦士としてのレベルは50に到達ていた。すべてのスキルを取得し、魔物特攻までエンチャントすることができる。

ブギーマンは強かったが、それでもレベルは50止まり。51にすらならなかった。エリュマントスの奴がどれだけ強かったのかと言う話だ。


51に成らなかったのは、アナウンスが流れなかったという点では良いことだ。

まだ戦士の51レベルが居ないから、ここから先は悪目立ちしすぎる。


「王都の神殿と言う割にはこじんまりしてるのね」


「このサイズの神殿がいくつもあるから」


訊ねたのは一番外壁側にある転職神殿の一つ。

王都は住人が多いし、神殿は祈りの場でもあるから数が多い。城壁が拡張するたびに複数の神殿が建てられるので、サイズ的には控えめだ。その代わり置かれている像には金がかかって居そう。

アインスの神殿は一般職とかずらりと像が並べられているのだけれど……何と言うか、人型じゃなかったら墓地っぽいんだよね。ここは神殿っぽい。


転職してからギルドへ。

タリアは先ほどからすれ違う人たちを興味深げに眺めている。


「アインスより高い建物が多いわね。あ、あの人はリザードマン?……すごく小さい羽の生えた子はフェアリーかしら」


「よく知ってるね」


王都と言うだけあって人が多く、さらに人種も多様だ。

クロノスは『すべての人類に時と同じく平等』を掲げており、ここ東大陸では一番多様な人種がいる。

地方の街は特定の人種に最適化される形で作られているが、王都は多様な人類が住んでいる。

こうしてみると、ほんとに異世界なんだなと感じる。


「露店も数が出てるわね。今日が市の日ってわけでもないんでしょう?」


「そうだね。ここは商業区画だから、毎日こんな感じ。人も多いからね」


さすがに王都までくると常設店舗が増える。

多いのは食料品や日用品、それに軽食を売る屋台など。あとは他の街で仕入れた特産品や、魔物のドロップの一部も売られている。

この辺の露店は日で入れ替わりかな。さすがに時間が遅いので、撤収作業をしている店も出始めている。


「あまりきょろきょろするのは止めたほうが良いと思われますよ。治安は良いとはいえ、すりやひったくりくらいは日常的にありえますから」


「そうなんだ。気をつけなきゃ」


「明らかに冒険者と兵士っぽい一団を狙うやつは居ないと思うけどねぇ」


俺もタリアも、昨日の襲撃があったため今日は鎧を着けて走っていた。今もまだ完全武装だ。

こういうこと言っているとフラグなのだが、手荷物は現金も含めて収納空間インベントリの中だからなぁ。


王都の冒険者ギルドは3階建ての石造りの建物。ここは西支部で、本部は中央区画にある。

王都は面積が増えるたびに外側に膨れていて、古くからある施設は中央に居を構えるところも多い。

つっても、中央区画は貴族エリアであり、一般の冒険者が使うのは支部の方だ。中央は貴族や王国向けの窓口の意味合いが強い。


受付で用件を伝え、昨日も行ったブギーマン襲撃の経緯を話す。

アインス領兵であるロバートさんが裏付けもしてくれのでスムーズだ。


それからエンチャントで作ったアイテムの残りを売り込む。

予測系4種と修練理解2つ、さらにタリアがもっていたMP回復向上を売り払う。

タリアがレベルアップで同じスキルを覚えたから、このエンチャントは持っていても意味がない。


「……これも4000Gはするんですよね」


ロバートさんが自分の使っている|行軍<マーチ>の腕輪を見つめながら、戦々恐々としている。

いいお値段ではあるけど、アインス領兵としては買えない金額でもなかろうに。


「装備は支給品なので、給与はそれほどでもないですよ」


一つ役職が上のリネックさんならいざ知らず、ロバートさんはヒラらしいので、手取りはそんな余裕はないとのこと。

ふむ……予備の剣は本格的に使ってもらうかな。ロバートさんはロングソードだから、俺のバスタードソードより新しく買ったほうが良いか。

そんな事をしていたら、リネックさんが合流した。公使との面会は3日後の午後、国への報告はさらにその跡とのこと。

さて、どうしたものかね。

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