第90話 古の死霊術師・ブギーマン1

タリアがステータスの上がる精霊魔術士に成り、ロバートさんが剣士に戻った。

そこにリネックさんが行軍マーチのバックルを装備したことで、移動速度は劇的に上昇した。


地球で人が歩く速度は時速4キロ程度。これはこの世界であってもそう変わらない。ステータスは高くなるが、その分道は悪路が増えるからだ。

街道は比較的整備されているが、休憩を挟みながら、数時間に1回は魔物の襲撃を受けるとなれば、時間当たりに進める距離はある程度限られる。


行軍はこの移動速度を劇的に改善させた。

発動中は普通に歩く動きで時速7キロほど、道が良い場合にはさらに速度が上がる。

MPの関係でずっと発動させることが難しくても、例えば30分軽く走るだけで2時間歩くのと同じ距離を稼げるのだ。もともと体力に余裕のあるこの世界の住人であれば、この効果は想像以上に大きい。

すでに先に出た2組を追い越し、向こうから来る最初の一組とすれ違った。昼に成る前に中間地点くらいまではたどり着けるだろう。


「MPのコントロールに神経は使うが、劇的に早いし楽だな」


初めて行軍マーチを使うリネックさんが関心していた。

このスキルの良い所は、消費体力据え置きで速度が上がる点である。速度を上げるだけならステータスをあげればいいのだが、体力面ではそうも行かない。それが補えるから、収納空間インベントリと合わせて、わざわざ始めに定着させたのだ。


「王国の小隊長クラスが2次職で武官を推奨されるのも、行軍マーチの上位スキルがあるからですからね」


あちらは自分と周囲一定範囲に居る人間に効果を発揮する進軍フォースド・マーチと言うスキルがある。

使い勝手はあちらの方が良いのだが、定着コストがおそらく行軍マーチの比ではないのだ。集合知でも明確な条件が出てこず、おそらくこれぐらいだろう、という情報が有るくらいだ。


……ところで、この訳って正しいのかな?

俺は集合知をベースにして、この世界の言葉を無意識に話している状態だけど、思考は日本語で行っている。なんかスキル名と意味や効果が微妙に合わないとかあるけど……どこかに限界がある?

この世界に無い概念の単語とかどうなるんだろう?試したこと無いけど。


まあ良いか。疑問は後々検証してみよう。


「このペースで進めば、日暮れ前には余裕で次の街につくな」


「もうすぐ宿営広場の一つですからね」


街道沿いには開けた宿営地がいくつかあって、野営をする場合はそこを使う場合が多い。

当然、場所が割れているので魔物に襲われるというデメリットもあるのだが、小結界キャンプがあるので森が開けている方が対応しやすいからだ。


遥か昔、街から街への伝令が早馬だった頃には、2時間に1つくらいの感覚でうまやがあったらしい。

錬金アイテムで必要なくなった後も、その跡が宿営地として細々と整備されている。


宿営地で休憩がてら昼食を取り、身体に不調をきたす前に回復をかけてから再度走る。

MPには余裕があるので、警戒は俺とリネックさんが交互に行うことで移動時間を増やすことが出来た。

そうして街道の目印も次の街まで残り1つとなり、順調に進んでいると思えたころ。リネックさんが警戒を強めた。


「……違和感がある。索敵に反応はないが、異常知覚のスキルが反応している」


魔力探信マナ・サーチを使います」


トリガーナッツで発動させるが、範囲内に反応が無い。……反応が無い?

600メートル越えの魔力探信マナ・サーチに何も引っかからないとか、普通じゃありえない。


「……敵です。多分敵陣真っただ中。止まりましょう。タリア、幻惑への対処を頼む」


即座に鎧を装備して、全員が臨戦態勢に入る。

このパターンは集合知にある。わりかしヤバい奴だ。


「……真昼間から不死者の王の眷属が待ち伏せか?」


「なかなかに勘が鋭いのう」


太陽の下、木漏れ日注ぐ地面に落ちた影が揺らぐ。這い出して来る闇は深く、それは不吉なほどに黒い。

現れたのはフード付きの茶色いローブをまとったガイコツ。瞳には青白い炎がともり、かろうじて視線がうかがえる。


「ワタル、あれは?」


「多分ブギーマンの眷属」


不死者の王、古の死霊術師エルダー・リッチ、ブギーマン。

クロノス王国で暗躍する四魔将の一角であり、唯一明確に召喚士サモナー級と判明している魔物である。そしてその眷属も死霊術師ネクロマンサーとされる召喚士だ。


「良かったのかのう?そのまま逃げなくて」


「突然足元から魔物が湧いて、ふんずけても気持ち悪いからな」


何もいない所から、突然魔物を出現させて襲うのががこいつ等の十八番だ。

現時点では魔物はどこにもいない。これから生まれる。それを回避して走り抜けるのは、おそらく今の俺たちには困難だろう。


「アンデットなら、せめて夜の墓場で運動会するくらいにしとけよ」


先日のマンティコアモドキと言い、なんでこいつら真昼間から活動してんのかね。


「やかましいのぅ。お主がワタル・リターナーか?」


……まて、なんで俺を名指しなんだよ。魔物に知り合い何ぞいないぞ。


「ずいぶんホットな名前を出したな。人違いだ」


後ろから『ええ!?』というつぶやきが聞こえる。

黙ってらっしゃい。顔にも出すんじゃないよ。


「なに!?まさかまだ先に?街から街へ走る奇人た他にも……いや、待つのじゃ。さっきそこの娘がワタルと呼んでいたじゃろ!」


目ざとい。ごまかされなかったか。


「話でも若い男女と、アインスの兵二人であっておる。ごまかされぬぞ」


「そこまで知ってて一瞬騙されるのもどうかと思う」


「やかましいっ!」


肉があったら青筋立っているのだろうか。こいつアンデットのくせに感情豊かだな。

人間臭い魔物はめんどくさいのだが、そこにコストを割いている分は弱いのだぞ?


「儂の同胞を倒した者がどのような輩かと思っておったが、存外ふざけた男よの。そっちの娘がエリュマントスの奴の核じゃろう?なかなかの美女よな。あの脳筋の元とは思えぬわ」


待て待て待て、今聞き捨てならない事を言ったぞ?

同胞?エリュマントス?魔物は上下関係緩いようだが、それでも部下が上司を呼び捨てとかありえない。


「ロバートさん、リネックさん、足元警戒!タリア!数片付けるぞ!」


ローブのガイコツお化けの手に、まがまがしい髑髏の杖が現れる。


「儂は不死者の王、古の死霊術師エルダー・リッチ、ブギーマン。100年来の同胞を屠ったその力、為させれ貰おう!」


その瞬間、周囲の地面が盛り上がり、土の中から100を優に越す魔物の群れが現れた。

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