第89話 迫りくる影

翌日の待ち合わせの時間には、がっちりと装備を着こんだ二人が食堂で待っていた。


「おはようございます。重装ですね」


「おはようございます。……出発予定が近いですが、鎧は?」


「持ってますよ。収納空間インベントリ


見せると二人は狐につままれたような顔で目をさまよわせた。


「ワタルさん……運搬者キャリア―に成られた……わけではないですよね」


「私は収納空間インベントリ行軍マーチを定着させていますから」


「ええ……」


「……つかぬことを聞くが、街に入る際、チェックを受けていたか?」


「アインス領主からの紹介状で入ったでしょう。ほら、ギルドカードには書いてありますよ」


そうやってにっこり笑うと、二人はそろって苦虫をかみつぶす。

聞かれてい居ない事を積極的に答える奴など居ないのだよ。聞かれたら答えるのだけど。


今日からエリュマントスの大剣やとばりの杖はタリアに預け、日用品などは自分で持つようにしている。

タリアは最大MPが俺ほど無いから、見られたくない物と武器防具以外は俺の収納空間インベントリの中だ。

封魔弾は幾つかを渡してある。取り出して即時発動は練習が足りないのでスムーズにできていないが、とりあえず使う事だけは出来る。


「必要なら今日からは私が荷物を預かりますよ。それと、行軍マーチをエンチャントしたバックルを作成しました。リネックさんどうぞ」


「……ありがたく」


行軍マーチのバックルは、起動コストは支払い済み、継続コストは自分のMPから支払いだが、自然回復は継続するように調整した。24時間の魔力自動蓄積で起動できる回数は6回。連続使用は8時間だ。


「それ、アインスまで持っていてもらって構いません。代わりに使った距離を覚えて、500キロで定着するかを調査して教えてください。ギルド経由の着払いで俺宛に手紙をくれればいいです」


エンチャントしたアイテムでスキルが定着するかに興味がある。

集合知では分からない情報もあるし、そう言うのは調べておかないと。


「ワタルさんは実験が好きだな」


「そうですね。……ちなみに昨日はよく休めました?」


「……?どういう事だ?」


「いえ、街の外で魔力探信マナ・サーチ使ったときに、お二人らしき反応があったので」


「……気づいていたなら声を掛けてほしかった。突然煙が広がって、我々がどれだけ慌てたか」


「ははは、そう思ったなら自分たちから来るべきですね」


結局接触してこなかったからな。


「……せっかくの休日にお二人の邪魔をするのもどうかと思いまして」


と、返すロバートさん。


「リネックさん、本音は?」


「何させられるか分からないから見てるだけにしようとこいつが」


「なっ、お前だって同意したじゃないか!」


別段どちらでもよいのだが、ちょっと厳しくし過ぎたか。


「そんなに警戒しなくても。過度なトレーニングは身体に毒ですからしませんよ」


タリアはどの口が言うか、と視線で訴えてきているが、回復魔術で治るうちは過度じゃないんだな。


「ロバートさんはどうします?一応、もう一つありますが剣士に戻りますか?」


「……そうですね。行軍マーチの定着は有効そうなので、王都についたら走り込みはしようと思いますが、護衛中は戻っておきましょう」


これで職業によるスキルとエンチャントによるスキルを混ぜた場合に、定着がどうなるかも実験できるな。


「あまり悠長に話し込んでいると日が暮れてしまうわ。それに、私はお腹がすいたのよ」


タリアの催促にあって、さっさと朝食を済ませる。

アーフォストから王都への宿場町はあと一つ。このペースで進めば、明日の夜までには王都に付けるだろう。

そしたらお偉いさんとの謁見をして、それでミッションコンプリートだ。

さっさと駆け抜けてしまおう。

………………

…………

……


□アーフォスト郊外□


「……ようやく追いついたと思ったらもう出発とは、奇人変人のたぐいかのぅ」


深い森の中、日の差さぬ大樹のうろで、古き死霊術師エルダー・リッチ・ブギーマンはしわがれた声にため息を混ぜながらつぶやいた。

ルサールカの配下が幻惑の魔術を使って、ワタル・リターナーと言う冒険者が王都に向かって旅立つ、と言う話を聞いたのが数日前。

道中で襲撃の計画を立てるも、旅だったはずの当人たちは街道のどこにも居らず。嘘を掴まされたかと疑い始めた所で、はるか先で配下の魔物が倒されたとの報告を受けた。


確認させてみると、ブギーマンの要る位置から更に2日ほど先、王都との中間点となるアーフォストの街にすでに入っているとの事。

このままでは追いつけぬと、夜通し移動を続け、なんとか到着したと思ったらそれらしき一団が街から出ていくところであった。


「人のように体力の心配は無いとはいえ、心はすり減るのじゃ。老体に鞭を討つのは勘弁願いたいのじゃが」


ワタルたちが聴けば『頼んでねぇよ』と文句の一つも言いそうなセリフである。


「野営を襲うつもりであったが、これは無理じゃない。後ろから追いかける……逃げるか戦うか読めん。足止めして挟み撃ちが妥当じゃな。日中の戦いはメリットが薄いのじゃが……まあ、様子見なら良いか」


アンデット系の魔物は主に夜に活動するが、日中に動けないわけではない。むしろそこに制約はない。アンデットが夜に動くのは、単に人間側の能力が下がって有利だからだ。

人は主に視覚に頼って戦うが、アンデットは対象の魔力を見て戦うため、暗闇での戦いを得意とした。どんな暗い所でも視界の制限が無いのはつよい。


その分、必要な価値は高めになるので日の下で戦うのはもったいないのだが、ブギーマンはどうせ捨て駒と割り切る。情報不足のまま、精々数百G程度の魔物を当てた所で、同胞を倒した相手に勝てるとは思っていなかった。


「襲うのは次の宿場町の手前じゃな。足止めは木っ端たちを使うか。まずは主力を集めねば」


そう呟くと狩猟犬タイプの大型腐死犬ゾンビドックを複数呼び出し、財を集めてワタルたちを追いかけるよう指示する。

腐っているため動きは早くないが、体力は同サイズの犬とは比べ物にならない。ブギーマンの能力で、ある程度のコントロールも可能である。


「さて……儂も追いかけるかのう」


そう呟くと、ブギーマンの身体は影の中に溶けて消える。

後に残るは小鳥のさえずりだけであった。

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